第8章ー2 飽くなき貪欲
獣が二体いた。彼らは戦いの末、一体は勝ち、もう一体は負けて喰われてしまった。魔獣にとってそれは当たり前だった。そんな魔物でも時が経って理性がついていくと魔者として自らの種族によるコロニーを形成していき、社会性を持つようになった亜人種はまるで人間のように振る舞うようになり豊かになった。しかし、そんな発展と同時に露骨な格差や差別が表出して何度も激しい戦争も起こした。それは各々に種族としての限界を思い知らされ、人間と共に生活するような獣人が現れるなど様々な関係が生まれていった。そんな中で特異な才能により多様な獣人達のコロニーをまとめあげ、一大勢力を築き上げた獣人の王が現れた。この世の摂理を理解し誰よりも貪欲に力を欲してビースト達の頂点に至った王の名はレオニグラスという。
紫金紅葫蘆の神器を壊されて怒り心頭になっていたレオニグラスは吠え出す。
「おのれ!『勝抜の覇刃靫』よ、引き出せ!猿王の棍棒『如意金箍棒』!」
レオニグラスは矢筒の神器、勝抜の覇刃靫から伸縮自在の如意棒を取り出すと、それを縦横無尽に振り回してベルベットに迫っていく。
「伸びよ!斉天の演武『鬼殺猿王乱打』!」
「防げ!聖夜の盾『ワルプルギスバックラー』!」
レオニグラスは鬼を打ち倒すほどの如意棒による打撃をベルベットに向けて打ち込み、ベルベットは剣と盾を駆使して猛攻を捌いて立ち回る。打ち合うこと数度に及び、ベルベットは隙を見て如意棒の先を地面に突き刺して踏みつけ剣を掲げて呪文を唱える。
「龍王の鑑よ!天より穿て!『俱利伽羅』!」
ベルベットが唱えると、バルムンクが空から雷雲を吸い込むようにして竜巻が起こる。それを見たレオニグラスは如意棒を放り投げて咆哮する。
「呑み込め!砂漠の魔獣!『サンドワーム』!」
すると、レオニグラスは地響きとともに地面からミミズのような巨大な魔獣を召喚する。円形の口をしたサンドワームがベルベットを飲み込もうと襲撃するが、
「纏え!『トルビヨンボンナリエール』!
ベルベットが風に乗って後ろに下がって難を逃れると、バルムンクの切っ先をレオニグラスに向けて螺旋状の雷が火柱を伴いながらレオニグラスに落ちていく。すると、サンドワームはレオニグラスを守るように口吻に入れ蜷局を巻いて雷撃を受ける。
ガラガラガラドドドンッ!
俱利伽羅による雷が落ちてサンドワームは苦しみながら倒れ、その後レオニグラスはサンドワームの腹を切り裂いてその肉を頬張りながら這い出てくる。
「危機一髪!古来より伝えられる神怪の神器である如意棒を自在に操るレオニグラスと武具による結界術を扱ってチャンスをものにしたベルベット!竜殺しに活躍した大技の倶利伽羅による攻撃に対し、モンスターの親玉であるレオニグラスはサンドワームを召喚!主を守ろうとするサンドワームの献身には涙を誘います!」
アークでモーヴィスが心にもないことをのたまっている。ベルベットはサンドワームの肉を貪るレオニグラスの様子に顔を顰めて非難する。
「レオニグラス!部下への情けとかは無いのか!」
レオニグラス全身をブルブルと震わせてはサンドワームの体液を振るい落としながら強面にして言い放つ。
「この世は弱肉強食!弱きものは軽んじられ地に伏すのみ!俺はこの“予め用意できるものを決めて取り出せる”『勝抜の覇刃靫』を扱うに相応しい実力と能力を有する史上最高の猛者なのだ!」
「傲慢なケダモノめ!武人としての矜持が感じられぬ。最早、情け無用!」
「弱者の戯言など聞く気にならん!召喚せよ!俺の腹心!迷宮の守護者『ミノタウロス』!俺の軍勢!『オークウォーリアーズ』!」
骸骨の鎧を外したレオニグラスは鎧に描かれていた魔法陣を展開して豚のような頭をしたオークの軍隊と牛の頭をした身の丈の大きい魔人のミノタウロスを召喚する。レオニグラス自身はそれらの後ろに下がって、
「そいつをやれ!ミノタウロス!オーク共!」
ブオオオオオオオ――――ッ!
