第6章ー2 美徳の葬送
人間が世界を認識する前から大自然の中に妖精が潜んでいた。それらは姿形に定まったものが無く、現れては消えてを繰り返してそこら中を忙しなくウロチョロしている。そんな不安定な状態で大丈夫かだって?ご心配なく。妖精というのは悪戯好きで人間を困らせるのを面白がっているから目に見えない所で笑っていることだろう。しかし、生を手放してしまった霊魂や幽霊というのは侮れない。それらは物凄い執着や恨みに耐えかねて人に害をなすかもしれないからだ。だけど大丈夫。そうなる前に世界中にたくさんいる死神が魂を冥界に連れて行くのさ。だから生きている者は命を粗末にしてはいけないよ。そうでなければ、いつの間にか死神が近くであなたを見張っているかもしれないのだから。
ネスピリタスは台座の花を閉じて叫ぶ。
「不調なれ!痺れる花粉『ポーレンパラライズ』!」
その蕾の先から相手を麻痺状態にさせる花粉をデスリングに向けて噴射する。デスリングはすぐに狼の仮面を被って呪文を唱える。
「吹き返しなさい。幽玄なる凩『オミナスワールウィンド』!」
デスリングは鎌を大きく一振りすると、身の毛がよだつような旋風が吹き荒れて振り撒かれた妖精の花粉を霧散させていく。アークではモーヴィスが待っていましたと言わんばかりに実況を始めていく。
「さあ!ようやくバトルスタートです!ネスピリタスは幻術や木属性の花魔法を操り、デスリングは結界術や死霊魔法を使って対抗していく!賢さは強さとなりうるでしょうか⁉」
死神の風にそのまま吹き飛ばされたネスピリタスは花弁の間からひょっこりと顔を出すと、姿変わりの『捨因果の指輪』に手を置いて呪文を唱える。
「咲き誇れ!我は花々の栄光!栄華の『フローラ』!」
すると、ネスピリタスは人型大の美しい女性の姿に変貌して周囲には様々な花々が溢れて開花していき深山幽谷を華々しく彩っていく。しかし、その香りは幻覚の作用をもたらし木々に住む生き物は立ち所に狂い始めてデスリングに襲い掛かっていく。デスリングは左目に埋め込んだ『宵骨の翠玉』に骸骨の手を置いて、呪文を唱える。
「『宵骨の翠玉』よ!私に力を与えてください!涅と空の化身を私に顕現しなさい!」
『宵骨の翠玉』の輝きはデスリングを包み、デスリングの体は大きく伸長すると、頭の髑髏は三つに分かれて角が五本に生え、顎下から太い牙が生え揃い、脊椎から十二対の翼のような骨が生えて体中から緑の液体が滴り、その周りは酸化する毒気が渦巻いている。
「死を忘れてはいけません。想死の詩『メメントモリ』!」
呪文を唱えたデスリングの口から毒霧が周囲に散布されると、デスリングに近付いた生物は毒気に充てられて悶え苦しんで絶命に至っていく。ネスピリタスはその様子に眉を顰めて再び変身を試みる。
「眠るがいい!我は夢幻の礎に坐すもの!夜公の『リリス』!」
ネスピリタスの次なる変貌は体躯の大きい淑女で大きなフクロウの羽が生えている吸血鬼だ。その目が落ち窪んだように見えた瞬間、周りの空気が歪みだし世界が反転するように景色が変わって悪夢の様相を見せていく。
「驚異の千変万化!“本質との認識を捻じ曲げる”捨因果の指輪は所有者のマナを変質させて変幻自在の姿に変わることができ更に変化した者の能力も扱えることが可能なのです!片やデスリングは宵骨の翠玉を発動!天と土の属性を併せた究極の力をその身に宿しました!」
変転するバトルフィールドにアークにてモーヴィスがあんぐりと口を開けて見つめていた。ネスピリタスはバサバサと羽を羽搏かせて強風を起こしてデスリングの動きを封じていく。
「ホホホホッ!デスリング!永遠の眠りにつくがよい。」
