第6話「封筒の中の紋章」
次の日、児玉と鷲尾は約束どおり「淡路島行き連絡船乗り場」前の喫茶店で向かい合っていた。
2人とも、不機嫌極まりない表情だった。
「なあ……」まず児玉が口火を切った。
「なんや?」
「なんで俺はほとんど毎日ムサ苦しいオッサンと顔を突き合わせなアカンねん?」
「ワイも言いたいわ」
お互いひとしきり毒づきあうと、児玉は「仕事の顔」に戻り、昨夜の要件を切り出した。
「で、ブツは?」
「その物騒な言い方やめい!ホレ」
そう言うと鷲尾は小さい封筒をカバンから取り出し、児玉に渡した。
児玉は例の白手袋をはめて封筒の中身をのぞいたが、次の瞬間心底呆れた表情で鷲尾を見た。
「……アホか」
中身は昨日居酒屋で忘れた「阪神・巨人戦」のチケットだった。
鷲尾は満面のドヤ顔で、児玉を見て言い放った。
「ワシがあの後居酒屋に戻って取り返してきたんじゃ。ワシに感謝しろ!」
児玉は再び罵詈雑言を浴びせようかと思ったがやめた――行きつけの店がひとつ減る――それだけの理由だが。
「あーはいはい。ありがとうございました。」誰が聞いても本心から言っていないとわかる口調で児玉が返した。
「お前にワシの努力に対する感謝の気持ちはないんか!」
「やかましい!本題に戻れ!」
ページ数の無駄だ。
そう言われると今度こそ鷲尾は本当に例の書類の入っていた封筒を取り出した。最初からそうしろ。
児玉は封筒を受け取った。ついでにチケットは自分の服の胸ポケットにきっちり入れた。また忘れられてたまるか。
児玉は中身を改めた。先日見た2枚の写真。そして「明石統一」と書かれた一見何もない短冊……何かおかしい。改めてその短冊を日光に透かして見た。するとそこには「Ⅹ字にした、先端の尖った十字架。その上に、明石市章を重ねた紋様」が浮かび上がった。
「おい」児玉が鷲尾に鋭い目線を向けて聞いた。
「どうした?」鷲尾も、児玉のいつもと違う様子に驚きながら答えた。
「この写真と短冊の『3点セット』、全部その封筒に入ってたんだな?」
「そうだが?」鷲尾が何事か?という顔をして答えた。
児玉は「チッ」と軽く舌打ちをして、「とりあえず、今アンタに言えることは――『お互い、面倒な話に巻き込まれたみたいだ』ってことぐらいや。詳しいことは食ってから外で話す」
そう言うと児玉はいつもより早いペースでガツガツと昼食を食べだした。鷲尾もそれにつられるかのようにペースを上げて食べた。
食事を済ませて、二人は連絡船乗り場のそばの小さい公園に場所を移した。
今度は鷲尾から話を切り出した。
「なあ、何かあったのか?」
「鷲尾さん、アンタ俺に何か隠し事してないか?」
「何も」
「じゃあ、アンタの目は節穴ってことになるが?」
「一体どうしたんだ?」本当にわかっていなかったようだ。
「ホレ」そう言うと児玉はさっきの短冊を改めて日光に透かして鷲尾に見せた。それを見た瞬間、鷲尾は驚愕の表情を見せた。
「面倒事増やしやがって」児玉がボヤく。
「スマン!」
「まあ仕方ない。甲子園球場の焼きそばと梅田の阪神百貨店の明石焼を追加で手を打とうか?」
鷲尾はその内容と値段に驚いた。
「勘違いするなよ。チケット含めて全部『慰謝料』じゃ」と吐き捨てるように言うと児玉はその場を去った。
鷲尾は児玉が去るのを見てからボソッとつぶやいた。
「やっぱりアイツチョロいわ」
――その時点で、児玉はまだ知らなかった。
これが「調査の始まり」ではなく、「関与の確定」だったことを――。
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