正夢

バスに乗り込むと、重い荷物は集めて先に学校へ運ばせるようだ。


ネームタグを鞄にくくりつけていたら、

深月と華恋が、美冬と椎菜のタグをひったくった。


椎菜の苗字の左上に「宝月」。


美冬のそれには「小野寺」。


二人とも、耳まで真っ赤になっていた。


「ちょっと! 



恥ずかしいからやめてって!」


「親切心だって。


これなら絶対間違えないでしょ」


……そりゃそうだけど。


「理名にもやりなよー!」


そう言われたけど、

漢字が分からないらしく、私は免れた。


小さくガッツポーズをして、さっさと荷物を置いてバスの座席に座った。



……助かった。

あんなの書かれたら死ぬ。



隣は椎菜で、通路を挟んだ両端は深月と碧。


斜め前は、美冬と賢人くんだ。


微笑ましいな、と思っていたら、いつの間にか眠っていたらしい。


ふと寝ぼけ眼で横を見ると、隣の椎菜も眠っていた。


いつ掛けたのか、椎菜の肩には迷彩のブルゾンが着せかけられていた。


さらに、補助席が使われていて、その隣には麗眞くんが寝ていた。



……こういうところ、過保護だなぁ、麗眞くんは。


あの2人なら自然か。


ちょっと羨ましいけど。


やけに納得して、再び眼を閉じた。


「こらー、皆起きろー!


着いたぞー!」


担任の大きな声と、椎菜や深月に肩を揺すられて起きた。


「着いたの……?」


「もう着いたよ?


降りよ?」


華恋や碧に、促されるまま、体を起こしてゆっくりと降りた。


あれ、何かが足りない気がする。


バスを降りてから、目元に手をやる。


あ、眼鏡!


麗眞くんにそれを渡された。


「落ちて自分で眼鏡踏んだらどうするよ、ったく。


理名ちゃん、これがないと見えないでしょ。


あの子にもし会えても、見えなかったら台無しじゃん?」


大人しく受け取ったそれを掛ける。


……なんでこんなに気が利くの、この人。


そういうところよ、ファンクラブ出来るゆえん。


椎菜と麗眞くんは、荷物を受け取るなり早々に帰っていった。


……あの家、絶対空き部屋いっぱいあるよね。


何するかなんて知らないけど、まあ、あの2人らしく“それなり”に過ごすんだろう。


美冬と賢人くんも、2人で並んで帰っていった。

……いいなぁ。


ああいうの、素直に羨ましい。


私のこれからは、どうなるのだろうか。


名前しか知らない王子様と、本当に巡り会えるのだろうか。


……会いたい。


ただ、それだけだった。




そんなことを考えながら、重いキャリーバッグを引きずりながら、トコトコ駅に向かって歩いた。



駅近くのファミレスの前で、私と同じくらいの背の男が二人、声を掛けてきた。


「ねぇねぇ、そこの背の高いお姉さん、旅行?」


「お茶でもしよ?」


うざ。


誰があんたらなんかと。


無視して歩こうとした瞬間、腕を掴まれた。


「ねぇ、無視しなくてもいいじゃん」


心臓が一気に冷える。


声も出ない。


頭が真っ白になる。


「顔怖ーい」


「そんな睨まなくても」


やめて。


触らないで。


消えて。


そのとき、後ろから声がした。


「あんたらさー、馬鹿なの?


人の多い場所でこういうことすんなよ」


空気が一瞬で変わった。


背中がゾワッとする。


聞き覚えのある声。


「何キミ?


この子のカレシ?」


「だったらどうする?」


余裕のある声。


笑っているみたいな響き。


次の瞬間、男たちが掴みかかる。


でも彼は、軽くいなすように動いて、


一人を手刀で沈め、もう一人の鳩尾を軽く突いて崩れさせた。


どこからかもう一人現れたが、膝を蹴られて倒れた。


私はキャリーバッグを転がして、その男をつまずかせ、急所を蹴った。


「さすが。


持ってるものを使うとはね」


「あの、ありがとうございます。


二度も助けていただいて……」


「いいえ。


どういたしまして。


駅まで送るよ」


落ち着いた声。


なんでこんなに余裕なの、この人。


制服は濃紺のブレザー。


私より少し高い身長。


暗めの茶髪。


前歯が見える爽やかな笑顔。


……夢じゃないよね?


「あの、えっと。


お名前と学校名を……」


「私立グラジオ学園高校、桐原 拓実きりはらたくみです」


胸が跳ねた。


やっぱり。


「岩崎 理名です。


よろしくお願いします」


声が震えたのが自分でもわかった。




理名ちゃん、か。



よろしく」


「……慣れてるんですね」


そう言うと、彼は少しだけ肩をすくめた。


「父親が医師でさ。


大学でも教えてる人だから」


なるほど、と腑に落ちる。


だから、あんなふうに迷いがなかったんだ。


それからは、あまりお互いに喋ることはなかった。


駅に着いてしまった。


「また連絡してよ。


本当は、ちゃんと最寄り駅までこのキャリーバッグを持っててあげたいけど。


友達と約束があるからごめんね」


申し訳なさそうにそれだけ言い残して、キャリーバッグを渡してくれた。


そして私と逆のホームの方に姿を消した。


桐原拓実くん、か。


名前を心の中で何度も繰り返すたびに、胸の奥がじんわり熱くなる。


また会いたい。


理由なんていらない。


こんな気持ち、初めてだ。


キャリーバッグを引きずりながら歩く足取りは重いのに、心だけは軽かった。


家に着いて、父のおかえりという言葉にも頷きしか返すことが出来なかった。


「宿泊学習で彼氏でもできたか?」


……やめてよ、今それ言われると心臓に悪い。


父の言葉を無視して、階段を駆け上がった。



荷物を解くより先にスマホを開く。


メッセージ欄を開いて、先ほど会った男の子のアカウントを必死に辿る。


四角い枠に、心まで穏やかになりそうな青空が収まった画像が設定されたプロフィールが見つかる。 ……これだ。


そして、メッセージ欄に丁寧に文字を打っていった。


『岩崎 理名です。



さっきは助けてくれて、ありがとうございました。


嬉しかったです。


よければ、お礼がしたいです。 明日の夜などは空いていますか?