五感が狂って上下左右の区別がつかずに体が伸び縮みしていく不安を感覚に訴えてくる空間の中で、デスリングはデスサイズを前方に放り投げて回転させると両手を合わせて呪文を唱える。
「此岸の夢、彼岸の幻、全ては空虚なのです。顕在する虚構『色即是空』!」
デスリングの言霊によって悪夢の様相が薄れていき、デスサイズの回転が止まる間に世界の色は戻っていく。ネスピリタスはデスリングが悪夢を晴らしたことで術が解かれると、落ち窪んでいた目を見開いてすぐさま指輪に手を置いて叫ぶ。
「固まってしまえ!我の瞳は全てを石にする!邪視の『メドゥーサ』!」
すると、今度はネスピリタスの頭に無数の蛇が蠢きだし虹色の羽が生えたケンタウロスのような恐ろしくも美しい魔者に変貌して、その瞳に映ったものは見る見る石化していく。
「これはいけませんね。忍ぶ面よ、私を隠しなさい。隠れ兜『アイドス・キュネエ』!」
デスリングは即座に俯きながら狼の仮面を目深に被って命じると、その姿が見えなくなりネスピリタスから逃げ隠れる。デスリングを追うネスピリタスは口元に手を置き、
「我に来たれ!女王の名の下に!金色の聖剣『クリセイオー』!」
召喚呪文を唱えながら投げキッスのように指を突き出すと空中から黄金の剣が出現し、それを掴んで振り回しながらデスリングに挑みかかっていく。デスリングはすっかり枯れてしまった森の中を縦横無尽に駆けずり回り、ネスピリタスが変身したメドゥーサの視線と剣撃を器用にすり抜けて避けながら、大鎌を掴み上げて横薙ぎに三度振って言葉を紡ぐ。
「この身はその身の如し。万物は無に帰す。連関する一切の生『諸法無我』!」
デスリングは大鎌に肉体とアストラル体とを切り裂く言霊を付与すると、振り向きざまにデスサイズでネスピリタスの胴体を切り裂いた。切り裂かれたネスピリタスはメドゥーサの変身が解けて妖精の姿に戻り地面の上をコロコロと転がっていく。やがて、ネスピリタスの回転が止まって仰向けに倒れ込むと、デスリングは兜を外して姿を現した。
「ア~ア・・・。死神様っていうのは強いのね~。」
「恐れ入ります。そちらもニンフやエルフの方々によろしく伝達できましたか?」
「なんだー!やっぱり気付いていたのか?時間稼ぎをしていること。」
ネスピリタスは沈黙と口上の最中、ユグドラシルの幹から妖精族に向かって滅亡が近いことや己が種族の全てが自然に帰るべきであることを事前に伝え、残り少ない時間を大切に使うようにさせていたのだ。
「なんとなんと‼ネスピリタスは仲間の妖精達に情報と時間を与えるためにわざと戦いを先延ばしにしていたというのです!身を隠す神器を披露したデスリングもそのことに気付いていた!お二方は戦いそのものより運命への抗いを企てた英明の戦士といえます!」
アークのモーヴィスはすっかり舌を巻いて渋い顔をしながら戦場にいる二柱を絶賛した。ネスピリタスの動向を見抜いていたデスリングにネスピリタスは肩を竦めながら抗議する。
「もう少し手加減してくれてもいいのに。」
「申し訳ありませんが、死は待ってはくれませんので悪しからず。」
「まあ、いいわ。我々の力も大分弱まってしまったから最後に妖精の底力を受け止めよ!死霊長様!我はタルタロスの番人!巨影大王の『ウルトリキューロス』!」
ネスピリタスは捨因果の指輪を両手に掲げると巨大な体躯のウルトリキューロスに変貌をとげ、手にしている巨大な白い戦斧をデスリングに目掛けて振り下ろしまくっていく。
「食らえ!大地を砕く白旋風『ベヒモスラブリュスチュー』!」
木々を薙ぎ倒していく圧倒的物量の塊を脳天に叩きこまれそうになったデスリングはすぐさま兜を被って身を隠して湖畔の中に潜る。