大地を揺らす程の掛け声とともにオークの戦士達は鼻息を荒くしてベルベットに襲い掛かっていく。
「どけ!ブタ共!死にたいヤツだけ前に出ろ!龍王の鑑よ!天より宿れ!『俱利伽羅』!」
ベルベットがバルムンクに龍を思わせる雷を受けさせると、バルムンクに火柱が上がって辺りに電気が帯びていく。ベルベットは髪を静電気で逆立てながら技を繰り出していく。
「竜の如く殲滅せよ!『フードルシュバリエドラーグン』!」
「ブッヒ――――――ッ‼」
ベルベットはオーク達に向けて電撃を放出しながら火炎の剣で猛然と突進していき、オークの兵士は瞬く間に吹っ飛ばされていく。鬼神の如き制圧をするベルベットの前に、一際大きく吠え猛るミノタウロスがオーク達を蹴散らしながら混鉄棍を振り回してベルベットを強襲する。
「ブモオオオ―――――‼平天の怪力『破城大力崩』!」
ガイイ――――――ンッ!
「くっ!」
ミノタウロスはその怪力でベルベットの盾を吹っ飛ばして、そのままベルベットに畳み掛けようと振り被る。
「魔を掃え!『エトワールプリーズドオフェール』!」
が、ベルベットの光魔法の剣による神速の突きがミノタウロスの首の正面と左右を貫き、牛頭と胴体とに切り離す。首を断ち切られたミノタウロスの動きは鈍くなりゆっくりと倒れ伏していった。その勇姿にアークにいるモーヴィスは興奮している。
「孤軍奮闘!レオニグラスが身に着ける鎧に刻んでいた召喚の魔法陣から軍団をバトルフィールドに投入!火急の事態に陥ったベルベットは天より授かる魔法の倶利伽羅で今度は自身に懸けて鬼神の如くオークの兵卒を圧倒!強敵と知られるミノタウロスの怪物すらも討ち取る大金星をあげました!ところでこんな時にレオニグラスはどこにいるのでしょう?・・・ああ!いました!サンドワームの影に隠れて何やら怪しい動きをしています!」
ベルベットが混戦の中にある間、レオニグラスは戦火を避けて神器の矢筒に願っている。
「『勝抜の覇刃靫』よ!俺に捧げろ!『永世久遠の剣』、『波濤盤の玻璃』、『月血の紅玉』、『星涙の青玉』、『宵骨の翠玉』、『日毛の黄玉』、『完全無欠の鎧』、『捨因果の指輪』、『虚滅主の帯』!」
レオニグラスが矢筒を振り上げると、4つの宝玉と5つの宝具が次々と出てくる。レオニグラスは武具を素早く着込んで宝玉を瓢箪に結んでいた紐で連ねて首飾りにし、サンドワームの死骸の上空に飛翔して奮闘しているベルベットの前に姿を現す。
「なんだと⁉」
極明境の盾を拾い上げてほとんどのオーク達を平らげたベルベットが空中にいるレオニグラスの装いを見て衝撃を受け、即座に身構え疑問を口にする。
「なんで所有者でもない貴様がこれまでの伝説の宝を手にしている?まさか!貴様の宝具は盗む能力なのか⁉」
「いやはや不思議なものでな。俺の所有物なら紛れもなくこの力を発揮するが、名と形に加えて能力さえ知れば造形を真似てこの勝抜の覇刃靫から現れて俺が使用することができるのだ!所謂、レプリカというのだろうか?」
レオニグラスの発言にアーク内では動揺を隠せないでいるモーヴィスは、
「驚天動地!高名な武器の中には所有者との契約により所有者の守護や力の真価を発揮する上で所有者と認識しなければ発動しなかったり、時に呪われたりもします!レオニグラスの宝はその過程を省いて神器を扱えるようです!」
