第5話 処刑エンド令嬢、初登校で土下座させる

 高校の初登校日――

 それは本来、期待と不安が入り混じる、人生の節目である。


 もっとも。


「……少々、遅刻気味ですわね」


 後部座席に座る灰島はいじまナデシコ――ジェーン・グレイは、さも当然のようにそう呟いた。


 彼女の隣では、父がハンドルを握りながら苦笑している。


「仕方ないよ。入院してたんだから。今日は“初登校”っていうより、“途中参加”だね」


 半月遅れの高校生活スタート。

 本来なら徒歩で通えるくらいの距離なのだが、医師の勧めもあり、今日は父の車で学校へ向かっている。


「それにしても……」


 信号待ちのタイミングで、父はふとバックミラーに目をやり、


「……ナデシコ、雰囲気だけじゃなくて外見もずいぶん派手になったね?」


 苦笑と共に呟く。


「そうですか? これくらい、令嬢レディたしなみとして当然のことですわ、お父様」


 顎を手に乗せ、車外に目をやりながら、ジェーンはこともなげに答える。


 鏡越しに映る娘の姿――


 黒髪はそのままに、数日前、美容院で施されたばかりのパーマ。

 くるくる、ふわふわ。

 まるで西洋絵画の中から抜け出してきたかのような、見事な縦ロール。


「……本当に、それで行くんだね?」


「当然ですわ」


 ジェーンは胸を張った。


「第一印象は重要ですもの。民――いえ、ご同学の方々には、然るべき威厳を示しておかなければなりませんわ」


「高校は統治する場所じゃないからね!?」


 父のツッコミも、妙な意気込みを見せる彼女には届かなかった。


 やがて車は「伊勢崎いせさき清心せいしん女学園」と記された校門前に到着する。


 ここが、これから三年間通うことになる学び舎だ。


 チェック柄のスカートにブレザー制服姿の生徒たちが行き交う中、縦ロールを優雅になびかせながらひとりの令嬢レディが車から降り立った瞬間、空気が一瞬だけ――ざわり、と揺れた。


 父と並んで職員室へ向かう廊下。

 好奇の視線が、四方八方から突き刺さる。


「……ナデシコ」


「はい?」


「……ものすごく目立ってるよ」


「当然ですわ」


 元来目立つことが大好きなジェーンは、ご満悦に即答した。


 職員室の扉を開けると、すぐにひとりの女性教師がドタドタとした足取りで近づいてきた。


灰島はいじまナデシコさんですね?」


 年は二十代後半ほど。

 童顔に、少し大きめの眼鏡。

 きちんとしたジャケット姿だが、どこか落ち着きがない。


「はじめまして。1年1組の担任を務めます、那波なわたすくです。地理歴史を担当しています」


 ぺこり、と丁寧なお辞儀。


「諸事情により本日より通学となりました。よろしくお願いします」


 父もお辞儀を返す。


「アナタが、ワタクシを受け持つ聖職者ですの?」


 ジェーンは、ふん、と小さく鼻を鳴らし、彼女を一瞥いちべつして言った。


「このワタクシの担任でいられること、光栄に思ってよろしくてよ」


「!!」


 一瞬、時間が止まった。


 すぐに我に返った父は、反射的に頭を下げる。


「す、すみません! このコ、ちょっと個性的ですけど、根は優しくていいコなので――」


 そう言って顔を上げた瞬間。


 ――那波なわたすくは、床に額をつけていた。


 見事なまでの土下座、である。


「……?」


 目が点になるジェーン。


 父も、完全にフリーズしている。


「あ、あの、先生……?」


 恐る恐る声をかけると、那波なわはハッと顔を上げ、慌てて立ち上がった。


「す、すみません! その、なぜかこう……!」


 彼女はわたわたと手を振る。


「ナデシコさんから、高貴な雰囲気というか……やんごとなきオーラを感じてしまって……! つい、体が勝手に……」


「体が勝手に動いて土下座ですか!?」


 父の声が驚愕で裏返る。


(この先生、大丈夫なのか……?)


 ここにきて急激に不安が募る。


 そしてジェーンも、那波なわをじっと見つめ――思った。


(この方……聖職者に、致命的に向いていないのではなくて?)


 権力者を前にして媚びへつらう愚民。

 そんな資質を、ひしひしと感じる。


「……まあ、よろしいですわ」


 ジェーンは気を取り直したように顎を上げる。


「ワタクシも寛大ではありませんが、寛容ではありますもの」


「は、はい……! ありがとうございます……!」


 なぜか涙目で感謝されるのだった。



 処刑エンド令嬢レディ灰島はいじまナデシコ――

 彼女の高校生活は、担任教師との奇妙すぎる主従関係(?)から幕を開けたのだった。

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