第4話


夜のファミレスは、だいたい同じ匂いがする。

油と甘いドリンクバーと、冷房。


俺は窓際に座った。

外は見えない。反射だけが見える。


前回は中央だった。

通路に近くて、落ち着かなかった。

店員が何度も横を通る。

そのたびに、俺は水を避けた。

結局、グラスを倒した。


今日は端。

壁側。

安全だと思った。


ドリンクバーへ行く。

コーヒー。

薄い。

砂糖を入れる。

多い。


前回はブラックだった。


今日はミルクも入れる。

膜が張る。

かき混ぜる。

泡が増える。


席に戻る。

トレイが少し傾く。

こぼれない。

ぎりぎり。


彼女はもう来ていた。

いつも通りの席。

俺より先。


「こんばんは」


「どうも」


彼女はパスタ。

量が少ない。

俺はハンバーグ。

重い。


(前回は軽めにした。

腹八分。

今日は空腹だった)


ナイフを入れる。

肉が逃げる。

皿が鳴る。


彼女は俺を見ていない。

スマホも見ていない。

ただ、待っている。


「ここ、最近多いですね」


推理の形で言う。

理由は言わない。


「ええ。仕事が……」


そこで止まる。

彼女は続きを言わない。


(なるほど。

今日はその話題じゃない)


俺はソースをかける。

多い。

戻せない。


彼女は水を飲む。

少しだけ。

慎重。


(前回は一気だった。

むせていた)


「最近、選択肢が減った気がしません?」


俺は聞く。

答えを求めていない。


「減っては……ないと思います」


間が空く。

フォークが止まる。


(そうか。

まだ自覚していない)


肉を口に入れる。

熱い。

待つべきだった。


彼女はサラダを残す。

葉が大きい。


「それ、残すんですか」


「ええ。冷たいので」


(前回は全部食べていた)


俺はポテトを頼むか迷う。

やめる。

さっき重かった。


しばらく沈黙。

店内BGM。

聞いたことのある曲。


彼女が言う。


「この店、前にも来ましたっけ」


来ている。

確実に。

三回目。


「来てますね」


断定しない。


彼女は少し考える。

首をかしげる。


「……そうでしたっけ」


(よくあることだ)


俺は水を飲む。

ぬるい。


前回は氷が多すぎた。

歯が痛かった。


会計を済ませる。

レジ前で彼女が言う。


「今日は、悪くなかったです」


俺は頷く。


「次は、別の店がいいですね」


的外れだと分かっている。

でも言う。


外に出る。

夜風。

思ったより冷たい。


《これは、誰も生き残る必要のない話である。》

看板のネオンが、一つ消えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る