第1話


「好きです。」


「いやいやちょっと待って。なんでそうなるの?」


心美さんは薄暗い教室の中でもわかるようにドン引きした顔を見せた。

当たり前だ。

2年間、中学2年生の終わりに夜間学校で出会ってからほどよい距離感の友達をやってきたのに。

心美さんが困惑するのもわかる。

けど…。

「好きです。」

「落ち着いてよ。ゾンビCOされた人間の反応じゃないでしょ。」

心美さんは火照らない顔を長袖で隠し、僕から遠ざかった。

可愛い。

「そもそも…ほんとに信じてくれてるわけ?」

「信じてなきゃ好きになってない。」

「意味わかんない…。」

チカチカと軽く点滅したベースライト。

それを話すには辛すぎる。

とにかく僕は、君を愛すべき人だと思ったんだ。

「ねぇ、好き。」

「いや無理。」

「ゾンビって何好きなの?」

「人の血肉。」

「…。」

「今交渉しようとしたっしょ。」

「した。え、ちょっとだけなら…。」

「貰えませーん残念でしたー。」

しばらくお互いが黙った後、心美さんが「帰ろうか。」と呟いた。

僕らは教材を鞄にまとめて教室を出た。

時計の針は10時22分を指していた。


「どうしたら付き合ってくれる?」

「どうしてもだめです。」

「こんなに好きなのに?」

「だめです。」

「もしかして他に好きな人が…!」

「いないです。」

熱を帯びた僕の視線と、心美さんの視線が交わることはない。

どうあがいてもだめなことが横顔から見て取れる。

「涼太がそこまで必死になるとこ、初めて見たかも。」

「僕も、こんなの久しぶりかも。」

心美さんはようやく僕の顔に目を流してくれた。

この時を逃すまいと僕は必死に涙目をしてみる。

「無理です。」

「なんも言ってないんだけど。」


汗がじっとりと服に滲む。

少し遠くの川沿いで花火大会をしているようだ。

細い光が立ち昇ってから、夏の空に大きな花が咲いた。

「綺麗だね。」

「うん。」

聞いてもいいのか少し迷ってから、花火の音と同時に口を開く。


「なんで死んだの?」


聞こえていなければそれがいいと思っていたが、心美さんの聴力を舐めていたみたいだ。

「自分からトラックに轢かれたの。」

心美さんは続けて言った。

「両親、私のこと好きじゃないっぽくてさ。構ってほしくてわざと道路に出たの。それで御臨終。笑えるでしょ?」

彼女は口角を上げていたが、その目はまさに死人のものだった。

花火の光が心美さんの涙を反射する。

「ずっと『愛』がよく分かんないんだ。

架空のものみたいで、信じらんない。」

僕に決して振り向かないその瞳の正体だった。

「僕が見せるよ。」

「え?」


「僕がいつか見せるよ。『愛』を。」


心美さんは目を見開いて僕の眼差しを受け取った。

しばらく見つめ合った後「ふっ」と笑って、花火の音に負けないような声で言う。

「じゃあ見せて!そしたら、付き合ってあげる。」

それからの毎日の幕開けを祝うように、一番大きな花が夜空に咲いた。

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特別でもない夜に すずめ @suzume_2525

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