第2話 処刑エンド令嬢、地味すぎる自分に絶叫する

(ここは……天国かしら? でも、だとしたらずいぶんと殺風景ですわね。まるで、予算削減された舞台装置みたいですわ)


 あの時――

 おそらく処刑されたはずなのに、こうして見知らぬ場所で再び目を覚ましたという現実に、まだ理解が追いつかずに考え込むジェーン。


「――意識は、ハッキリしていますか?」


 白衣の壮年男性が、ジェーンの顔を覗き込んで言った。


「お医者様がいろいろ聞きたいみたいだ。答えられるかな、ナデシコ?」


 その後ろで、先ほど絶望したように開口していた男性が優しくたずねる。

 

 ジェーンはコクリとうなずいて、ベッドの上でゆっくりと上半身を起こした。


(この方が医師……? 司祭様ではなくて?)


 処刑直前の記憶が鮮明すぎて、状況がまだ飲み込めない。


「ええ、大丈夫です。意識はハッキリしてますわ」


 ジェーンは胸を張って答えた。

 医師は安堵したようにうなずき、カルテに何かを書き込む。


「では、確認のためにいくつか質問させていただきます」


「構いませんわ」


 ――尋問には慣れていますわ。

 そう思ったけど、さすがに口には出さなかった。


「まず最初に、アナタのお名前を教えてください」


「ワタクシは――」


 少し間を置いてから、


「ジェーン・グレイですわ。よく”令嬢レディ”と呼ばれておりました」


 彼女はよどみなく答える。


 瞬間、医師のペンがピタリと止まった。

 後ろの二人も、まるで静止画のように止まったまま動かない。


 壁掛け時計の秒針の音だけが、やけに大きく聞こえる。


「……え? あの、すみませんがもう一度お願いできますか?」


「で す か ら! ワタクシはジェーン・グレイ。レディ・ジェーン・グレイですわっ!」


 自分でも驚くほど、はっきりとした発音だった。

 間違ってなどいない。

 これが自分の名前なのだから。


「……ええと」


 医師は一瞬、後ろに控えていた男女――先ほど泣いていた二人――に視線を向けた。

 二人の顔は青ざめ、ワナワナと体を震わせている。


「ナ、ナデシコ……?」


 女性が、恐る恐る声をかける。


(……?)


 先ほどから何度も呼びかけられるけど、全然知らない名前だ。

 ジェーンは小さく首を傾げた。


「では次。年齢を教えてください」


「十六ですわ」


 ここは即答。

 処刑された時点での年齢だ。


 医師は今またしても動きを止めた。


「……『灰島はいじま撫子ナデシコ』さんは、十五歳ですね」


「一年くらい、誤差ではなくて? そもそも、女性に歳をたずねるなんて、ナンセンスですわよ」


 めっ、とたしなめるように指を立てるジェーン。


「これは失礼……じゃなくて、そういう問題ではありません」


 医師は深く、深くため息をついた。


「では……家族構成は?」


「父はサフォーク公ヘンリー・グレイ。母はフランセス・ブランドン――」


「はい、ストップストップ!!」


 ぴしっと、伸ばした手で制止される。


「……ナデシコさん。歴史の勉強をちゃんとされているようで、それは大変結構なことですが、ここは病院です。冗談は――」


 ジェーンは目を大きくしばたかせ、遮るようにして言った。


「冗談ではありませんわ!」


 思わず声を荒げてしまい、ジェーンははっと口を押さえた。


(いけませんわ……。女王クイーンたるもの、感情的になっては……って、ワタクシはもう女王クイーンではありませんでしたわね)


 心の中でひとりツッコミしていると、医師はカルテを閉じ、後ろの男女に目を向け、やや慎重な声色で告げた。


「……頭部を強く打っていますので、記憶や認識に混乱が見られるのかもしれません」


 その言葉に、ジェーンは眉をひそめる。


「混乱? ワタクシが?」


 あり得ない。

 ――このワタクシが、混乱しているなど。


「今日はこれくらいにしましょう。また何かあったらお呼びください」


 そう言って、医師は部屋を出ていった。

 残されたのは、ジェーンと、先ほどの男女。


 沈黙。


 気まずい沈黙。


 先に口を開いたのは、男性だった。


「……ナデシコ。父さんのこと、覚えてないのかい……?」


 その声が、少し震えているのに気づいて、ジェーンの胸がちくりと痛んだ。


(この方たちが……ワタクシの家族?)


 そう考えた瞬間、胸の奥に、知らないはずの感情が滲み出す。


 申し訳なさ。

 罪悪感。

 そして、得体の知れない不安。


「……ごめんなさい。少し、考えさせてくださいな」


 ジェーンはそう言って、ベッドの脇に置かれた鏡へと視線を向けた。


「?」


 そこに映るものに違和感を感じて、それを手に取る。


 そして――


「……?」


 まじまじと見つめた鏡に映るその姿を見て、ジェーンは完全に固まった。


 そこにいたのは――

 黒髪の、黒い瞳の少女だった。


「……?」


 一度目をこすり、改めて見る。


 だけど、いくら見ても変わらない。

 豊かな金髪の縦ロールでも、透き通るような碧眼でもない。


「…………」


 恐る恐る、自分の頬に触れる。

 鏡の中の少女も、同じように触れた。


 顔立ちは、確かに自分に似ている。


 アーモンド形の大きな目――

 でも、すごく疲れたように腫れぼったい。


 ピン、と通った鼻筋――

 でも、色も、雰囲気も、何もかもが違った。


「……な、な……」


 喉が、ひくりと鳴る。


「な、なんですの、この地味な髪型と配色はぁぁぁぁぁっ!?」


 病室に、悲鳴が響き渡った。


 処刑エンド令嬢レディ――

 彼女がようやく現実(令和)を理解し始めた瞬間だった。

  

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