第6章ー1 賢聖の杜

「第4回戦!大自然を友とし、エネルギーの源へ導く小さき先導者!遍く知性と生命力に溢れる油断禁物の愛らしき女王!妖精族、『妖精女王』ネスピリタス!」

 薔薇のような大輪の花の中心でウトウトしていた〈妖精〉は掌サイズの体躯で小さな黄金の王冠を被った銀色に輝く長い髪の中に七色に光る翅を羽ばたかせ、透き通るような肌をした小さな女王が両腕を伸ばしながら目を覚ます。

「対するは、現世にあれば誰もが恐怖する冥界からの死神!彷徨える霊がその者に続き幽世に誘う厳格で絶対なる死の司令長官!神族、『死霊長』デスリング!」

 〈死神〉の装いらしく破りかけの黒いローブに大鎌を携えて、それには足がなく白狼の仮面を被り、面影には大きな一本の角が生え、黒と緑の不穏な眼差しがモーヴィスに向けられている。

「ルーレットが示す戦場は・・・賢聖の杜!御二方にご武運を!レディファイト!」


 雄大な峡谷を望む緑豊かな深い森に小さな祠が中心にある仄かに酒の匂いが漂う湖畔に、森閑に紛れて佇む二柱が向き合っている。お互いにしばらくの静寂を保ったまま動かずに向き合っているのを見ていたモーヴィスはアーク内で焦り始める。

「おや?どうしたのでしょうか?二人ともちっとも動きません。このままではお互いにペナルティーを負うことになってしまいます!さあ、ファイトファイト!」

 モーヴィスが届くはずのない催促をしているが妖精と死神は一向に動く気配のない様子だった。それから小一時間ほど経った後、ネスピリタスは台座の花であるフェニックスローズの上で欠伸をしながらデスリングに申し立てる。

「さて、デスリングとやら。死神様に言うことではないが妖精に死の概念はない。死は生物が自我を求めた結果よ。」

 講釈を垂れるネスピリタスに対して、大鎌を手にしているデスリングは黙って妖精の戯言を静かに聞いている。反論をしないデスリングを見てネスピリタスは更に続ける。

「自然の輪廻を受け入れている我々妖精からしてみれば、人などがそれぞれを個であると認めたことで輪廻の死を区切りとしたことにより、魂は輪廻の生を受け入れられなくなってしまった。そのため人々が魂の器である肉体とアストラル体とを現世にて繋ぎとめるために叡智をもってそれらを強固にしていく必要に迫られ、死の拒絶に躍起になっておる。『死霊長』デスリング、そなたの大鎌は我々には効かぬ。生命の根幹たるユグドラシルの幹から支えられた枝葉である我等には、仮初の肉体とアストラル体との分離など然程意味がない。つまり、この戦いは初めから無意味なのだ。」

 輪廻とは生と死の繰り返しによるサイクルのことで、生まれ変わりによる再生において現在の行いで決まるものとされている。また、アストラル体とは感覚や精神活動における感情を司る部分であり、マナを操る魔術や神通力などの力の源とも言うべき身体の本質である。そして、妖精とは人間と神の中間に位置づけられる超自然的な存在であり、気まぐれな精霊からエルフやニンフ、ピクシー、小人など様々な様相を呈する。ネスピリタスはそんな妖精達の神髄とする生命の樹であるユグドラシルの根幹にアクセスして数多の知識を内包して作用させる統括者なのだ。ネスピリタスが説明を終えると、モーヴィスが腕を組んで首を傾げる。

「これは・・・哲学でしょうか?妖精達は生命の源であるユグドラシルの一部であり、その魂はユグドラシルにて循環して肉体は現世に留める間の依代でしかないため、肉体の喪失をしてもアストラル体はユグドラシルがある限り不滅であるということなのでしょう!」

 モーヴィスがアークで解釈を口にしていく。そんな中デスリングが徐に狼の仮面を外すと、右目は深い黒孔だが左目には緑の宝石が埋め込まれ、額には赤い目玉がギョロリと覗いた骸骨の恐ろしい顔をネスピリタスに向けて丁寧に答える。

「・・・『妖精女王』ネスピリタスよ。そもそも、私のデッドリストにはそちらの名前はありません。そうでなくとも、これまでの戦いのせいで膨大な魂が冥府で行き詰って混沌とした有様で現世ではエーテル体のバランスが崩れています。こちらとしましても尋常ならざるアストラル体の回収や整理をしなければなりません。魔力などのエネルギーが幽世に吹き溜まりの如く膨れ上がり生命への還元も今や難しいところです。私が思うにこの戦いに意味があるとすれば、これは時空を超えたエネルギーの清算にあります。」

「それは、・・・どういうことなの?死神は魂だけを回収するはずだ。それにアストラル体の依代には肉体が必要なのに、その肉体が現世に存在しきれていないことで魂の行き場が無くなるなど本来有り得ない。」

 死神とは文字通りに生命の死を司る神、或いは超自然的な存在であり、死者の魂を集めて世界中の魂を冥府にて管理・調整する役割を担っている。デスリングは死霊長として、死神達の動員と輪廻を巡らせるカルマの流れを監視する大役を任されている。デスリングの発言にモーヴィスはアーク中をあたふたと動き回っている。

