第3章ー2 狂える夜
昔々、真夜中に一匹の魔物が出現した。そのモノは人ではなかった。そのモノは神々との戦いで蹂躙され見放された死体で溢れかえった戦場の跡地にいた。そのモノは喉が焼けるほどに渇いていたため死体の血を啜って渇きを癒した。そのモノは親愛に飢えていたが、そこにはそのモノだけだった。そのモノにとっては生者と死者の区別がつかなかったからそのモノは血を吸った死者を慕って自らが行使した魔法で死体を操って友達にした。何年も何年もそうしてきた。生きている者達はそのモノ達を忌み嫌い迫害した。そのモノは友達を傷付けてほしくなくて死者たちと暗闇に潜んで過ごした。だが、そのモノは段々と生者にも憧れてその血を求めて吸い付くようになった。何人も何人もそうしてきた。そして、そのモノはいつの頃からかあらゆる能力を獲得していき、数多の眷属を従え同族のヴァンパイアを何体も生み出していった。その後、妖魔達は口を揃えてそのモノを夜の王と呼んだ。そう、そのモノの名は吸血鬼ルシブアン卿。
ルシブアンは赤い宝石に向かって呪文を唱える。
「『月血の紅玉』よ!吾輩に力を与えん!炎と嵐の化身を吾輩に顕現せしめよ!」
すると、『月血の紅玉』の輝きはルシブアンを包んでルシブアンの体は大きく膨れ上がって双頭の怪物に変貌していく。顔が突き出すように伸びて鼻がナイフのように鋭く尖り、太い牙が顎下まで貫いて六本の黒い角が頭に生えて蝙蝠のような羽と太い腕が三対ずつに増えていき錐のように毛が逆立った長い三又の尾が伸びており、その体の周りは熱を帯びて炎が強風とともに渦巻いている。
「何だそれは?宝石の力なのか⁉」
シングーはルシブアンの禍々しい姿に驚愕する。それはクレイドル内にいるモノ達も同じようで、それらの影は落ち着かずにうねりだすのを見たモーヴィスが声を上げる。
「その通り!ルシブアンが持つ月血の紅玉は火属性と風属性を極限まで引き出せる力の依代!世界を蹂躙させうるその異次元の魔力が所有者に齎されました!」
古城の真上を覆い尽くす程の怪物となったルシブアンはシングーの問いに答えず、唸り声と共に強風が吹き荒れる。
「吹き飛べ!風魔の阿鼻『ゲール』!」
ビューゴゴゴオオ――――――‼
凄まじい炎熱を伴った荒れ狂う突風を前にしたシングーはマントを頭から巻いて剣を地面に突き刺して踏ん張るのに精一杯で身動きが取れずにいる。
「なんて風と熱波だ!このままじゃあっという間にウェルダンだぜ・・・。来る!」
ルシブアンの大きな拳がうねりを上げて襲い掛かってきたことをシングーは気付くが、吹き荒れる熱風の中で避けられることは敵わず剣を前にして受け身を取る。
ズドンッ!
「ガハァッ‼」
シングーは剣で防ぐも猛烈な拳圧により吹き飛ばされてしまい、その勢いのまま城壁に激突しそうになる。
「・・・突破せよ!『犀角徹し』!」
すぐさま身を翻したシングーは目先の城壁を目にも止まらぬ連続した刺突の剣技でドリルのようにして風穴を開け、城外に吹っ飛んだ先で着地する離れ技をしてみせる。シングーは衝撃で頭がクラクラになりながらも怪物となったルシブアンを見据えて態勢を立て直す。
「なんと!シングーはまだ生きています!しぶとい!流石勇者、めちゃくちゃしぶとい!あーっと!これはいけません!ルシブアンがシングーの存在に気付いてしまいました!勇者ピーンチ!」
モーヴィスの実況は最早煽りにしか聞こえないが、命のやり取りは着実にシングーを切羽詰まった状況に追い込んでいる。
「グオオオ―――――‼暴風拳『ルドラ』!」
ズドドドドドドドドドドドドッ!
ルシブアンは城壁を半壊して猛然とシングーへと迫り、目に見えぬ速さで炎を纏った6つの拳や手刀を嵐のように叩きつけ、幾つもの風刃や竜巻を発生させていった。
「道を開け!奥義『天眼神影』!」
シングーは縁起識と円融道のスキルを重ね掛けするオリジナルの技により、足捌きと剣を駆使してルドラによる大砲のような拳撃を見切って痛烈な全ての打撃を辛うじて躱していく。さらに戦いの最中、縁起識のスキルでルシブアンの鋼鉄ほどに硬い二の腕の弱点を探しながら円融道のスキルを発動して永世久遠の剣との呼応を試みる。
「誉れ高き偉大なる剣よ。汝が主に答えたまえ。砕け!『虎手下し』!」
シャウドン!