返信待ってます』


丁寧な文章になっていること、誤字がないことを確認して、送信ボタンを押した。


画面には、私が先ほど打ったものが表示されている。


何だか心がくすぐったくなった。


そして、数分経って、ホーム画面に「新着メッセージが2件あります」という文字が書かれていた。


開いてみる。


『どういたしまして。


放っておけなかったから、助けただけだよ』


これ、さっきの………拓実くんからのメッセージだ。


……その“だけ”が、できない人もいるのに。


送信時間が10時間前になっている。


そんなに前にメッセージをくれたのに、全く気が付かなかった。


胸がぎゅっと痛くなる。


なんで気づかなかったの、私。



いてもたってもいられず、もう一度メッセージ欄を開いた。


送ったメッセージは一言。


『返信に気付かず、ごめんなさい。


今気が付きました』


返信しなかったことで、気を悪くしていなければいい。


スマホを握る指先に、じんわり汗がにじんだ。


困った時は、友達に相談だ。


1人は選択肢から消えた。


きっと彼女は、私なんかが邪魔しちゃいけない甘い時間を過ごしている。


迷った末に掛けた先。


「恋愛のカリスマ」の異名を欲しいままにしたという過去を持つ親友、華恋だ。


『理名?


どうしたのよ、いきなり電話なんて』


「どうしよ華恋!


あの、夢の通りになっちゃったよー!


そっくり同じじゃないけど!


絡まれたの、助けてくれたのが拓実くんだったの!


あれ、予知夢だったのかもしれない!」


『わ、分かったから!


まずは落ち着こう?

理名。


何か理名の方から動いたの?


お礼したいので、とか』


「まだなの。


その前に、10時間前に華恋が送ったやつへの返信が来てたのに気付かないで、メッセージ送っちゃったの!


迷惑がられてないか心配になっちゃって」


『やっぱり変わるのね、恋すると。


理名の声、いつもより半オクターブ高いわよ?』



もう既に、いつもの理名じゃないもん。


いつもならスパッと結論出せるじゃない』


確かに。


彼女の言葉に、何度も首を縦に振った。


電話越しだから、私が頷いているのなんて、華恋にはわかるはずないのに。


「そうかも」


『……まぁ、恋愛ってそんなもんよ。


で? 理名。


別に返信遅くなったからって、彼は気にしないわよ。


そんなもんなの。


メールじゃないんだから。


私が宿泊オリエンテーションから帰宅!って呟いたから、向こうも事情わかってるし』


「え?


そうなの?」


『理名、なんにも知らないのね。


いいから、貴女から言ってみなさい?


お礼したいからお茶でもどうですかって』


「それは、打ったよ?


向こうは学校が何時に終わるかも分からないから、夕方から夜って指定したけど」


『それで!?


返事は?』


普段から高い華恋の声が、より一層高くなる。


「まだ何も……」


『そっか。


来るはずだから、来たら教えてね?


拓実くんとやらを堕とすのはそれからね。


誰かにアドバイスするのって久しぶりだから、気合入るわ。


じゃあ、連絡待ってるから! 』


華恋のその声と共に、電話は切れた。


スマホを枕の上に置いて、荷物を解いた。


……荷物の整理を終えても、気持ちは全然落ち着かなかった。


何度目かわからないくらい、携帯電話を開く。


慌てて、文字に目を通す。


送り主は、拓実くんだった。


「明日なら夕方から時間取れるよ。


どうせなら食事でも一緒に、と思ってるんだけど、どうかな?」


…………。



……どう返せばいいの、これ。


画面を閉じて、また開いた。


指が止まったまま、動かない。



恋って、こんなに難しいんだ。


「ありがとうございます」は、返事になっていない気がするし。


悩みに悩んだ。


明日、ぜひ、お願いします!と書いて送った。


その後、華恋にメッセージで送った。


不安だったからだ。


そのうちに、父から入浴を促された。


先にお風呂に入ることにした。


いつもより念入りに身体に泡をまとわせて、丁寧に髪も洗った。


普段はつけないトリートメントも、髪に丁寧に馴染ませた。


父におやすみだけを言った。



先程、父に言われた言葉。


「彼氏でもできたか?」


それが、ふいに頭をよぎった。


そんなわけ、ないのに。


携帯電話のランプが光っているのに気づいた私は、すぐに開く。


来ていたのは、ショートメールメッセージ。



きっと、短い用件なのだろう。


送り主は華恋からだった。


「理名!


明日、11時くらいから空いてる? 駅で待ち合わせしよ?」


こんな文言だった。


「空いてるよ?


どうしたの?」


私の送ったそれにすぐに返信が来た。


「それはまだ内緒!


わかった、明日は11時には駅に着ていてね?


おやすみ!」


華恋、私を誘って、どこで何をするつもりなんだろう……


そんなことを思いながら、父に10時30分には家を出ることを伝えた。


2日ぶりの自宅のベッドで眠りについた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る