第9章ー1 ウルズの泉
宇宙が誕生したと同時に時空が形成された。それは単一のもののようでいて恐ろしく歪な概念でしかなかった。それを感知することも、確認することも、理解することもできる者などいなかったし、その必要すらなかった。しかし、世界は生あるモノを地球に望んだ。生ある物は必ず死ぬ。世界にエーテル体が溢れて命の息吹が吹きわたっていた時、事物が現れては消えて、また新たに生まれてはいなくなっていった。神はいつまでも安定しない世界のバランスを取るために、時空を定めて次元を分けてユグドラシルの大樹が世界を支えた。そして現世を生者と実物の世界とし常世を死者と神の世界とした。現世にはアストラル体が満ち溢れており、生を求める肉体の脈動がエーテル体に呼応すると、常世から魂がリンクして命が誕生する。そして、生物は現世で寿命が尽きると、魂を迎える幽世に連れて行かれ常世の住人となる。何度も何度もその過程が繰り返されて生と死のバランスが安定し、大きな輪廻となって時空とともに廻っていき天地創造より紡がれた巨大なシステムは今も時を刻んでいく。
アークに存在する6つのクレイドルはスクリーンがある平面に円く並び、半透明の膜は明瞭になってお互いの姿が見えるようになっていた。
「さあ、第2ラウンド!勝ち進んだ勝利者の皆様には〈宣告〉の権利が与えられます。戦いの相手を選んで明示し、エリアの指定やお宝の交換などの要求をすることができます。もちろん、相手は要求を拒否することも可能です!宣告が無ければこちらでランダムに決めさせていただきますのでご了承ください。」
モーヴィスはアークの上空にて新たなルールの説明を始めていく。
「戦いの勝者はこれまでと同様に相手が手に入れているお宝を獲得できます。それぞれのクレイドルの結合により前の所有者の権限を可及的速やかに得ることができますので、獲得したお宝の力を発揮できるようになるのです。クレイドルの視界が開けた今より今後のアナウンスは皆様のお声掛けによって進行されますのでその際はワタクシメ、モーヴィスをお呼びください。それではしばしご歓談を!」
モーヴィスが粗方説明するも、戦士達による殺し合いの緊張からくる沈黙と一点に向けられる殺意にそれぞれが気付いていた。やがて、デスリングが重い口を開く。
「『超越者』エンドよ。そちらがこの闘いの主催者であることは明白です。ご自身の口で説明されてはいかがですか?生命を侮辱し、殺戮を享楽の如く扱う仕様にしたことなどについてご説明を願いたいものです。」
それを皮切りに戦士達が各々の意見を口にしだす。
「左様!アタシ達がこのような惨状を招く必要があるのか説明を願おうか?エンド殿!」
「クックックッ・・・。神もいよいよ下界を見限ったとみえる。しかし、余より先に地上に手を下すのは面白くない。世界を支配した後お主を討ち取るのは余である。」
「そういう魔王は未だに天界にご執心のようだが?我を越えずして天へ挑めると思っていまいな。」
「皆さん!落ち着いてください!この異常な状況をどうにかする方が先だ。何か解決の糸口があれば、この戦い事態を止めることができるはずだ!」
「勇者よ!このような規格外のことができる者など絶対者と嘯くエンドしか有り得ません!私は死神とはいえ神の端くれ。これ以上、そちらの身勝手な行いを見過ごすわけにはいきません!」
デスリングは語気を強めて、デスサイズをエンドに突き付ける。沈黙していたエンドはそこでようやく口を開く。
「・・・『死霊長』デスリングよ。それは宣告と受け取ってよいか。」
「そちらが神であるならば死を司る死神の領域を侵したことになります。そちらが命ある生物であるなら時空の干渉というタブーを侵したことになります。どちらにせよ断罪を受けなければなりません。改めて宣告します。私の申し出を受けてください。」
デスリングの宣告にエンドはゆっくりと頷く。
「よかろう。デスリングの宣告を承諾する。その他の希望を申してみよ。」
「特にありませんが、よろしければユグドラシルの根の近くなどを戦場とするのはいかがでしょうか?」
「よろしい。ならば、ウルズのいる泉にエリアを指定しよう。モーヴィス!」
「畏まりました!第7回戦!『死霊長』デスリングvs.『超越者』エンド!戦場はウルズの泉!御二方にご武運を!レディファイト!」
