1−4

『魔界は時間が流れているも、概念が曖昧。常に夜のような空。』

『サキュバス達にとって衣服は誘惑のための装置。隠す部位は最低限。露出=礼儀だが、全裸は無礼。』

『サキュバスの主な食料は”家”が供給する蜜のような液体、および魔界の果物。栄養素は現状不明。』

『精液は普段インキュバスから供給、しかし人間のものの方が”質が良い””魔力効率が良い”といったメリット。人間のは現状激レア…』


家の壁に背を預け、ノートを閉じ、ため息をつく。

「……今日は情報量が多すぎて、頭がパンクしそう。カルチャーショックなんてものじゃない。」


ラブは寝囊に寝転がり、足をぱたぱたさせて笑った。

「ふふ♡人間って可愛いよね。全部メモしなきゃ気が済まないんだ。」


君はどうなんだ、と質問すると彼女は本棚から薄い膜のようなものを取り出し、

「あたし達はこれがあるもーん。」

とそれを広げる。


ぱっと見だと何もわからないが、彼女に促され触ってみると、

『実験結果6078:人間界との接触、未だできず。術式そのものにミスはこれ以上見つからない。条件不足?人間界固有の何かが…』

と、言葉や映像が直接頭に流れてくるような妙な感覚を覚え、思わず手を離す。


「これは“記憶書”だよー。効果は、今見た通りかな、便利でしょー。」

驚いた。そもそもサキュバスの文化で、こういった記憶媒体が発展すること自体が意外だ。

「…なんかバカにしてない?その顔。」


「で、魔界にやってきたここまでの感想は?」

「…正直、興奮と恐怖で半々なかんじかな。この先うまくやっていけるか、少し不安だ。」

「じゃあ、帰りたい?」


僕は少し笑って、

「そんなことない。」

と答えた。


ラブは満足そうに頷いて、僕の頬に軽くキスをする。

サキュバスにとっての、「ありがとう」だ。


「ねえ、黒間くん♡」

「なんだい?」

「せっかくだから、ちょーっと”精”をもらいたいんだけど…ダメ?」


反応に困り固まるが、覚悟を決めて息を吐く。

「…研究の為と、お世話への感謝ってことで。」

「わーい♡」



寝囊が二人をゆっくりと沈め、壁の呼吸が少し速くなった。

魔界の、長い長い“夜”が、静かに深まっていく。


『1日目、終了。これは始まりに過ぎない。』

『とにかく疲れた。でも後悔なんてない。むしろ人生で一番、充実していると早くも感じている…』

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