「私の元に来なさい!冥府の二叉槍『バイデント』!」
デスリングが神器の二又の槍を召喚すると、デスサイズとバイデントを重ねて構え、ネスピリタスの大斧を絡めとるスキを狙う。そして、
ズッシ―――――ンッ‼
「ここです!黄泉の底無し沼『ネザーボトムレススワンプ』!」
ネスピリタスが湖畔の祠を倒壊させると、デスリングは素早く湖畔に沈み込んだ大斧を封印してネスピリタスの体を這いずり回りながら青い灯を燃え広げていく。
「いやっ!なんなのぉ?キモチワルイ‼」
「死霊の灯火よ。迎えなさい。閻魔の炎『業火滅却』!」
嫌がるウルトリキューロス姿のネスピリタスがデスリングを振り払おうとしてデスリングの剥き出しの骨がミシミシと軋むが、骨の翼をネスピリタスの体に絡めながら滅びの言葉で巨人は炎とともにアストラル体が霧散していき、ネスピリタスは変身が解けて妖精に戻っていってしまう。業火に包まれたネスピリタスはそのまま光の粒子となっていき、
「やれやれ、そろそろ自然に返るとするよ。」
負けず嫌いなネスピリタスの小さな輪郭が徐々に見えなくなっていくが、最後に笑いながらデスリングに振り返る。
「・・・ねえ、死神様。死すら封じ込める未来ってどれほど悍ましいのかしらね?」
ネスピリタスは消える寸前に捨て台詞をデスリングにぼやいていった。後に残された捨因果の指輪と台座の薔薇だけが残り、デスリングは死を纏った手でその花を拾い上げる。
「これで、そちらの死は確定しました。『妖精女王』ネスピリタス、どうか安らかに。」
デスリングが花を手に収めると、主のいない花は見る見るうちに枯れていった。
薔薇全体の鮮やかだった色が失われると、デスリングはクレイドルに戻される。
「4回戦、勝者は『死霊長』デスリング!おめでとうございます!手に入れた『捨因果の指輪』を戦利品としてお受け取りください。もちろん、ネクタルも用意しております。」
「先程からネクタルと呼ばれているこの飲み物はそのような代物ではないのでしょう?推測しますに、人工的な万能薬である〈エリクサー〉の方が近いような気がしますが?」
デスリングはモーヴィスに対して、金色のゴブレットを指差しネクタルと言われた飲み物への疑問を口にする。
「そうですね~。他のクレイドルにいる方々も疑問に思っているでしょうし、どうせこの後には魔性の高い植物が枯れる程度の粛清しかできそうにないので少しばかりネタ晴らしをしましょう!こちらで用意した回復薬はネクタルではありません!クレイドルでは心身ともに健康な状態を記憶して、そこから転移して戻ってきた際に転移する前の状態に戻すための媒介としてこちらで作っておいたエリクサーを用意させていただいておりますが、それと同時に所有者の種族情報をお宝に認識させています。そうして元の所有者が死んで新たに所有者の書き換えが行われた際に元の所有者の情報が消え、それに合わせて元の情報が含まれている種族にはマナの暴走が起こり生命のバランスが崩れてしまうのです!体力の回復は勝者へのせめてものご褒美と受け取ってもらって構いません!ささっ!グイッといっちゃってください!」
デスリングは仮面の下からモーヴィスを睨みつけるようにしてゴブレットを仰ぐ。
「さあ!敗者は妖精族のネスピリタス!その一族郎党は消滅しましたが、後に控える猛者は4人!盛り上がっていきましょう!ルーレット、スタート!」
スクリーンには、天を求める骸骨の手のような枯れ木の映像が流れ終えていて次なる戦場を求めて様々な景色が移り変わっていく様子が映し出されていった。
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