第5章ー2 深淵の音色
古来より神に抗う存在、或いは様々な時代の有力な脅威となった存在が魔王となった。かつて神々ですら凌駕する程の強大な生物が魔王と呼ばれ地上の神々と死闘を重ねてきたが、棲み処を追われたモノは大いなる海に身を潜めることになり多種多様な生き物が出現していった。とある時代に海神と海龍が海の覇権をめぐって争い、凄まじい嵐と高波を起こして地上を暫く海に沈め多くの命を奪っていったが、彼らの決着がつかないまま互いにいなくなった。海のモノどもは嘆き悲しんで毎日毎日さざめき泣いた。海神に属したモノが泣き止めば海龍に属したモノが泣き出して、それが泣き止めば再びもう一方が泣き出していた。それを見かねた海龍の娘が美しい歌声で皆の心を鎮めて海は落ち着いた。海に棲むモノどもは深海の奥深くに海神と海龍を祀る霊廟を建てて海龍の娘を新たな王として祀り上げた。
不気味に笑うゼクスタザトスと目が合ったハーフタマティーニは言いようのない悪寒が走っていく。
「ヒッ!妾を覆い尽くせ!潮霧の海鳴り『シャウトスパウト』!」
ピヒャアアアア――――――――――――――――ッ!
ハーフタマティーニは大きく息を吸い込んで、口から吐き出した海水の白い噴霧によって辺り一帯は霧に包まれていく。波濤盤の玻璃の元へと滑り込んだハーフタマティーニは召喚魔法を唱える。
「妾に寄り添え!魅惑の竪琴『リラ・オブ・オルフェウス』!」
波濤盤の玻璃に魔法陣を浮かばせ、そこからなだらかな美しい隆線を描く竪琴が召喚されると、ハーフタマティーニは素早く鏡を取り付けて演奏の態勢を整えて岩礁に座る。
「奏でよ!耽溺の深海曲『アビスアルペジオ』!」
竪琴の弦を優雅に弾きながらハーフタマティーニの妖艶な歌声は島全体に響き渡っていく。アーク内にいるモーヴィスもその調べにうっとりとしている。
「素晴らしい・・・。この誰もが聞き惚れる幻想的な音色は月さえも虜にするようです。しかし!それは決して侮ってはいけない魔性の歌声でもあります!霧の中は水を操るハーフタマティーニのテリトリーであり、この歌に魅了された者は忘我のままに演奏者に誘き寄せられて食われるか、従僕として服従させられてしまうのです!さしものゼクスタザトスも骨抜きにされてしまうのでしょうか⁉」
バトルフィールドにいる生き物や波がハーフタマティーニの曲に魅入られて周りを取り巻いている時、ゼクスタザトスは兜を被り直してクラーケンの死骸の頭上でレッドスターによる炎に包まれながら涼しい顔をして魅惑の音色に聞き入っていた。
「ハーフタマティーニよ。二度も同じ手は食わん。すでに余が完全防御の装備になったからにはその素晴らしい歌声による音魔法の効力は無に等しい。」
ゼクスタザトスは既に完全無欠モードの鎧に包まれてハーフタマティーニの魔奏を心地よい名曲として楽しんでいる。ハーフタマティーニはいつまでたっても霧の中に誘われないゼクスタザトスの気配を感じてくると怒りを覚えていく。
「・・・おのれ!あのような鎧があるなど聞いておらぬ。ゼクスタザトスめ!この妾を半人前と虚仮にしおって!今に見ておれ!」
そうしてハーフタマティーニはゼクスタザトスに効果がないと分かると、今度は波濤盤の玻璃を海面に向けて魔法陣を展開し召喚術を唱える。
「深淵の者共よ、妾の元に召喚せよ!怪しき深淵行軍『トロールデプス』!」
玻璃に映った魔法陣が光り出すと、
ブクブクブクッザザザザァパ―――――ンッ!
