第8話 処刑エンド令嬢、格の違いを見せつける

 連れて行かれた先は、校舎の屋上だった。


 昼休みのざわめきが、重い鉄扉一枚で遮断される。

 吹き抜ける風が、コンクリートの匂いを運んできた。


「……で?」


 ジェーン・グレイ――灰島はいじまナデシコは、振り返って小さく首をかしげる。


 目の前には、例のギャル風の女子生徒。

 その背後に、取り巻きが二人。


「アンタさ――目立ちすぎなんだよ」


 低く、苛立ちを含んだ声。


令嬢レディだのなんだの、調子乗ってんじゃない?」


 視線は、値踏みするようにジェーンをなぞる。


「……なるほど」


 ジェーンは、ふうと小さく息を吐いた。


「それで?」


「それで、じゃねえよ」


 ギャル女が一歩踏み出す。


「アンタみたいなのがいるとさ、目障りなんだよ。空気、読めないし」


 屋上の空気が、ひりつく。


 だが――


 ジェーンは、怯まなかった。


 むしろ、静かに背筋を伸ばし、顎を上げる。


「……他者をどうこうしよう、などと考えているヒマがおありでしたら」


 澄んだ声が、屋上に響く。


「その時間を、ご自身を高めることに費やした方が、よほど有意義だと思いますわよ?」


 ギャル女が、目を見開く。


「……は?」


「きっと、他者を気にしているヒマなど、なくなるはずですもの」


 きっぱりと。

 一切の迷いなく。


 ――次の瞬間。


「ふざけんなっ!」


 怒号とともに、胸倉を掴まれる。


 制服がきしみ、顔が、ぐっと近づく。


「アンタ、ナメてんの?」


 だがジェーンは、顔色ひとつ変えない。


「事実を申し上げただけですわ」


「――っ!」


 拳が、さらに強く握られた、その時。


「何をしているんですか!」


 甲高い声が、屋上に割り込んだ。


 ギャル女が振り向く。


 そこに立っていたのは、担任の那波なわだった。

 その後ろには、息を切らした覚子さとこの姿もある。


「そ、それ以上は看過できなくなりますよ!」


 精一杯虚勢を張っているが、那波なわのその声は緊張に震えている。


「……チッ」


 ギャル女は舌打ちし、掴んでいた手を乱暴に放した。


 ジェーンを一瞥いちべつし、ギャル女たちはきびすを返す。


 そして帰りしな、覚子さとこを睨みつけ、そのまま屋上を後にする。


 扉の先で階段を降りていく足音が、やけに大きく響いた。


 しばしの沈黙。


 覚子さとこが、肩をすくめる。


「あたしも目、付けられちゃったかな~」


 軽い調子で言うが、どこか不安のようなものもにじませる。


「……ワタクシのことは、放っておいてくださっても大丈夫でしたのに」


 ジェーンが、ぽつりと言う。


「でもさ」


 覚子さとこは、一瞬だけ真顔になり――


 それから、はにかんで笑った。


「それをしたら、自分で自分のこと、許せなくなりそうだったから」


 何でもないことのように。

 でも、真っ直ぐな声で言った。


 ジェーンは、言葉を失った。


 胸の奥が、じんわりと温かくなる。


「……賢くない生き方ですわね」


 そう言って、ぷいっと後ろを向く。


 そして、


「……ありがとう、ですわ」


 風にかき消されてしまいそうな、か細い声でポツリと呟いた。


「なにそれ」


 覚子さとこが、くすっと笑う。


「ナデシコ、カワイイとこあんじゃん」


「ザッツロング! ワタクシは、元からカワイイですわよっ!」


 不服そうに頬を膨らませるジェーン。


 その様子を、少し離れたところで見ていた那波なわは、空を見上げ、ふうっ、と息を吐いた。


「面倒ごとは、ご免こうむりたいところなのですが」


 小さく、独り言をもらす。


「……お友達ができたみたいだから、まあ、良しとしますか」


 青空は、どこまでも高く澄んでいた。



 処刑エンド令嬢レディ灰島はいじまナデシコ――

 初めてできた友達に感激し、ツンデレっぷりを発揮した瞬間だった。

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