と、異例の事態を早口で捲し立てている。戦場にいるベルベットは呆然とレオニグラスを見上げて悪態をついてしまう。
「だからといって知り得た宝を全て出してくるとは、その強欲さには呆れてくる。」
「なんとでも言うがいい。これで終わりだ!ベルベット!『月血の紅玉』・『星涙の青玉』・『宵骨の翠玉』・『日毛の黄玉』よ!俺に力を与えん!炎と嵐と雷と雹と涅と空と陰と陽の化身を俺に顕現せしめよ!」
四つの宝玉の輝きはレオニグラスを包み、レオニグラスの体は異様なほど大きく膨れ上がって十一の首が現れて体毛が異常に伸び、背中の羽は十七対に増え、腕や眼が千にまで及んだ瞬間、
パ――――――――ンッ‼
「ぐぅああああああああ‼」
レオニグラスは破裂した。身に纏った宝具は弾け飛んであちこちに大量の肉片が飛び散り、中心に残ったものは牝山羊の獣人の姿のみになっている。
「アレ?ウソ⁉俺、戻っている!なんで・・・どうして?」
今度はレオニグラスが動揺しながら慌てて辺りの肉をかき集めて裸体を隠している間、ベルベットが哀れな獣人に近付いていく。
「アタシの宝具は“向けたモノの本性を暴いて返す”『極明境の盾』。戦闘で盾に当てられたものは知らぬ内に能力の影響を受けてまるで退化するように本性を露わにしていく。貴様の元がそれならあれだけの相反する力の奔流に耐えられるはずもない。」
「そんな!これまでの力が・・・こんな、一瞬で!」
「貴様はやり方を間違えたのだ。それだけの実力があったのに、このような死闘の場でなければチャンスはあっただろうがな。」
ベルベットはそう言うと、バルムンクを泣きじゃくるレオニグラスに向けて構える。
「待って!止めて・・・。本来はか弱いマイナーの獣人なの!謝るから許して‼」
「喰ってきたモノ達にでも謝罪しにいけ。眠れ!『アデューアロンジェブラ』!」
ザンッ!・・・ゴトッ。
レオニグラスの首が飛び、そのままベルベットはクレイドルに戻される。
「6回戦、勝者は『姫騎士』ベルベット!おめでとうございます!こちらの『勝抜の覇刃靫』もとい『探勝の賞罰靫』を戦利品としてお受け取りください。もちろん、エリクサーも用意しております。」
「なんだと⁉あの者は宝具ですら偽っていたのか。どこまでも虚飾に塗れた性よ。」
そう言いながら体中が軋むほどの痛みと疲労の中、ベルベットはエリクサーを前に逡巡してしまう。
「・・・人類のためだ。アタシが騎士の本懐を手放すわけにはいかない。すまぬ!メロリス!」
ベルベットは親友のメロリスを思いながら目を瞑ってエリクサーを飲み干す。
「さあ!制裁の時間だ!敗者は獣人族のレオニグラス!その一族郎党は滅んでもらいましょう!」
スクリーンには獣人や魔獣が嘘を吐いた数だけ舌を噛み切り、全身に人面瘡が浮き出てくると掻きむしって血塗れにしながら苦しみ続け、明朝まで命があるモノはいなかった。
多くの命が露と消え、人類はおろか世界を巻き込んだ滅亡の第1ラウンドが終わりを迎え、その勝者たちは続く地獄のような第2ラウンドに否応なく臨んでいくのである。
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