第5話「ぬるいビールと教務課の影」
児玉が鷲尾に思いつくだけの罵詈雑言を浴びせた夜、二人は居酒屋にいた。
児玉はいまひとつスッキリしない顔で、鷲尾は申し訳なさそうな顔で向かい合っていた。
ふたりとも、テーブルに置かれた生ビールの中ジョッキにも、つまみの枝豆にも、まったく手を付けていなかった。
鷲尾は今まで児玉が見たことのないような沈痛な表情で沈痛な表情でうつむいていた。いた。この状態では話を切り出せそうにない。
仕方がないので、児玉は先日「手付金」として受け取った「甲子園球場での阪神・巨人戦」のチケットを無言でそっとテーブルに置いた。
そこで鷲尾はハッとなった。
「契約解除か?」
「そこまで重く考えないでくれ。少しややこしい事態に巻き込まれたんでね」
児玉はここで初めてジョッキに口をつけた。
「お互い少し黙りすぎたな。ビールがぬるくなってる。とりあえずコイツを空けてから話に移ろう」
ふたりは冷えた2杯目のビールのために無言で最初のジョッキを空け、改めてジョッキを頼んだ。
そこで改めて鷲尾はチケット返却の理由を聞いてきた。
児玉は「日程が合わなくなった」とだけ答えると口元に人差し指をあて、「シーッ!」と「これ以上は黙れ」というジェスチャーをした。
鷲尾もそれを理解し、今シーズンの野球の話題に切り替え、はたから見れば「タダの酔っぱらいのオッサン2人が野球の話で盛り上がっている」ように――演じていた。
……結局2人でジョッキ4杯ずつ空けて居酒屋を後にした。
そして酔い覚ましがてら、二人で近所の川辺を歩いた。
「なんでこんなムサ苦しいオッサンと二人で夜の川辺を散歩せんといかんのじゃ!若いお姉ちゃんならともかく!」児玉が毒づく。しかし、なぜかそこで水谷が浮かんだ。アイツだけはマジでやめてくれ。「ワシも同じじゃボケ!」鷲尾も言い返す。
途中、ベンチがあったので、二人で並んで座った。すると鷲尾がすかさず缶ビールを児玉に渡した。
児玉が「まだ飲み足らんのか?」と呆れて言うと、鷲尾は酔っているなりに真顔で「あそこだと言えん話があったんやろ?」と言い返してきた。そのとおりだ。
児玉はあそこでは言えなかった一昨日の出来事を話した。――ただし、「明石分裂譚」、「明石黙示録」の2冊の「古文書のようなもの」の話は除いて――。
「……で、ワシがお前に見せた写真と同じものが教育管理局から届いたって訳か?」
児玉がうなずいた。
「ただ、アンタが見せた『明石統一』って短冊は無かったで」
今度は鷲尾が驚いた。その顔を見て児玉が「なあ、明日で構わんから最初に入ってた封筒ごと俺に見せてくれ」と頼んだ。
「わかった。で、場所はどこにする?」
「今回の話はファミレスやとちょっと都合が悪いから、淡路島行きの連絡船乗り場のそばの喫茶店にしよか。11時過ぎやったら昼飯食えるで。昼飯食えるで。それにあそこやったら静かに話せるしな。……それに、ここでやったら話してもええやろ」
「どないした?」
「お宅と別の依頼主、『第9係』や」
それを聞いた鷲尾と児玉は二人で夜空を見上げ、ほぼ同時に大きなため息をついた。
そして、鷲尾がこれ以上できないであろう悲壮な顔で児玉を見た。
「お前も厄介なところに目を付けられたなあ」
「言わんといてくれ」
児玉のその言葉を聞くなり、鷲尾はズボンのポケットをあさりだした。
その不審としか言えない行動に児玉は「どうした?」と聞かずにはいられなかった。
鷲尾は「すまん。お前が返してきた阪神・巨人戦のチケット、さっきの居酒屋に忘れてきたわ」
アホか。
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