波間から無数の半魚人であるマーフォークたちが深海にある竜宮城のマーメイデンヴィから次々と召喚されていき、三日月島から溢れるほどの数に及んでいく。
「進軍せよ!超える水平線の彼方『オーバー・ザ・ライン』!」
ハーフタマティーニは音や匂いに敏感なマーフォークの軍勢を魔奏によって操ると従僕となったマーフォークの軍団を霧で覆い隠しながら、ゼクスタザトスに向けて怒涛の如き進軍をさせる。水飛沫をあげて大量に出現していくマーフォークの軍勢にアークにいるモーヴィスは歓喜の声を上げて場を盛り上げていた。
「完全無欠の鎧でビクともしない反則級の強さを見せるゼクスタザトス!それに対して悍ましい姿!夥しい数!海では無類の強さを誇る鱗に覆われた水陸両用の怪物達の軍団が倒されたクラーケンに居座るゼクスタザトスに押し寄せていきます!さあどうする?ゼクスタザトス!」
クラーケンの周りを埋め尽くすほどのマーフォークの行軍に気付いたゼクスタザトスはクラーケンの頭上で立ち上がると、即座に魔法陣を浮かべて呪文を唱える。
「敵を巣の罠に招き、干し上げよ!闇に潜む大蜘蛛の罠『アラクネトラップ』!」
ゼクスタザトスは大蜘蛛の魔人であるアラクネを召喚し、アラクネは素早くクラーケンの周りから島全体を頑丈な魔法の糸による罠を張り巡らせていく。瞬く間に岩礁は蜘蛛の糸に覆われ、マーフォークの軍勢はアラクネの糸に縺れて動けなくなっていく。そして、機を見て炎を纏っていたゼクスタザトスはダーインスレイブを持ち替えると、自らの頭上に回転させながら放り投げる。
「弾けよ!反転する火花『フリップスパーク』!」
すると、ゼクスタザトスの炎が弱まっていくにしたがってダーインスレイブに燃え移った炎の勢いが増してクラーケンの周りにレッドスターの魔炎の火花が飛び散っていく。燃え広がっていく火花がマーフォーク達に次々と燃え移っていくとあっという間に火達磨になり、軍勢はパニックに陥って数刻もせずになし崩しに崩壊していった。目まぐるしく変わる戦況にモーヴィスはアークにて拍手を響かせていた。
「見事な手捌き!魔王に属する四大魔将の一角、アラクネによる糸魔法でマーフォークの大群は身動きが取れません!さらにゼクスタザトスの事物を反転させる魔法は使い方次第で戦況を覆す闇の高等呪文!周辺に撒き散らしたレッドスターの炎は火花一粒で全身を黒焦げにしてしまいます!恐るべし魔王!」
霧の中で多くのマーフォークが焼かれて燻された煙や死臭が岩礁に充満していくと、堪らなくなったハーフタマティーニは海に逃げ出そうとする。だが、彼女は運悪くアラクネの糸に下半身が絡まり藻掻いているところをゼクスタザトスに見られてしまう。ゼクスタザトスはすかさず滑空して呪文を唱える。
「幕引きとしよう。ハーフタマティーニを縛り上げろ!乄神の封縄『グレイプニル』!」
ハーフタマティーニはゼクスタザトスが投げ縄の如く投げた魔法でできた縄のグレイプニルによって捕縛され、ギリギリと音を立てて引き摺られながら首を締め上げられていく。苦しみ暴れるも逃げられないハーフタマティーニは失意のうちに声を絞り出す。
「わ、妾の全てをそなたにくれてやろう!だから、・・・命だけは・・・!」
「お主の麗しい美声が聴けなくなるのは残念だ。最後くらいは最上の調べを期待するぞ。魂の闇路『ブラックソールスラープ』!」
「イ、イヤァ・・・。イヤダアア――――――――ッ‼」
ゴキリッ!
ハーフタマティーニは絶望のまま断末魔の叫びを響き渡らせていくが、ゼクスタザトスに魂を吸い取られていき、そのまま縄で首を折られてしまう。
ハーフタマティーニは海に沈んでいき夜の海に静寂が残るとゼクスタザトスはクレイドルに戻される。
「3回戦、勝者は『魔王』ゼクスタザトス!おめでとうございます!手に入れた『波濤盤の玻璃』を戦利品としてお受け取りください。もちろん、ネクタルも用意しております。」
ゼクスタザトスは事も無げに金色のゴブレットを傾けてネクタルを飲み干した。
「さあ!制裁の時間だ!敗者は海精族のハーフタマティーニ!その一族郎党は滅んでもらいましょう!」
スクリーンには、海中の魔力に溢れた生物が酸に侵されるように溶けていく様子が映し出される。青く美しい海はしばらく赤く濁り続けることになった。
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