「おっと⁉これはひょっとしてよくない流れでしょうか?・・・エーテル体は万象に満ちているマナの素となります。死神は現世とは裏の世界にある輪廻を廻らせるために魂を生と死の循環に利用しなければなりません。で・す・が、アストラル体は現世に作用するもので死神が回収する必要がないものなのです!」

 その死神の役割を理解していたネスピリタスはデスリングの発言に違和感と疑問が生じて考え込んでいる。

「本来の死への誘いが破綻している状況が、時空への関与を・・・まさか!いや、だとしてもそれなら何故今なのだ?」

 周囲の木々が騒めき、何かに気付いたネスピリタスの理解したような反応にデスリングは頷きながら説明をする。

「そちらも既に気付いているようですが、現世にてアストラル体の余剰によるエントロピーの増大が認められることは生命が肉体を伴っている以上はありえません。それにも関わらず、このような事態が起こってしまっているということは肉体が余剰なアストラル体を受け入れられない状況に見舞われていることになります。それは過去より今までに何処かから、例として異なる階層の世界や未来からアストラル体がもたらされていたことになりますが、異世界からの侵攻者の死による魂などはそれぞれ元の世界を起点にした輪廻に戻ることになっています。」

「つまり、今日まで当たり前に存在していた我々・・・いや、これまでの戦いで敗れたモノ達が本来の未来では存在しないものとして存在し、未来からもたらされたアストラル体によって過去では形成せざるを得なかった魂が今や輪廻に戻るべきものではなくなったということか?」

 ネスピリタスが言うことにはこれまでと現在には本来あるはずがない余剰のアストラル体が遠い過去に未来から時空を越えて持ちこまれ、その反動が今起こっているというのだ。アーク内でしどろもどろになっていたモーヴィスは打って変わって、

「なるほど?・・・生命の魂は肉体とアストラル体に内包されていますが、その生命として成立するバランスというのは本来の肉体とアストラル体との比率が決まっているのです!今までアストラル体の比率が高くても成立していたバランスがこの戦いでの敗者の種族になった途端に崩れて滅亡していくとのこと!そして、魂だけの回収が役割である死神が輪廻から魂の循環ができない状況をデスリングは気付いてエーテル体のバランスを保つため死神達に巷に溢れたアストラル体を回収するようにしているというのです!これほど素晴らしい考察と予見には脱帽です‼」

 と、饒舌に解説していき二人の賢明さを称賛しているが、点在するクレイドル内の戦士達には動揺が見て取れた。戦いの場ではネスピリタスの発言に対してデスリングが相槌を打っている。

「恐らくは。時空の流れは現世で生じた様々なカルマによって輪廻の車輪を動かすことによる大いなる脈動で過去から未来へと紡がれていきます。現世から幽世、過去から未来には連続性と不連続性が交互に作用して一瞬の断絶と連動する脈動によって時空が成り立っており、輪廻の連鎖に干渉することは古来より私ども死神でもアンタッチャブルな領域です。ですが、そちらが言っているように命ある生物が時を重ねて紡いだ叡智を獲得し、時空の普遍性を増大するエントロピーからあらゆるカルマに作用させ、輪廻の連鎖に干渉できるようになったとすればこれは未来からの差し金とも言えます。憶測にはなりますが、このタイミングでエネルギーの清算を行うことはこの戦いの主催者にとって今である必要があったからだと考えています。」

 デスリングが憶測の話をすると、ネスピリタスは事の大きさに呆れながら自嘲気味に言葉を放つ。

「・・・我等の考えている以上にとんでもない事態に巻き込まれているようだな。そうだとすると、この戦いの主催者様は未来から態々時空に作用する媒体を獲得するために我々の存在を消す決闘を催しているわけだ。大方この時代で説明がつかないお宝もモノポール〈永久機関〉のような役割を果たすので主催者様は狙っていたが、強者揃いの所持者様を相手に現状での奪取は難しいと想定して我々をクレイドルの中に幽閉して漸次的に回収しに来たといったところだろう。」

 ネスピリタスは頭の下で王冠にしている指輪を撫でながら途方に暮れる。

「我等が戦うことは避けられぬ運命として捉えた上で、死霊長様はどのように我等を死なせるおつもりで?」

 ネスピリタスは微笑みながらデスリングに尋ねると、デスリングは大鎌を自身の眼前に持ち上げる。

「死は既に運命で決められています。その時が来るまで私はこの『デスサイズ』を振るい続けることになりますが、できればそちらには自決を願いたいのです。」

 デスリングの懇願にネスピリタスは呆気に取られている。

「我等に自ら死ねと申すか?」

「正確には肉体を捨て自然に返っていただきたいのです。そちらの妖精族のアストラル体は本来、自然の中に存在していたものであるので幽世まで回収する事態にならずに済む上に魂だけはユグドラシルに帰ることが可能だからです。」

 デスリングの冗談なのか本気なのか分からない発言にネスピリタスはしばし沈黙するも、やがて、

「・・・プップップッ!我等には死の概念がないのだから自決もあり得ないだろうに。そなたはしょうもないところが抜けているようだな。だが、どうせ滅びるこの身なら一度くらいは死というものに抗ってみよう!」

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