1−3
赤黒い空には三つの月のようなものが浮かび、街灯の代わりに漂う青白い鬼火が道を照らす。建物は骨や黒い石でできていて、壁に這う蔦は脈打つように光っている。
遠くで巨大な翼の影が空を横切り、時折、甘い唸り声のような風が通り抜ける。
僕は足を止めて、すぐにノートを取り出した。
『空気…花みたいな匂いと、硫黄っぽさ?重力は地球とほぼ同じか、気持ち少し弱いくらい。』
『街の構造が…道が螺旋状に絡み合ってる。魔界では“上”と“下”の概念が曖昧なのか?』
ラブが隣でくすくす笑いながら、僕の腕をひく。
「ここはサキュバスやインキュバスの暮らす街、『ヤラシ区』だよー。」
確かに、周囲には魅力的な女性や男性の姿が多く見え、往々にして露出が激しいから目のやり場に困る。
するとふわ〜っと一人が近づいてきて、
「ラブちん、やっほ〜」
と言いながらいきなり口付け。
…これが日常なのか?とポカンとしていると、
「ほら、そこのおにーさんも!ちゅ〜♡」
と唇を近づけてくる。
ラブに助けを求めるように目線を送ると、
「ああ、これはただのあいさつだからー♡」
とニヤニヤしながらこっちを見てる。
思い切って目を瞑り、唇を突き出す。軽いキス。それでもなんだか気持ちいいと感じてしまった。
そのサキュバスは何も気にしていない様子で、そのままラブのほうへ、
「…ねえ、まさかこれって本物の人間?」
と耳打ち。
ラブは隠す気もないようで、そうだよー、と返した。
「え〜っ!?それってちょ〜ひさびさの人間じゃない!?ってかなんで魔界に連れ帰ったの?非常食?」
「非常食って…でもなんて言うのかな?同居人?観光客?」
周囲も流石に聞こえたようで、少しざわついてきた。やはり、相当イレギュラーなのだろう。さすがに居心地の悪さを感じる。
「あ、彼を案内しなきゃだからまたねー!」
と、ラブは僕の手を引いて逃げるようにその場を離れる。
「うーん、やっぱりニュースになるのは避けられないかな?」
「人間が魔界に来るのはそれだけ貴重なの?」
「昔はそうでもなかったらしいけどねー、もう、いつ以来って感じ。」
すると彼女はくるっと僕の方を見て、
「ところで…黒間くん、家に帰ったらキスの練習でもしよっか?」
急な提案に吹き出しそうになる。
「だって、このままじゃみんなに無愛想なやつって思われちゃうよ?」
僕は照れ隠しのようにメガネを押し上げながら、
「…研究のため、として。」
これから刺激的な日々になりそうだ。色んな意味で。
『挨拶はキス。友好度で”深さ”が違う。』
『追記:これはヤラシ区での作法。魔物全般の話ではない。…よかった。』
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