第5章ー1 三日月島の岩礁

「第3回戦!全ての魔の者に君臨する絶大なる魔界の王!人類を蹂躙し、神への反逆を恐れぬ魔道を極めた世界的脅威!魔族、『魔王』ゼクスタザトス!」

 魔王と呼ばれた大男は黒光りする鎧に身を包み、大きな黒い羽と鬼のような角があり、紋章のような刺青のある顔を上げて、禍々しい大剣を肩にかけて立ち上がる。

「対するは、嵐を呼び、波を起こす大海の覇者にして七つの海の支配者!広大な海中に棲むあらゆるモノ共を統括する女帝!海精族、『海皇』ハーフタマティーニ!」

 〈人魚〉のように泳ぐハーフタマティーニはトリアイナを持ち、竜のような下半身には逆巻くように鱗が並び髪は蛸足のように伸縮自在に伸びて、美しい顔を鏡の裏に隠している。

「ルーレットが示す戦場は・・・三日月島の岩礁!御二方にご武運を!レディファイト!」


 三日月が浮かぶ夜空には星々が瞬き、澄み切った水平線の中に三日月状の孤島が浮かぶ。その内側には薄く光る珊瑚礁の舞台が広がり、その上に『魔王』と『海皇』が顕現する。ゼクスタザトスは大男であるが、ハーフタマティーニはその人型をした上半身にゼクスタザトスの身の丈が及ぶかどうかという程の巨体である。海精族は〈ネーレーイス〉という海に棲む精霊であり、人魚やニュンペーなどの妖精や母なる海の恵みを与えることから時に海神として扱われる海におけるエキスパートである。ハーフタマティーニは海神の証たる三叉の矛のトリアイナを駆使して海の支配者に上り詰め海皇となった強者なのだ。

「妾が魔王の相手とはついていないことよ。お手柔らかに願いたいものじゃな。」

 そう言うハーフタマティーニにゼクスタザトスは兜を脱いで脇に抱えて応える。

「余とてレディに乱暴をしたくはないが、死闘ゆえ許されたし。ゆくぞ海皇!朔月の断裂『クレッセントセイバー』!」

 そう言うと、ゼクスタザトスが片手で振りかざした黒い大剣は円弧を描いて斬撃を飛ばしながらハーフタマティーニに襲い掛かるが、ハーフタマティーニは滑らかな動きで躱してトリアイナを操る。

「削れ!滑らかな鮫の波『シャークサーフィン』!」

 ハーフタマティーニは持っていた三叉の矛で大剣を打ち払い、トリアイナの刃先を鮫のように形態を変えて凄まじい突きの連撃によって魔王を押し返していく。ゼクスタザトスは大剣でトリアイナを弾いていなすと、空中に飛んで浮揚してハーフタマティーニを見下ろす。魔王とは言わずもがな悪魔や魔物達の最上位に君臨する世界の反逆者であり、凄まじい魔術や能力などの実力は神に匹敵するため古の伝説にもしばしば神を脅かす存在として最も危険視されている。

「目にも止まらぬ激しい剣戟!常人ならざる早業と身のこなしではいずれも実力が拮抗しているようだ!ハーフタマティーニが持つトリアイナはかつて海神が所有していた激震の神器によって万象を操ることができ、その威力は島が形を残さぬほどだ!その打撃をゼクスタザトスは剣の一振りでいなして回避しました!空と海で睨み合う猛者が互いに出方を窺っています!」

 モーヴィスは三日月に照らされる二つの影に注目しながら展開を伝えていく。そのうちハーフタマティーニがトリアイナをゼクスタザトスに向けて言い放つ。

「驕るな!魔王ゼクスタザトス!水場においては妾が貴様より上じゃ!」

「果たして、それはどうかな?」

 にやりと笑うゼクスタザトスは両腕を広げてハーフタマティーニを見据える。

「遠慮せずに力を使うがいい。ハーフタマティーニよ。」

「よかろう!波の気よ、海蛇が如く敵を飲み込め!溟王『カースドヒュドラ』!」

ザッパ―――――――――ンッ‼

 嘲笑うようなゼクスタザトスに応じたハーフタマティーニはトリアイナを環礁に突き立てて術を唱えると嵐が吹き荒れ、海から波が海蛇のように動き出していきその幾筋かがゼクスタザトスに迫る。

「断て!朔月の断裂『クレッセントセイバー』!」

 ゼクスタザトスは差し迫る海蛇を躱しながら三日月型の斬撃を飛ばして攻撃をするが、カースドヒュドラは水が少し弾かれただけで直ぐに元に戻り、執拗に追いかける。

「海の上ではどこに逃げても無駄じゃ!カースドヒュドラは相手を執拗に追跡して水で満たされた腹の中に閉じ込めるのじゃ。追い詰められて藻掻き苦しむがいい!」

 ハーフタマティーニがゼクスタザトスの足掻きを嘲笑うかのようにトリアイナを撫でると、幾筋もの海蛇が束ねられて大きな海竜の如く形作っていった。三日月島を取り巻くように海竜の波濤がゼクスタザトスに押し寄せていく。

「・・・ダーインスレイブよ、闇に葬れ!『黒葬十字斬』!」

 魔王が黒い魔剣のダーインスレイブを十字に薙ぎ切ると空間に真っ黒な裂け目が現れ、カースドヒュドラはその中へ飲み込まれていった。

「戦慄する絶対不可避のカースドヒュドラ!しかし、その攻撃に対してゼクスタザトスは死に追いやる魔剣、ダーインスレイブによる黒葬十字斬で吸い込んでいきます!色で表される魔法はエレメントの属性を極めた原始的な作用をも有し、黒は闇の力を最大限に引き出しているといえるでしょう!」

