第5話

深夜のスーパーは、音が多い。

冷蔵ケース。

床を拭くモップ。

遠くのレジ。


俺は惣菜コーナーの前にいた。

立ち止まる場所を間違えた。

人の流れがある。


前回は通路の端だった。

誰も来なかった。

落ち着いたが、暗かった。


今日は明るい。

監視カメラの真下。

安全だと思った。


彼女はまだ来ていない。

珍しい。


(なるほど。

時間をずらしたか)


弁当を見る。

値引きシール。

赤。


前回は、残り一個を取られた。

今日は多い。

余裕。


俺は唐揚げ弁当を取る。

重い。

ずっしり。


(前回は軽めだった。

腹はもったが、満足しなかった)


今日は量。

学習したつもり。


棚の前で待つ。

邪魔になる。

少しずれる。


彼女が来た。

エコバッグ。

いつもと違う。


「こんばんは」


「どうも」


彼女は総菜を見ない。

パン売り場へ行く。


(ああ。炭水化物か)


俺は付いていかない。

判断。


前回は付いていった。

狭かった。

気まずかった。


今日は距離。

正しい。


彼女は食パンを取る。

六枚切り。

迷いなし。


「最近、数を減らしてるんです」


理由は言わない。

俺も聞かない。


(仕事か。

違うな。

生活だ)


俺は弁当を持ち替える。

手が滑る。

落とさない。


ぎりぎり。


彼女はジャムを見ている。

三種類。

全部同じ顔。


「前は、これじゃなかったですよね」


推理の形。

答えはいらない。


「覚えてないです」


即答。


(今回は、記憶を切ってきたか)


レジへ向かう。

彼女はセルフ。

俺は有人。


前回は逆だった。

セルフで詰まった。

今日は避けた。


正解だと思った。


だが、前の客が長い。

会話が終わらない。


俺は待つ。

弁当が傾く。

汁が寄る。


彼女は先に終わる。

袋が軽い。


「先、行きますね」


「どうぞ」


出口で追いつく。

自動ドア。

反応が遅い。


(前回はすぐ開いた)


外に出る。

夜。

風。


彼女が言う。


「今日の選択、正しかった気がします」


俺は少し考える。

そして言う。


「次は、温めすぎない方がいいですよ」


分かっている。

的外れだ。


彼女は一瞬だけ止まる。

笑わない。


「……そうですね」


別れる。


俺はベンチに座る。

冷たい。


弁当を開ける。

唐揚げ。

衣が厚い。


中身が、少し冷たい。


(前回のほうが、まだマシだった)


《これは、誰も生き残る必要のない話である。》


(次は、軽めでいい)

蛍光灯が、一つだけ瞬いた。

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