第8章ー1 辺境の荒野
「第6回戦!栄光から喪失へ数奇な運命を辿る人の性を負った女騎士!今は亡き国の英雄にして天下無双の元女傑!人族、『姫騎士』ベルベット!」
呼ばれたベルベットは真紅の鎧のアイギスを着込み、尖った突起の付いた煌めく白い丸盾と、金縄の鞘に黄金の柄がある剣のバルムンクを握りしめて今か今かと勇んでいる。
「対するは、数多の猛者共が集う怪力乱神の百獣の王!誇り高き偉大なる咆哮は大地を震わせ天すら戦く猛獣の君主!獣人族、『獣君主』レオニグラス!」
立派な鬣を蓄えたライオンの面立ちに2本の角が生え、骸骨でできた紋様のある鎧を着て腰には瓢箪と瑠璃色の矢筒を備え、鷲の翼と蛇の尾を持つ逞しい大柄な獣が咆哮する。
「ルーレットが示す戦場は・・・辺境の荒野!御二方にご武運を!レディファイト!」
広大な荒野にサボテンが乱立して、小さなオアシスのすぐそばにある何もない岩場に女騎士と野獣が着地する。即座にベルベットはアンガルドに構え、ベルベットの倍はある体躯のレオニグラスは爪を立てて拳法家のような構えを取っている。お互いに睨み合うが、しばらくしてベルベットが徐に口を開く。
「『獣君主』レオニグラス、お初にお目にかかります。アタシはベルベット・ラブキッスという者、不本意ではあるが貴殿の首を頂戴させていただく。」
ベルベットがレオニグラスに挨拶をすると、レオニグラスは構えを解かずに声を上げる。
「これはこれは!行儀のいいお嬢さんだ。『姫騎士』ベルベットよ、俺は魔獣どもの長なるレオニグラスなり。女性を手にかけることは戦士として心が痛むことよ。」
獲物を狙うような視線を向けながら心にもないことを言うレオニグラスに、ベルベットは辟易しながら睨みつける。
「まったく・・・。どいつもこいつも性だの元だの好き勝手言ってくれる。貴殿は獣人と言ったが、それにしては珍妙な出で立ちをしている。」
「ガッハハハ!俺はちと特殊でな!戦いで打ち負かしたモノ共を食い殺す内にそれぞれの力を得て体質変化していき、このような姿になっていったわけよ。」
「なるほど、〈キメラ〉とかいうヤツか。」
キメラは一つの個体に異なる種の特徴が現れた合成獣のことである。キメラとしての発現条件は個体によって様々だが、ビースト達の王国であるケルベロスグーラ国の盟主たるレオニグラスは対象を食して取り込むことによりその力を扱うことが出来るのだ。
「アタシは見ての通り騎士でドラゴンスレイヤー、退魔レベルは九十九だ。ギルドではそれ以上は測ることができないが、腕に覚えがあるつもりだ。」
ベルベットが宣言をすると、レオニグラスは全身の毛を逆立てながら小馬鹿にして言う。
「それに何の意味がある?俺を含めてあそこに集められた戦士は退魔レベルなど百をとうに超えておるわ!さあ、俺の王獣拳の餌食になるがよい!暴走する荒爪『烈豪断掌』!」
ズドンッ!
刹那、レオニグラスは猛然とベルベットに襲い掛かった。レオニグラスは俊足の足捌きと目にも留まらぬ拳と爪を振り下ろしていきベルベットを獅子奮迅の勢いで強襲していく。ベルベットは瞬時に盾を前に構えて凶刃を防ぐが、その衝撃で数十歩後方に引き摺られてしまった。窮地に追い込まれたベルベットはすかさず、
「いざ!騎士の礼『アレス』!」
ベルベットは自身に武装強化の呪文をかけて極明境の盾で守りながら、相当な重量がある竜殺しの剣バルムンクを片手で振るってレオニグラスの王獣拳をいなす。
「切り裂け!『セルポリポスト』!」
ベルベットは蛇のようにしなやかで縦横無尽の剣による閃きが繰り出されるが、レオニグラスはリザードマン〈蜥蜴の獣人〉の硬い尻尾を身代わりにしながら、剣筋の隙間を滑るような動きで避けていく。
「疾風迅雷!気功によってマナを練り上げる術を使うレオニグラスが放つ猛獣の気迫と怪力は砦ですら微塵に切り刻まれてもおかしくありません!そんな攻撃をベルベットは武器に刻んだ紋章に属するエレメントの精霊に力を借り、百戦錬磨の戦いで培われた勘で剣と盾を駆使して立ち回っています!女だからと侮ってはいけません!」
アークにてモーヴィスが実況する中、レオニグラスは跳躍するとマナを取り込んで全身の気を高め、ベルベットに向けて獰猛な獣の牙を彷彿とさせる拳を揮う。
「喰らえ!王獣拳秘奥義『猛王窮奇殺破』!」
ヴァルウゴルルルオオオ――――――――ッ!