「⁉ギャアアアア――――‼」
そんなシングーの問いかけに呼応したかのように剣が輝き出し、その真価を示すようにシングーの小手打ちによる電光石火の一閃がルシブアンの腕の1つを切り裂いた。
「やりましたー!シングーがとうとう永世久遠の剣に認められたようです!ルシブアン、これは痛い!」
モーヴィスの解説に熱が込められていき、腕を斬られたルシブアンは驚愕して痛みと怒りを露わにして咆哮すると、一度空中へ退く。
「おのれ!召喚せよ!煉獄の魔剣『レーヴァティン』!」
ルシブアンは、魔法陣から炎に焼かれ続ける大剣を出現させて振りかぶる。
「焼き尽くせ!渦巻く災禍『コンフラグレイトヴォルテックス』!」
ルシブアンが振り下ろした大剣から大蛇のようにうねる凄まじい獄炎が放たれる。しかし、シングーは何故かそれを見て静かに笑う。
「見えた!お前を攻略する道筋!隠せ!『タルンカッペ』!飛翔しろ!『タラリア』!」
ゴウゴウッメラメラメラ!パチパチパキパキッ!
ルシブアンの獄炎は地面をなめるようにいくつもの炎のサイクロンが荒れ狂い、巻き込まれたその一帯は焼き尽くされ、放たれた炎は数筋に分かれて大地を這いずり回り、大気を焦がして赤く染め上げる。
「まさに古城の見る影もなくなって焦土と化したバトルフィールド!シングーは果たして生きているのでしょうか?」
モーヴィスはスクリーンに釘付けで探すも森の中にシングーの姿は見えず、フィールドはあっという間に木々の燻る音や焦げ付く臭いと黒煙が周囲に立ち込め、蹂躙された古城は無残な瓦礫の山となっていた。ルシブアンはその様を見ると、レーヴァティンを天に高く突き上げる。
「ウオオオ―――――‼」
勝利を確信したルシブアンが雄叫びを上げる。その時、
「・・・火精よ!漁火を掲げて巻き取れ!『サラマンダーセイン』!」
どこからか炎の鞭のようなものがルシブアンの体に巻き付く。
「は?なんだ⁉」
ルシブアンが疑問に思った次の瞬間には自身の巨体が真っ逆さまに落下していき、炎の鞭で翼を拉げられて為す術もないまま地面に叩き落とされた。
「ウゴォ⁉・・・な、何が起こった?」
叩きつけられたルシブアンは目を白黒させながらも翼を広げようと藻掻くが、炎の鞭はどんどんきつく巻かれていく。
「なんで勝った気になっていたんだ?」
そうしていると、ルシブアンの背中から隠れ蓑の神器であるタルンカッペのマントを脱いだシングーが現れ、永世久遠の剣の先から炎の筋がルシブアンを絡めて伸びていた。アーク内のモーヴィスは赤い目玉を飛び出して首を回転させながら四肢をくねくねさせている。
「現れました!ルシブアンが落下していったと思えば、そこではなんと!シングーがルシブアンを捕らえているのです!急転直下の展開にもうワケが分かりません!」
シングーはルシブアンの2つの首筋の間に永世久遠の剣の刃を当てて言う。
「這い回れ!『土鋸』!」
ザザッコシュ――――!
