第2話 February(2)

夢中になって聴いてしまった。



これが藝高に合格するレベルなのだ、と身に染みて感じる。



「律ちゃんは。 子供のころからコンクールの常連で。 いくつも賞を獲ってる。 とにかく猛烈に弾ける子なのよ。」



さくらは奏にコソっと言った。



「ハア、」



「んで。 彼女。 お父さんは大手商社の役員さんで。 お母さんはヴァイオリニスト。 ・・月謝のことは。 絶対に話し合ったりしないように、」



さくらはさらに声を潜めた。



「は・・?」



「わかるでしょ。 もー、」



と肘でつつかれて、



「あ・・はい。 わ、わかりました。」



さくらが気を遣ってくれていることがわかり、申し訳なかった。





「んじゃ。今日は帰る。」



弾き終わった途端、律はさっさと帰り支度をした。



「もー、何しにきたのよ・・」



さくらは半笑いで言った。



「じゃあ。 がんばろーね。 これからはアタシの『後輩』だもんね!」



律は立ちん坊になった奏の背中をぽんと叩いた。



「あ・・はい。 よろしくお願いします・・」



なんだか嵐のようにやってきて去って行った彼女にポカンとしたままになってしまった。





それにしても。




奏は律のピアノの巧さが本当に衝撃だった。



コンクールの経験がほとんどない彼にとって、同世代の人間の実力をあまり目の前で見ることがなく



しかも



自分が狙っている藝高に合格するレベルというのを嫌でも思い知らされて



軽いショックを受けていた。





そして。



さくらの週2回のレッスンが始まった。



「あー、あー、今ンとこ。 指の運びの滑らかさぜんっぜんダメだから。 もう一回。」



さくらはレッスン上に自分の仕事を持ち込んでいるのか、ピアノを聴くだけで見もしないでダメ出しをする。



「ハイ・・」



常につきっきりで指導してくれた真理子とは全然違う。



「もっと深く指に力入れた方がいいよ。 たまに音飛んでるみたいな気がするトコあるし。 全体的に弱いよね。」



そして



けっこう毒舌。



「基本。 コンクールって聴こえる音が全てだから。 どんなに感情込めたって審査員にそう聴こえなかったら、なんもならない。」



辛辣に言われることにあまり慣れていないので



最初はものすごく戸惑った。



そして毎回家路につくまでの電車の中で



設楽啓輔が愛したであろう二人のキャラのあまりの違いに首をひねる。



さくらは母とはまったく違うタイプだ。



決していい思いはしないであろう自分を指導してくれると言うところは



本当に彼女の懐の深さを感じるし、それでも設楽に反発する激しさを見ると



穏やかでわりと控えめな母とは全く似た所はない。





好きになる女性って



どこかで同じ部分を持っている人だと思ってた…




中学生の彼にはまだまだわからないことだらけだった。


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My sweet home~恋のカタチ。32--snow white-- 森野日菜 @Hina-green

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