第7話 処刑エンド令嬢、お弁当は”肉じゃが”だけ

 昼休み――


 教室は一気に賑やかになり、あちこちで机が寄せられる。


 友人同士の輪。

 笑い声。

 楽しげな空気。


 その中心から、ジェーン・グレイ――灰島はいじまナデシコの席は、微妙に外れていた。


 半月も経てば、自然とグループが形成される。

 完全に乗り遅れた形だが、彼女の場合はそれだけじゃない。


 朝の傲岸不遜ごうがんふそんな自己紹介――

 日本史の授業での奇行――


 距離を取られるのも無理はない。


 ジェーンは小さくため息を吐き、バッグの中から弁当箱を取り出した。


 その時。


「ねえねえ、灰島はいじまさん」


 隣の席から、明るいトーンの声がかかる。


 振り向くと、ショートカットの少女が笑っていた。


「一緒に食べよ。あたし、南牧なんもく覚子さとこね」


「……南牧なんもくさん?」


覚子さとこでいいよ。よろしくね~」


 大きなえくぼをたたえた、屈託のない笑顔。


 ジェーンは、ほんの一瞬だけ戸惑い――そしてうなずいた。


「よろしくてよ、覚子さとこさん」


「その“よろしくてよ”っての、好きだわ~」


 向かい合うように机を移動させながら、覚子さとこがくすっと笑う。


(……人懐っこい方ですのね)


 不意に、前世で飼っていたリスを思い出す。


「では、ワタクシのことも”令嬢レディ”と――」

「ナデシコ、って呼ぶね!」


 ジェーンの言葉を制して、覚子さとこが呼び名の主導権を握る。


「ま、まあ、よろしくてよ……」


 わざとらしい咳ばらいをして、どうにか体裁を保とうとするジェーン。


 覚子さとこは、ニカッと笑い、机の上に置いたコンビニ袋からパンとパック牛乳を取り出す。


「いいな~、お弁当。手作り?」


「ええ。お母さまが作ってくださいましたのよ」


 ジェーンは誇らしげにうなずき、弁当箱を開けた。


 その中身は――


 ――肉じゃが。

 ――肉じゃが。

 ――肉じゃが。


 白米すらない。

 肉じゃが一択だ。


「…………」


 覚子さとこは、まじまじとそれをじっと見つめてから、


「……あ~、やっぱコンビニのパンでいいや」


 前言撤回し、バツが悪そうに目を逸らす。


「ホワィ!? なぜですのっ!?」


 納得がいかないジェーンであった。




「ねえ。ナデシコって音楽とか聴く?」


 昼食を終えたころ、覚子さとこたずねる。


「そうですわね……イタリアから演奏家を招いて、よくマドリガルなどを聴いておりましたわ」

「イタリアから演奏家って……すごっ!?」


 想像の斜め上を行く回答に、目を丸くする。


「昔の話ですわ……」


 遠い目でそう呟くが、正確に言えば、前世の話である。


「じゃあさ、"Mediumミディアム"は聴く?」

「"Mediumミディアム"……?」


 首をかしげるジェーン。


「え? "Mediumミディアム"知らない? けっこう有名なんだけどな〜。地元出身のアイドルバンドなんだけど」


 そう言って覚子さとこはスマホを操作して動画を再生させると、それをジェーンに向ける。


 和装の女性が五人。

 それぞれが楽器を奏で、和調の旋律に乗せて風流な詩を歌い上げている。

 歳は若く、ナデシコと同じくらいどころか、それよりも下の女の子もいる。


 ジェーンはそれをじっと凝視している。


「どう? イイと思わない?」

「……アイワンダー。やっぱり不思議ですわ」

「え?」


 覚子さとこは首をかしげる。


「こんなに薄いのに、こんなに鮮明な映像を映し出すなんて……。スマホは偉大ですわ」

「そっち!?」


 まったく違うところに興味を抱かれ、拍子抜けする。


「てか、ナデシコはスマホ持ってないの?」

「持っていたのですが、どうも、事故にあった時に損壊してしまったみたいですの」

「へ〜……そうなんだ」


 言葉の節々に違和感を感じながらも、覚子さとこはあまり気にせずスルーする。


 その時だった――


「――ちょっと」


 低く、刺すような声。


 二人が顔を上げると、

 目の前にはギャル風の女子生徒が立っていた。


 メッシュの入った明るい髪色。

 黒く焼いた肌に強めのメイク。

 後ろには、取り巻きらしい同じ雰囲気の女子が二人。


 視線は、まっすぐジェーンに向けられている。


「アンタさ、ちょっとウチらに付き合いな」


 空気が、ピンと張りつめる。


「ちょっとアンタら、何のつもり――」


 覚子さとこが立ち上がろうとするのを制するように、ギャル女は鋭い視線を向け、


「なに? まさか、チクったりしないよね?」


 低く脅すように言った。


 覚子さとこが言葉を詰まらせて動けなくなった、その時――


「心配ありませんわ」


 ジェーンは、静かに立ち上がる。


 そして、まっすぐ相手の目を見据え、微笑んだ。


「少々お話しするだけでしょう?」


「……へえ、ずいぶん余裕こいてんじゃん」


 ギャル女は、面白そうに口角を上げる。


 ジェーンは覚子さとこに一度だけ視線を向け、


「すぐ戻りますわ」


 そう言い残し、三人組の後ろについて教室を出ていった。


 そこに残された覚子さとこ

 机の上に置かれたままの弁当箱と、教室の扉を交互に見て――


「……う~ん、大丈夫かな~?」


 頭を掻きながら、ぽつりと呟いた。


 

 処刑エンド令嬢レディ灰島はいじまナデシコ――

 トラブルメーカーの資質を発揮し、新たな火種を呼び込んだ瞬間であった。

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