「‼――――――ッ!アッ!・・・ガハァッ!」
シングーは剣先から伸びた炎を更にきつく食い込ませながら土魔法で黒曜石を集めたようなギザギザの刃を剣に纏わせて振り被り双頭であるルシブアンの首元を引き裂くと、ルシブアンの2つの首が飛んでその口元から青緑色の血を噴き出しながら声にならない叫びを上げる。さらにシングーは2つある首のうちの1つに狙いを定める。
「切り刻め!燃え盛る星の光の下に!『スターエクスポージャ・焔』!」
「ギャア――――――‼」
シングーの聖なる炎の斬撃で首の1つが切り刻まれていくと、その首は燃えたまま動かなくなった。それを見たシングーは首と分かれた胴体にあるルシブアンの心臓を目掛けて剣を突き立てて胴体をその場から動けなくする。
「見事な手捌き!怪物といってもヴァンパイアの弱点である聖なる力と心臓に突き立てる杭にはさしもの真祖も身動きが取れません!シングーが絶体絶命の状況から見事に形勢逆転を果たしました!」
やっと体を落ち着かせたモーヴィスは調子よくシングーを持ち上げている。そして、シングーはもう一つの地面に転がっているルシブアンの首に向き直った。
「どうせまだ死なないのだろう?冥途の土産に聞いていけ。この剣の本質は“あらゆるものを断ち切る”ことではなく“あらゆるものの理に介入する”ことだ。つまり、その莫大な膂力と災害レベルの能力は剣と僕に齎された。ついでに言うと、僕はこの身隠しのマントのタルンカッペと、空を駆けるサンダルのタラリアによる2つの神器を使って空中で身を潜めながら移動してお前を捕らえるチャンスを窺っていたのさ。」
そう言ってシングーはルシブアンの胴体のところに向かい胸元で光る宝石を掴んでその性質を読み取ろうとする。
「よせ!それに触るな!」
シングーの行動を察知したルシブアンが怒声を上げるが、
「・・・なるほどね。宝石の力を使った者は強大な力と引き換えに元来の体が安定せず、時間をかけて戻さなければ自壊してしまうのだろう?ならばこの宝石を引き剝がしたらお前は終わりだな。」
胴体の心臓を貫かれたことで圧倒的だった魔法の攻撃を仕掛けることができないルシブアンの首はギリギリと歯噛みして折った牙を口に含んでシングー目掛けて飛ばすが、シングーは縁起識のスキルによってそれを容易く躱していく。ルシブアンは屈辱と憤怒の眼差しでただただシングーを睨みつけるしかなくなった。
「吾輩が!・・・こんなガキなんぞに!・・・負けるなど‼」
「さようなら。」
シングーが『月血の紅玉』をルシブアンの胴体から引き抜くとその胴体は一瞬にして燃え上がり、残った首もボロボロと崩れ落ちていく。やがて、燃え尽きて残ったルシブアンの灰は舞い上がって霧散していった。
すると、それを見送ったシングーに光が包み込んでクレイドルに戻される。そこではモーヴィスが拍手をしながら出迎えていた。
「1回戦、勝者は『勇者』シングーだ!おめでとうございます!そちらの『月血の紅玉』は戦利品としてお受け取りください。クレイドルにはネクタルも用意しております。」
シングーの目の前にネクタルの入った黄金のゴブレットが現れ、くたくたになったシングーはその聖杯を一気に飲み干すと、それまでのダメージなどが噓のように無くなって体力が回復する。そうしている内に、シングーのクレイドルはルシブアンのクレイドルと結合して大きくなって靄のようなものでまたボンヤリとしか見えなくなっていった。それを見届けたモーヴィスは改めてアーク全体に発表する。
「さあ、お待ちかね!今から制裁の時間だ!敗者は妖魔族のルシブアン!その一族郎党は根絶やしになってもらいましょう!」
「は?なんだそれは!聞いてないぞ⁉」
シングーがそういうや否やスクリーンに映るものは、ルシブアンが潜んでいたダンジョンの倒壊の様子と世界中の闇をともにする妖魔族の体が燃え上がり歪に膨れ上がって破裂する様子だった。
「ウワアア――――ッ‼」
あまりの凄惨な光景にシングーは頭を抱える。
「どういうことだ⁉説明してくれ!モーヴィス!」
「それでは改めてご説明いたします。この闘いの勝者は相手のお宝と回復薬そして、敗者となった種族の殺戮の権利を得ることができるのです。戦士の皆様は己の命と種族を守るために勝利を手にしなければなりません。仮に互いに戦うことを拒否した場合、その状態が一日経てば互いの種族の半分が減り、二日目にはほぼ全滅の状態になります。戦士である2人が残って決着をつけることが無ければ日に日にバトルフィールド全体が縮まり、やがてはお互いに潰し合うことがなくとも潰れることになるでしょう。ご覧ください!この鮮烈な光景を!これこそ!勝利者のみが観ることができる景色なのです!」
「や、やめろー!やめてくれ・・・。」
シングーは戦慄していた。全滅していく妖魔族の哀れな叫びと目を背けたくなるような惨状を目にし、もし負けてしまえば自らの失態で人類の滅亡をあのように招いてしまうという自責の念の重さにしばらく悶え苦しんだ。
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