レオニグラスは両手に猛獣のオーラを纏ってその拳を何度も突き出していくと、それらの衝撃波が魔獣の虎の如く変化して次々とベルベットに雪崩れ込むように襲っていく。
「防げ!聖夜の盾『ワルプルギスバックラー』!」
即座にベルベットは盾と鎧で結界を張って強固に守り全身に群がるオーラの牙に食い破られそうになりながらも、剣に紫電を走らせて備えると声高に叫んだ。
「撃ち克て!『フードルフレッシュ』!」
シュタタタタタタタタタタン!
稲妻が走る高速の剣撃によって猛獣のオーラは弾け飛び、そのままの勢いでレオニグラスに突撃する。ベルベットの姿を捉えたレオニグラスは瑠璃色の矢筒に手を入れる。
「裂き散らせ!怒情の双剣『モラルタ』と『ベガルタ』!」
レオニグラスは矢筒から双剣を抜き出して殺陣を繰り出していく。素早い動きで翻弄しながら二振りの剣で巧みに斬り込むレオニグラスと盾を操ってベルベットとの互いの攻防が火花を散らして互いに鎬を削る。
「人間のくせにやりおるわ!齧り砕いてくれる!猛威の暴食『グラトニーファング』!」
レオニグラスは荒々しい剣の激しい打ち合いの中で牙を剝き出しにしてベルベットの頭を食い潰そうとする。
「くっ!纏え!『トルビヨンボンナリエール』!」
だが、ベルベットは鎧に風魔法を発動させて身を守りながらレオニグラスの顎を盾で振り払って、後ろへ数歩距離を取って逃げだす。それを見て、不敵に笑ったレオニグラスは腰から神器の瓢箪を取り出してベルベットに問いかける。
「おい!ベルベット!」
「・・・・・。」
ザンッ!
しかし、差し迫った危険を直感で感じ取ったのかベルベットは返事をせずに剣を振り下ろして瓢箪を割ってしまう。レオニグラスは驚きの表情を浮かべ慌てて後ろへ跳んだ。
「・・・すまぬ。何だ?」
名前を呼ばれたことに気が付いたベルベットが遅れて返事をするが、壊れた瓢箪を手放したレオニグラスは翼を広げて空中へと飛んでいきベルベットに訊ねる。
「何故、返事をすれば俺の『紫金紅葫蘆』に吸い込まれることが分かったのだ⁉」
「そうだったのか?しばらくその名前で呼ばれてこなかったから返事することを忘れてしまっていた。うっかりしていたよ。ハハハハハ!」
ベルベットは自国が侵略されてしばらくの間ベルベトラとして過ごしていたためか不意に呼びかけられてもすぐに対応出来なかったのだ。
「凄まじい応酬!ベルベットは電気や風などのエレメントによる魔法で戦闘に繰り出してドラゴンスレイヤーという称号に違わぬ武勇を見せています!片やレオニグラスは野生の勘と卓越した身のこなしのみならず狡猾な戦術で上り詰めた獣王!名前を呼ばれて返事をすると吸引する瓢箪の神器、紫金紅葫蘆でおそらく多くの高名なモンスターの戦士を吸い込んで喰らってきたのでしょう!ですがもうその手段は使えません!残念無念また来週!」
モーヴィスがアークでおどけた解説をしている。謀略が打ち砕かれたレオニグラスはだんだんと憤怒を顔に映していく。
「・・・おのれ!」
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