1−2

目を開ける。…肉の壁、肉の床。…内臓の中?

手を見てみる。しっかりと握られた先には、ラブの細い腕。

あっ、と息が漏れる。


「…よかった、転移成功だね!」

と彼女はニコリと微笑んで。


「ようこそ、魔界へ!そしてここはあたしのお家!さあ黒間くん…」

と、ラブの声が耳に入る前に僕はノートを開き、


『生き物の体内のような外壁、ゆっくり脈打っている』

『家具、最低限。液体ベッドのような寝具、テーブルと椅子、本棚らしきもの…』

『空調設備なし、しかし不快感はない。壁自体が調節している?』

『ゴミ箱ない。排泄物は?そもそもトイレするのか?』

ひたすら、自分だけがわかるような文字でとにかく書く。


「勉強熱心さん?」

といわれてハッと我に帰る。

「ご、ごめん。すべてが新鮮で…」

と、あやまりつつも目線は彼女そのものよりも景色に向いている。

「いいよー、気になっちゃうよねー♡」


すると彼女は僕のノートを覗き込んで、

「…住処は生き物の中だよ。共生ってやつ?」

「あのベッドは寝嚢(ねぶくろ)っていうの。きもちいいよー」

「空調?空気は”家”の呼吸と体温調整によって住み心地良し!」

「排泄…もう。私たちはしないよー。まねごとなら、…できるけど?」

と、こちらのメモに次々と答えてくれる。


「あ、ありがとう。」

辿々しくお礼を言う。

「なるほどー。あなたは”知る”為にあたしを呼んだんだね?」

そうだ。僕が魔界に行きたかったのは主に二つの理由がある。


一つは、まあ単純なる知的好奇心だ。それだけ?と思われるかもしれないが、とにかく気になって。それだけでも理由として十分すぎた。


二つめは…僕の住む世界に嫌気がさした、というのが正確か。そうしてある意味、やけくそな行動に出た。出る勇気が出てしまったとも言える。


”僕だけの魔物ノートを作る”なんてのが子供の頃からの夢だった。

だれも本気でそう思っているなんて考えなかっただろう。バカにするされる、なんてレベルにも至らなかった。


生涯で学んだ歴史、数学…あらゆる学問は僕にとって、魔物と出会うための手段。そしてその集大成が、今を作り上げたのだ。


「ねえねえ、これからここで寝るんだよーおいでおいでー♡」

ラブは寝囊の上でごろごろ転がり、僕をぽんぽんと手招きした。


僕は恐る恐る近づき、端に腰掛ける。

瞬間、寝囊がぬるりと彼の体を包み込んで、ちょうどいい温度で優しく抱きしめた。

「うわ、これは…、反則だ…」

ノートに感触を書きながら、完全に沈んでいく。


ラブが横に滑り込んで、耳元で囁いた。

「これからよろしくね?”知りたがり”さん?」

ずれかけたメガネをなおしながら、

「こちらこそ、よろしくおねがい、します。」



顔が赤い気がするのは、知識への興奮か、彼女の魅力への興奮か。ともあれ、ドキドキが止まらなかった。

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