第3話 「同行」

小林が現地に同行すると言い出したとき、佐伯は理由を聞かなかった。


「編集次第で、そこそこ行くと思うんだよな」


山道を走る車内で、小林はハンドルを握りながら軽く言った。

いつもなら佐伯の調査に首を突っ込むことはない。現地の空気より、後から加工できる情報の方が小林にとっては価値がある。だが今回は違った。山入村という名前そのものが、素材として強いと踏んだのだろう。


ナビの表示が遅れ始める。

電波は繋がったり切れたりを繰り返していた。


「この辺、弱いな」


小林は気にした様子もなく言い、スマートフォンを助手席に放り出した。

佐伯は返事をせず、窓の外に視線を向ける。舗装された道、等間隔のカーブミラー、手入れされた法面。想定していたよりも、ずっと生活の痕跡がはっきりしている。


「ほんとに普通の村だな」


集落に入る直前、小林がそう呟いた。

観光案内の看板があり、簡素な駐車スペースも整っている。人の姿はまばらだが、気配は確かにある。


車を降りると、風の音がした。

遠くで何かが動く音、家の中から聞こえる生活音。すべてが過不足なく存在している。


「撮れ高的には、今のところ弱い」


小林はそう言って笑ったが、すぐにカメラを構えた。

佐伯はノートを取り出し、村の配置を目で追う。家の間隔、道の幅、視線の抜け方。どれも説明がつく。どれも整っている。


「なあ」


小林が、ふと声を落とす。


「ここ、静かすぎないか?」


佐伯は答えなかった。

代わりに、耳を澄ませる。


音がないわけではない。

ただ、音の出るタイミングが揃っている。生活のリズムが、均されている。


――メモ

生活音――偶然ではない間隔

沈黙――欠落ではなく調整

村全体――均されたリズム

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