第2話「信楽焼のタヌキと八芒星」
明石駅改札口前。児玉は「信楽焼のタヌキの置物」の前に立っていた。
「明石駅前で待ち合わせ」と言われて、これほどわかりやすいランドマークはない。
しかし、なぜ「信楽焼のタヌキ」なんだ?明石市には市公認の「ゆるキャラ」もいるだろうに。
その置物の後ろには、いつごろからかストリートピアノが設置されている。今、流れているのは「パンツァーリート」だった。「バルジ大作戦」や「某戦車アニメ」じゃあるまいし。
児玉は無意識に旋律に合わせて足踏みをしてしまい、「アカンアカン」と慌てて止めた。
そこに鷲尾がやってきた――なんで俺は、こんなオッサンとこんなところで待ち合わせなければいけないんだ。「キレイなお姉さん」なら来るなと言われてもいつまでも待ち続けるのに。
ちなみに鷲尾を「オッサン」呼ばわりしている児玉も32歳だ。人のことを言えないだろうが。
駅を出ると、向かいの商業施設のビル壁に、物騒なスローガンを書いた横断幕が目に入った。しかも1つや2つではない。
「大久保、魚住、二見は明石固有の領土です」……え?「領土」?
「郵便番号『674』を再び明石市に!」……その他「明石市西部を返せ」という趣旨の垂れ幕や横断幕の数々。
訳わからん。
とにかくこの一見物騒な横断幕は、掲げた人物の意図とは違う意味で「名所」となり、観光客が記念撮影などをしているが、児玉たちには見慣れた風景なので何事もないように目的地のファミレスに向かった。
平日昼前のファミレスは、だいたい高齢者(夫婦)や子供連れが多いが、、ちょうど夏休み時期なので中高生が多い……そしてやかましい。
「にぎやかですね」皮肉交じりに児玉がボヤく。
「アホ。上の階のハンバーガーショップなんかこれの比とちゃうぞ」鷲尾が返す。
児玉はこのオッサンとのやり取りをさっさと済ませたいので話題を変える。
「で、『頼み事』って何ですか?まさかこの前みたいに『阪神が負けた日の翌日』みたいな内容はお断りですよ。本当に命の危機を感じましたからね。私はフリージャーナリストのつもりですがね、いつから
「まあそう言わずに」
そう言うと鷲尾は書類カバンから封筒を取り出し、児玉に渡した。
「見てみぃ」
児玉は言われるがままに封筒の中身を見た。そして見た瞬間「ハア?」と店内の客が一斉に彼を見るぐらいの大きな声を出した。
「アホ!声がデカいんじゃ」鷲尾が制する。
封筒の中には「八芒星」と「金色のタコツボ」の写真がそれぞれ1枚づつ。それと「明石統一」と書かれた短冊が一枚。……そりゃ声も出るわ。
「俺に今度は『アマゾンの奥地に行け』とか言い出すんじゃないだろうな?明石公園で十分だ。鷲尾さん、メシ食ったら帰って寝るで!」と言って席を立ちかけた。
鷲尾も普通ここまで言われれば少しは不機嫌な顔にもなるだろうが、不気味なぐらい満面の笑みを浮かべて、もう一つの封筒を書類カバンからテーブルに置き「見てみぃ」と児玉に中身を見るように勧めた。
仕方がないので児玉はしぶしぶ中身を見たが、見た瞬間「なんでこれを先に言わんのじゃ!」と鷲尾に詰め寄った。
中身は現金や小切手ではなく、「阪神・巨人戦、甲子園球場ライト席」の入場券。児玉にとっては現金や小切手よりも高価な「ブツ」だ。
「成功報酬か?」児玉は聞いた。
「ちゃう。『手付金』や。これで取引成立やな?」鷲尾が確認するように聞いた。
「当たり前や!」児玉は即答した。
その答えに満足したのか、鷲尾は腕時計をチラッと見て「あ、ワシそろそろ時間や。会社に帰るわ。メシ代払っとくから適当に帰りや」そう言って鷲尾は席を立つ際に「ホレ、交通費」と机の上に千円札を1枚置いた。
「これは?」
「交通費や」
「領収書が要るんじゃ?」
「アホ。ワイかてそれぐらいの小遣い持っとるわ。んじゃな」
そう言うと鷲尾は席を立った。
そして店を出てから一言つぶやいた。
「チョロいわ。あいつ」
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