息抜き
「大丈夫だよ。
一番傷ついてるのはね。
多分、勢いに任せてこういうこと言っちゃった、椎菜ちゃん本人のはずなんだから」
深月ちゃんは、慰めているつもりなんだろう。
それが分かるから、余計に何も言えなかった。
優しさを向けられるほど、胸の奥の痛みが形を持ってしまいそうで。
「治ったら、向こうから謝ってくれるはずだよ?
さ、椎菜ちゃんのことは、養護の
もう、私たち以外の班は部屋に戻ってるみたいだし。
将来の夢語って手紙書くのなんて、部屋でババ抜きやりながらできるよ」
片目を一瞬だけ閉じて、愛嬌抜群に言った深月ちゃんの言葉に皆賛成したようだ。
先ほどまでは美冬ちゃんたちの部屋でババ抜きをやるはずだった。
だから、カードはあらかた配り終えている。
「ねー、深月ちゃんはー?
お母さんがカウンセラーだっけ?
将来、やっぱりそういう仕事するの?」
「あー、どうだろう。
心理学には興味あるけどね。
でも、学者とか教授は嫌だなぁ、って思う」
「大体、ロビーに来る前にこの類の話はみんなで話しちゃったんだけどね」
そう言って、深月ちゃんは笑った。
その笑顔の裏に、少しだけ照れ隠しの色が見えた。
美冬ちゃんによると、陽花ちゃんは体育教師。
似合いすぎて、誰も驚かなかった。
私も、そうだろうなと思ってしまった。
あの真っ直ぐな背中を見ていると、未来の姿まで簡単に想像できてしまう。
華恋ちゃんはウェディングプランナー。
その瞬間、彼女の声が少しだけ弾んだのを、私は聞き逃さなかった。
きっと、もう頭の中で何組もの新郎新婦を並べているのだろう。
野川ちゃんは、まだ決めていないという。
昔は、気象予報士に憧れていたようだ。
それを「昔」と言えるのが、少し大人だなと思った。
皆の話をまとめる美冬ちゃんは、アナウンサーらしい。
夢の話をしているときの声が、いつもよりはっきりして聞こえた。
皆、当たり前みたいに将来の話をする。
それが出来るのが、少しだけ眩しかった。
「理名ちゃんたちのグループの子たちの夢も知ってるよー?
さっき聞いたもん」
「碧ちゃんが、Webデザイナーだったよね?」
その碧ちゃんが、小さく、でも迷いのない動きで頷いた。
「椎菜ちゃんは、獣医」
その夢が、彼女らしすぎて。
だからこそ、さっきの言葉が余計に刺さった。
「麗眞くんは、刑事兼タレントなんだって」
心の中で、私は少し納得してしまった。
あの両親と姉、そしてあの顔立ちなら、なるほどと思える。
社長がギネスブックに載った有名な事務所に履歴書でも送れば、きっと、あっさり通ってしまうのだろう。
「私たちが気になってるのは、理名ちゃんの夢なんだよね。
なぁに?」
「……看護師か医者。
悔しいから。
目の前で、お母さんが苦痛に耐えてるのに、何も出来ずに指をくわえて見てたのが」
「理名ちゃん、カッコイイ!
風邪ひいたら、理名ちゃんがいる病院行こうかな」
「まだ医師免許すらないけどねー」
そんな風に、話しながら廊下を歩いていると、美冬ちゃんたちの部屋に着いた。
「トーナメント戦だから、表は必要だよね」
そう言って碧ちゃんが、ルーズリーフにトーナメント表を書き始める。
ボールペンのフリーハンドで引かれた線は、すぐに形になった。
他のメンバーは私たちの部屋で待機することになり、華恋ちゃんが一度部屋に戻った。
「皆は、理名ちゃんたちの部屋にいて」
部屋に入ると、華恋ちゃんはビデオカメラを取り出した。
何気なく画面を覗くと、ババ抜きトーナメントが行われる部屋と、そこにいる3人が映っている。
「え?
なんで?」
深月ちゃんが驚く。
麗眞くんの執事である相沢さんに、トーナメント形式でババ抜きをすると話したらしい。
彼は楽しめるようにと小型カメラを貸してくれた。
どうやら、美冬ちゃんたちの部屋に小型カメラを設置したという。
その映像がこちらへ届いているのか。
「美冬、実況よろしくね。
未来のアナウンサーさん」
華恋ちゃんに肩を叩かれ、美冬ちゃんが苦笑する。
これを狙って借りたのね。
なるほど、ちゃっかりしてるなぁ。
画面には、碧ちゃんと野川ちゃん、そして陽花ちゃんが映っていた。
「おーっと――」
美冬ちゃんの声が跳ねる。
画面の中で、野川ちゃんがわざとらしくあくびをした。
「……演技だとしたら、上手すぎる」
美冬ちゃんの実況にも熱が入っていた。
私は、片手に持ったスマホで、必死にババ抜き必勝法を調べていた。
あまりカードゲームなどやらないクチだったので、ルールがうろ覚えなのだ。
「ジョーカーはまだ動いていない模様。
水面下での駆け引きが始まっているのか?」
美冬ちゃんは実況を続けつつ、手元のポテチをつまむ。
深月ちゃんも、私の横で小さく手を伸ばし、ポテチを取った。
普段はこんな夜にお菓子など食べない。
こうでもしていないと、さっきの椎菜ちゃんとの言葉が胸の奥に戻ってきそうで嫌だったのだ。
勝負は、10分ほどでついた。
野川ちゃんの元から、ジョーカーは離れなかった。
「野川ちゃん、決勝進出ー!」
美冬ちゃんたちと共に、部屋に戻る。
「野川ちゃん、残念!
さ、次の御三方ー!
私と、華恋ちゃんと、深月ちゃんだ。
深月ちゃん、絶対、持っててもポーカーフェイス崩さなそう。
彼女が一番の強敵だ。
なんせ、心理学を極めてるし。
美冬ちゃんが配ったカードを、そっと取る。
ジョーカーは私の手元にはなかった。
不要なカードを捨てた。
手札が、少しだけ軽くなる。
私が端から2番目のカードに手をかけた時、深月ちゃんが口角を上げて笑う。
ジョーカー、まさか、一番難敵の深月ちゃんが持ってるの?
一番端のカードを取って、手札に加える。
5が揃ったので場に出した。
華恋ちゃんにカードを引かせる。
彼女がカードを選ぶ度に、驚きの表情を浮かべてみた。
華恋ちゃんが真ん中を引いた。
彼女のカードの束から2枚のカードが消えた。
私が、深月ちゃんのカードの束から左から2番目のものを引いた。
カードが揃った。
2組消えていく。
気づけば、私のカードの束は次、華恋ちゃんが引けば3枚になる。
私は深月ちゃんの表情だけを追いながらカードを選んだ。
指先が、わずかに冷えているのに気づいた。
さっきの言葉が、まだ胸の奥で固まったままなのだと、体の方が先に思い出させてくる。
深月ちゃんが左端のカードに眉をひそめた瞬間、ジョーカーはここにはない、と直感する。
次に小さく口角を上げたとき、右端のカードが危ない、と判断した。
外したくなかった。
今日は、これ以上負けた気分になりたくなかった。
負けたのは華恋ちゃんのようだった。
彼女は一瞬だけ口を尖らせて、それからすぐ、いつもの笑顔に戻った。
彼女は、別室で見ていた美冬ちゃん、碧ちゃんたちに、肩を何度も叩かれていた。
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