第4話 「静かな村」
最初に声をかけてきたのは、観光課の男だった。
年齢は四十代前後。愛想はよく、仕事として人に慣れている。
「観光ですか? 最近はそういう方も増えましたね」
小林が即座に応じる。初対面の距離を縮めるのは、彼の役割だった。
「配信とか、来ます?」
男は一瞬だけ視線を外し、それから曖昧に笑った。
「ええ、たまに。賑やかな方が多いですね」
否定も警戒もない。ただ、事実を並べている。
「騒ぐだけ騒いで、何も起きないって言って帰られます」
その言い回しは淡々としていた。怒りも困惑も混じらない。
「クソ村だ、って言われたこともありますよ。
それで、皆さん二度と来ません」
外部の評価を、そのまま引用しているだけだった。
小林は苦笑する。
配信者が何を求め、何に失望するのかを、彼はよく知っている。
「絵がないと、そうなりますよね」
男は曖昧に頷いた。
「皆さん、急いでいらっしゃいますから」
理由は語られない。
なぜ何も起きないのか、なぜそれで終わるのか。
案内所を出てから、小林が言った。
「分かりやすいよな。
騒げば何か起きると思って来て、起きないから帰る」
佐伯は歩きながら、会話を反芻していた。
高校、若者、最近の出来事。話題を振っても、否定されず、深掘りもされない。着地点は、いつも同じだ。
口裏合わせではない。
もっと自然で、日常に染み込んだ反応だった。
佐伯は何も言わず、ノートを開いた。
――メモ
配信者来訪――頻度は把握されている
反応――否定も歓迎もない、事実報告のみ
評価――「何も起きない」「クソ村」を受容
会話――回避はあるが遮断はない
選別――騒ぐ観測者は通過、静かな観測者のみ残る
山神の夜 @delusion99
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