 アーク内のモーヴィスは戦士二人の魔法能力の高さに驚嘆して目を見開いている。ハーフタマティーニはカースドヒュドラが飲み込まれる様を見て、忌々し気に舌打ちする。

「やはり一筋縄ではいかぬか。ならば、妾の歌声に心奪われよ!響く漣の子守唄『リップルララバイ』!」

 ハーフタマティーニは顔を隠していた鏡である『波濤盤の玻璃』を両手に掲げてゼクスタザトスを映すと、そのままセイレーンの奏でる美しくも妖しい幻想的な歌声を響かせていく。すると、鏡がその魔力を増幅させて辺りの生き物が深く眠り、湧き立つ漣がたちどころに消えていった。鏡に映っていたゼクスタザトスも頭を押さえてどうにか眠気を堪える。

「ぬうっ!・・・あれが、波濤盤の玻璃か。月の暗影よ、夜の帳に余を隠せ!黎明なる夜の帳『トワイライトカーテン』!」

 ゼクスタザトスの体に影が纏わりつき、その姿は闇夜に紛れて暗闇と同化していった。

「“映したものを自在に反映する鏡”であったか?厄介な海皇の宝だ。」

 そう言ってゼクスタザトスの姿が見えなくなると、鏡を抱えて身を隠したゼクスタザトスを探すハーフタマティーニは静寂に包まれた辺りを見渡しながら勝ち誇ったように嘲笑して身を隠す相手を煽る。

「フフフッ!なんじゃ?これ程までに魔王とは不甲斐ないものか。妾が恐ろしくて隠れて怯えておるのじゃろう?オーッホホホホッ。」

ハーッハハハハハハハハッ!

 すると、夜空から大きな笑い声が響き渡り星々が歪んで集まっていくに従い、段々と大きなゼクスタザトスの顔のような形を成して喋りだす。

「図に乗るな!小娘!かつて大海に君臨した海龍と歌姫のセイレーンとの間に生まれたひよっこの分際で、軽率にも魔王を挑発するとは片腹痛いわ!」

 ぞっとする声で威圧するゼクスタザトスにハーフタマティーニは瞬時に身構え、海中の奥深くへと声を反響させて呪文を唱える。

「浮上せよ!船団を飲み込む魔獣『クラーケン』!」

 それに答えるように大きな波紋が広がっていき海面が迫り上がると、そこから現れた巨大蛸の怪物のクラーケンは大きな触手をうねらせて岩礁を囲んだ。ハーフタマティーニはクラーケンの大きな頭の上に乗ると波濤盤の玻璃を掲げて夜空を映しながら呪文を唱える。

「島を飲み込み、夜を沈めよ!大食らいの潮渦『メイルシュトロム』!」

 クラーケンは触手の先端に生えた錨のような爪で島を引っ掛け、そのまま渦潮を発生させて海中へと引き摺り込んでいく。夜空を映した波濤盤の玻璃はその鏡面が渦を巻いて夜を吸い込むように変容していくと、それに合わさるように夜空もだんだんと星々が流砂のように玻璃の魔術に吸い込まれていく。

「ここら一帯はやがて海だけになり妾からの逃げ場はなくなるぞ。ゼクスタザトスよ!姿を現した時が貴様の最後じゃ!」

 ハーフタマティーニは蜷局を巻きながらトリアイナを構え、闇に紛れたゼクスタザトスの出現を待つ。

「なんということでしょう!映したものを自在に反映する宝具である波濤盤の玻璃に映った夜空がみるみるうちに吸い込まれていきます!魔法の極致を体現するような摩訶不思議な異常現象!どうする?ゼクスタザトス!もう後が無いか⁉」

 モーヴィスがそんな実況していると、空に瞬いていた大きな星が赤く燃え上がって流星のようにハーフタマティーニ達に向かって落ちてくる。

「そこか!ゼクスタザトス、串刺しにしてやる!穿たれる栄光の螺旋突き『バロックスクリュー』!」

 蜷局から勢いを付けたハーフタマティーニは激震するトリアイナに回転を加えた強烈な突きを赤熱して迫るゼクスタザトスに撃ちだす。

「食らうがいい!ゼクスタザトス!」

パッキ―――――――ン‼

 だが、トリアイナの鋒は無惨にも砕け散った。それに驚き呆気にとられたハーフタマティーニは突っ込んできたゼクスタザトスの炎熱によって、焦げつきながら弾き飛ばされてしまう。

「ギャアアア――――――‼」

 ハーフタマティーニは岩礁に打ち上げられると魔炎の熱さに悶えながらあたふたと転げ回ってどうにか火消しをするが、ゼクスタザトスはそれには見向きもせずにクラーケンに狙いを定めていた。

「海の魔獣など他愛もない・・・。赤き星の火『レッドスター』!」

 ゼクスタザトスは落下の勢いそのままに魔炎の火花を飛び散らせながらクラーケンの眉間に大きな風穴を開ける。クラーケンは活動を停止して、風穴からモクモクと煙を上げながら起き上がったゼクスタザトスは巨大なモンスターの亡骸を踏み付けて吐露する。

「余の魔宝は身に付けている『完全無欠の鎧』“どのような攻撃からもその身を守る鎧”であるが、この無駄にでかい外道には八割にも満たぬ不完全なままで十分よ。さて、ハーフタマティーニをどうしてやろうか?」

 そう言ってゼクスタザトスはニタリと口元に太い牙をのぞかせてハーフタマティーニの方を禍々しい表情をしながら向いていく。

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