第4話「教務課第9係」

 次の日の朝、児玉は市役所の受付に立っていた。そして総合案内の職員に教務課の水谷を呼んでもらうように頼んだ。


「教務課の水谷」


 そう言うと受付職員の顔が一瞬凍りついた。内線電話で水谷を呼び出した。しかし、その声は明らかに緊張していた。


 しばらくすると、「悪い悪い。着替える時間、なかったんよ」と水谷と思しき女性が受付に来た。


 見た目は児玉より少し年下っぽく、身長は170cmぐらい。茶髪のショートカット――そこまではいい。


 問題はその服装で、青色の作業ズボンに長編み上げの安全靴(コンバットブーツ)。それもそういう「仕事」内容からだろうからまあいい。しかし、しかしだ、紺色地に大きく白文字で「負け犬」と書かれたTシャツ……。せめてスカートとブラウスぐらい着て来いよ……。


 その声が聞こえたのか、あるいは雰囲気を察したのか、水谷はいたずらっぽく「あー悪いな。朝バタついててさ」と声をかけてきた。


 それぐらいの時間待つわぃ!


 そして児玉は水谷に教育管理局「教務課埋蔵文化財調査係」と書かれた部屋に案内された。


 ――「教務課埋蔵文化財調査係」――略して「第9係」。表向きは埋蔵文化財の調査担当部署ということになっているが、明石市民はこの部署のことをこう呼んでいた。


「明石のKGB」


 なぜこんな物騒な呼ばれ方をされる組織が教育管理局にあるのかというと、「(エロい意味ではない)大人の教育」に関わるからだ。ただしその内容は省略する。


 児玉と水谷が二人で応接セットのソファに座りかけようとすると、後ろから男性の怒鳴り声が聞こえた。


「水谷、着替えてこい!お前にはTPOってものがないのか!T!P!O!」同感だ。


「氷水を張ったタライに裸足で足突っ込んでるオッサンに、TPO言われる筋合いないわ!」水谷も言い返す。「オッサン」と呼ばれた男性は黙り込んでしまった。


 確かにその「オッサン」はズボンをひざ下までまくり上げ、裸足でタライに足を突っ込んでいた。しかも丁寧に足ふきマットまで用意している。そりゃ言い返せない。


「さて、と」水谷は作業服のままソファに座り、別の女性職員に「ごめん、アレ持ってきてくれる?」と言うと、言われた職員はすぐに封筒を持ち戻り、一旦その封筒をテーブルに置くと、白手袋をはめた。さすがに「表向きだけでも」埋蔵文化財調査係の職員だった。「遺物類」の取り扱いには慣れている。


 水谷は封筒を開いて、中身を見せた。それは児玉のパソコンに送られてきた画像と同じ物の写真だった。


 児玉も慣れた手つきで白手袋をはめ、その文書を手に取って読み始めた……が、訳が分からない。色々悩んだがついには水谷に「何これ?」と聞く始末。……最初から聞けばよかった。


「まあ落ち着いて。順に説明するから」


 水谷は1955年の「併合問題」より過去にも神戸市が明石市域を編入しようとした歴史。そして、現在の明石市域分裂の事情を説明した。


 そこはわかった。しかし、児玉の頭の中ではその2枚の写真とこの文書の関係がどうしてもつながらない。


「で、その話とこの写真の関係は?」児玉は質問した。


 そこに先ほどこのファイルを持ってきた女性職員が割って入ってきて説明を加えた。


「最初の写真の八芒星の中心に、次の写真の金色のタコツボを置くと明石が再びひとつになる、という伝説があるんです」


 そう言うと、女性職員は文書庫に向かい、別の封筒を持ってきた。そして封筒の中身を出すと、「明石黙示録」という名の文書が出てきた。その中で該当する箇所を説明したが、やっぱり児玉にはわからない。


「児玉さんにぜひこの件の調査を依頼したくて」


 水谷が真顔で児玉を見つめる。しかしその眼には「断ったらわかってるだろうな」という「無言の脅し」が入っていた。


 それでも依頼内容のアホらしさから「知らん。以上」と言いたかったが、「第9係」に目をつけられた以上「No!」とは言えない。


「……わかりました」児玉はしぶしぶ答えた。

「ありがとうございます」水谷の表情が明るくなった。


「その代わり」と児玉は条件を出した。その条件はいたって単純なものだった。


 ・市役所の庁舎の空き部屋をひとつ貸してほしい。

 ・同じく市役所の食堂の食事を無料にしてほしい。


 この条件だけは譲れないと、今度は児玉が強く出た。その条件の内容に水谷は呆れ果てたが、仕方がないといわんばかりの口調で「係長、どうします?」と、先ほどのタライに足を突っ込んでいた「オッサン」に伺いを立てた。


「係長」と呼ばれた「オッサン」も仕方がないという口調で「予算の問題があるから上に伺いを立てなきゃいかんのでしばらく待ってほしい」と児玉に言った。


 ああ、なんと素晴らしいお役所仕事!


 そんな話の後、児玉は市役所を後にした。そして自宅に着くと早速鷲尾に電話をした。


「このアホンダラァっ!」


 これ以上はにできない(文章化すると色々ヤバい)ほどの罵詈雑言で鷲尾を怒鳴り倒した。

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