スクリーンが暗転してすぐに映し出されたのは、世界を支えるユグドラシルの大樹から伸びる根の下にある浄化の力に溢れた泉に凄まじいオーラを纏う二柱が舞い降りる。エンドに向き合ったデスリングは改めて話しかける。
「まずは、私の宣告を受けていただいたことに感謝します。『超越者』エンドよ。目的がなんであろうとそちらを倒せば、これ以上の魂を徒に迷わせずにすみます。」
「『死霊長』デスリングよ。これは定めである。神であるワタシの意向を邪魔すべきではない。」
「そちらが神であるならば、何故魂から命の還元に必要な肉体を用意せず、徒にアストラル体が流出していることを止めないでいるのでしょうか?そちらが漸次的なアストラル体の回収を目論んでいることは分かっています。」
「やはり、オマエの仕業か。デスリングよ。魂と同時に、回収する必要のないアストラル体を幽世に留めているのは、その根拠のない推測のためか?」
「そうです!本来、魂だけを幽世に誘う私ども死神が世界の異変に気付き、輪廻の動きを調整するためにやむを得ず死神たちに回収させてきました。」
エンドは呆れたように上を見上げて、再びデスリングに被っている仮面を向け忠告する。
「デスリングよ。古来より生物に出現したエレメントによる魔法も、転移や蘇生などといったコズミックな魔法も本来この時代まで扱えぬ高次の事象だ。それらを可能にしたあの膨大なアストラル体を幽世に集めるなど正気の沙汰ではない。無用なことを考えずに役割を果たせ。」
「それならばせめて、古より神々の役割を定めて私達を永年に及び巻き込んだその咎を考えたことはありますか?輪廻を巡らせるために命を刈り取り続けた空しさを・・・。」
「輪廻の監視者たるデスリングよ。オマエは超常の宝であるアーチファクトの影響を受けて不具合が生じているようだ。神が人を真似るものではない。」
エンドの言葉にデスリングは一瞬だけ固まるが、すぐに頭を振って鎌を持つ手に力を込める。
「・・・エンドよ。よく分かりました。かの妖精女王の予見は正しかったようです。」
デスリングは捨因果の指輪を指にはめ、宵骨の翠玉に手を置いて呪文を唱える。
「『宵骨の翠玉』よ!私に力を与えてください!涅と空の化身を私に顕現しなさい!想死の詩『メメントモリ』!」
デスリングの体は大きく伸長して体中から緑の液体が滴る怪物の姿になると、エンドに向けて毒霧を噴射する。
「押し返せ。π『サークル』。」
だが、エンドは『輪廻転生の鎖』を回して毒を近づかせないようにして突風を起こし、さらには鎖に繋がれた円盤をまるでヨーヨーのようにしてデスリングに投げつけていく。毒霧をかき消されたデスリングは円盤から逃げるように広い泉の上を滑って移動し、白狼の仮面を手に取る。
「宿しなさい!和合する五蘊『インカルナチオ』!」
デスリングは携えていた白狼の仮面に霊力を宿すと、仮面が青白く燃え盛って大きくなっていく。デスリングはそこに指輪を翳して呪文を唱える。
「出でよ!この手にありますは冥界の双頭犬!『オルトロス』!」
ウオオオ――ンッ!ガルルルル!
仮面が段々と生き物の形を成していき、2つ頭の巨狼の怪物たるオルトロスとなって顕現すると、唸り声を上げてエンドに牙を向いて襲い掛かっていく。
「砕け。ψ『クーロン』。」
ブンッ!メキメキゴキゴキパラパラッ・・・
エンドは鎖で三又の棍棒を創り出してオルトロスに振り下ろすと、それを受けたオルトロスは頭から粉々になって霧散していった。デスリングは思わず嘆息してしまう。
「『捨因果の指輪』によって仮面を魔獣に変質させてみましたが、あれほどの霊体にですらそちらの鎖は有効な武器なのですね。」
「デスリングよ。オマエ達のように裏の世界を受け皿としてアストラル体のみで維持された死神は、死霊の魂を回収するために現世との往来を繰り返させていなければその存在を維持することは難しい。」
エンドはそう言うと、持っていたクーロンの鎖を解いて自身に巻き付ける。
「アークに募った戦士のそれぞれが有する超常の宝たる神器こそ世界の遍く超自然的なエネルギーの根源であり、神代とよばれた頃より生み出されてきた事物はこれらには及ばない。そして何よりも、ワタシが所有する“世の進退を定める”『輪廻転生の鎖』はワタシにしか作用しないが、だからこそ世界はワタシに及ばない。」
そう言い放つエンドの姿にデスリングは神としての存在を疑わざるをえなかった。
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