12月のカレンダーに転生したせいで余命が一ヶ月の俺

皆川ライス

第1話

白い。


何もかもが白い。


いや、違う。白の中に黒い線が走っている。縦線、横線、規則的な格子。そして数字。1、2、3...31。


俺は——誰だ?


記憶が断片的だ。コンビニでタバコを買った。いや、最近は禁煙してたはず。でも締め切り前でストレスが。原稿料が安すぎる。編集者の顔。若造が偉そうに。

待て。今、俺はどこにいる?視界を動かそうとするが動かない。首も、手も、足も。

いや、そもそも首や手足があるという感覚がない。あるのはただ、この白い平面と、そこに印刷された黒い文字だけ。


「12月」


ああ、そうか。

俺は笑おうとした。笑えなかった。なにしろ口がない。


俺はカレンダーなのか。


四十八歳のフリーライター。俺はカレンダーになっている。

なんという不条理。いや、待て、これは夢か?徹夜明けの幻覚か?

それとも脳梗塞で病院のベッドにいて、これは昏睡状態の妄想なのか?


でも、感覚が妙にリアルだ。


紙であることの感覚はある。ペラペラで、軽くて、風が来れば揺れそうな。壁にピンで留められている感じ。

そして、目の前の光景。

六畳ワンルームの安アパート。壁は薄そうだ。隣の生活音が聞こえてくる。

ベッド、テーブル、小さなキッチン。窓から見える雑多な夜景。

ああ、どこかで見たような風景だ。二十代の頃、俺も似たような部屋に住んでいた。


そして、床に倒れ込むように眠っている女性。


二十代後半か。コートを羽織ったまま疲れ切った様子で化粧も落とさず眠っている。


なんだこの状況。

俺は、いや、カレンダーである俺は——何をすればいい?


記憶をたぐる。最後に覚えているのは、コンビニへ向かう道。

エナジードリンクを買いに行った。そして...


ああ、そうだ。


横断歩道。信号を無視した車が突っ込んでくる。いや、俺が信号を見間違えたのか?

記憶が曖昧だ。ブレーキ音、そして衝撃。

やはり死んだのか。


俺は死んで、カレンダーになったのか?

ふざけるな。


俺には未完の原稿が三本ある。いや、四本だったか。どれも締め切りを過ぎていた。

編集者たちは今頃、俺の携帯に鬼電しているだろう。メールボックスは阿鼻叫喚だ。


でも、もう関係ない。


俺は紙だ。カレンダーだ。しかも十二月。どこまでも運が悪い。

十二月が終われば、俺はゴミ箱行きだ。余命一ヶ月。


なんという人生の幕切れ。いや、紙生か。


床の女性が寝返りを打った。小さく呻く。悪夢でも見ているのか。

俺は、カレンダーである俺は、ただそれを見ていた。


何もできない。何も言えない。

ただ、壁に掛けられた紙として、時が過ぎるのを待つだけ。

これが、俺の最後の一ヶ月なのか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

12月のカレンダーに転生したせいで余命が一ヶ月の俺 皆川ライス @yk_

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