第3章ー1 黄昏の古城


「ルーレット、スタート!」

 ドームの平面のスクリーンが輝きだし、画面は目まぐるしく場面展開をする。

「何がどうなっている⁉ここは何だ?夢なのか?幻術か?パーティーメンバーは無事なのだろうか?全く訳が分からない・・・。」

 シングーはこの状況を理解できずに立ち尽くし、唯々画面を眺めることしかできずにいる。やがて、場面には夕暮れ時の廃城が映し出された。

「戦いの舞台は、・・・黄昏の古城!生き残り勝つのは果たしてどちらか?レディファイト!」

 掛け声とともに、2つの球体のクレイドルからそれぞれの影が消える。


 場面変わって、鬱蒼と茂る暗い森の真ん中に堀で囲まれた古城が建ち、無数のカラスが飛び交う尖塔と外壁には黄昏時となって赤と黒のコントラストで彩られた廃城が建っている。その城の中庭にシングーとルシブアンが同時に転移され、間合い10メートル程度の距離を保って降り立つ。地に足を付けたルシブアンがじっくりと辺りを見渡しながら自嘲気味に溜息をつくと、キョロキョロと落ち着かない様子のシングーを見定め始める。ヴァンパイアは尋常ならざる身体能力に加えて高い飛翔能力、無数の蝙蝠への変化や霧になっての移動手段、エナジードレインに加え、不死身と言える生命力、従属の傷証などその能力は多岐にわたり主に血を吸う高ランクの怪物だ。そのヴァンパイアの始祖たるルシブアンは長い眠りの中で膨大な魔道の知識と復活の脈動を蓄えた〈ノーライフキング〉なのだ。多くのヴァンパイアは消滅させられてしまう日の光を嫌うが、ルシブアンは魔力が落ちるが聖なる光に耐性を持ち、魔物の国であるゴブリナグリードにて物の怪が蔓延る森の奥深くに存在する上位のモンスターが跋扈しているダンジョンの最深奥で眠っていた最高ランクの難度を誇るラスボスである。

「まったく・・・。とんだ目にあったものだ。吾輩を無理矢理目覚めさせ、勇者と戦えとは。」

 ルシブアンが腕を組み、真っ赤な宝石を携えたマントをはためかせ、シングーを見下ろす。

「小僧!『勇者』とか言ったな。吾輩はヴァンパイアの『真祖』、ルシブアンである。ダンジョンの深淵にて永く眠っていたが、奇しくも勇者たる貴様を屠る機会を得た。我が前に平伏すがよい。」

 強烈な魔素を放つルシブアンに凄まれたシングーは我に返って向き直る。

「断る!僕は魔の者に打ち勝つために出征してきたのだ!『真祖』ルシブアン、覚悟!」

 外套を翻しながら『永世久遠の剣』を構えてルシブアンに対峙する。強敵と名高い吸血鬼と戦うことになった現在、神殿に残した仲間達のことは心配だが、目の前の難敵にスキを見せるわけにはいかない。

「愚かな人間よ!千年を越える悠久の時の中で高めた闇の力を思い知るがいい!靄なる閃き『フラッシュミスト』!」

 すると、ルシブアンが消えた。正確には目にも止まらぬ速さで移動してシングーの背後を一瞬でとり、強靭な鋭い爪をシングーに振り下ろす。

シュンッ!

 空気が避けるような音ともに破断の爪がシングーの首と胴をかき切ろうとする。だがその刹那、円融道のスキルで殺気に反応したシングーは前方に倒れこむようにしてギリギリで攻撃を回避していた。ルシブアンは初見殺しの技を避けられるとは予想していなかったようで、

「ほう!躱したか。勇者というのは伊達ではないな。」

 と、思わず感嘆の言葉をシングーに送っていた。

「そいつはどうも・・・。強化『アップテンポ』!」

 (危なかった!)と、シングーはすんでのところで避けて内心焦りながらも自身に肉体強化の術を発動させる。シングーは縁起識のスキルで動きを見切ることはできるが未曽有の素早さを誇るヴァンパイアの動きに反応することがやっとであったため、強化の魔法を発動し続けなければこの怪物には対応できないと判断したのだ。油断のならない相手であるルシブアンは懐からレイピアをしなやかに取り出すと、毅然とした態度でそれを構える。

「闇が深まれば吾輩の力も満ちるだろう。数刻もすれば貴様は終わりだ!串刺し旋風『ツェペシュハリケーン』!」

「ならばその前にケリをつける!捌け!『燕返し』!」

 シングーは豪雨のようなレイピアの突きを見切って神速の剣で打ち返し、切り返しながら応戦し始めていった。

 所変わってモーヴィスがアーク内のスクリーン上で戦況を伝える。

「さあ!シングーがルシブアンの目にも止まらぬ素早い突きの連続攻撃に対して、それらを全て捌いて剣を素早く翻し反撃するも受け流されます。両者ともまったく引きません!」

 アーク内での実況は目下の決闘者には聞こえてはいないが、クレイドルの中にいるモノにはけたたましい程に響き、スクリーンを覗き込むクレイドルのモノ達は興味深そうに各々が楽しんで見物している。その内のベルベトラもすっかり酔いが醒めて、固唾を飲んでシングーの戦闘を見守っている。両の手を組み人類の勝利をベルベトラは静かに祈る。

「あれが勇者か?人類の希望をこんな形で目にするとはな・・・。シングーとやら、勇者ならば負けてくれるなよ!」

 再度戦場に戻ると、古城の中庭にて鎬を削る二人だが激しい刃の応酬の末にシングーが城内にもつれ込み、本塔に続いている天井が黒く煤けた回廊に立っている。

「疾風にて切れ!『天羽々矢』!」

 シングーは自身に一際素早く強化する体術の魔法をかけて回廊を脱兎のごとく走り出す。

「吾輩から逃げられるとでも?狂える大気の震え『ウルトラソニックシヴァー』!」

 ルシブアンが床に手を置いて超音波を発生させると回廊の壁や床を穴だらけにして超振動がシングーに迫っていく。シングーは風を切る勢いをそのままにして逃げ惑い回廊の奥にあったドアを蹴破った先にある大広間に入り込んだ。追ってくるルシブアンを尻目にシングーはすかさず外へと続く階段に向かって走り出していく。

「逃がさんぞ!勇者よ!怒れる蝙蝠侵攻『モブバッツレイド』!」

 ルシブアンに追い立てられて距離を稼ごうとするシングーに蝙蝠の大群がルシブアンの体内から湧き出ていき、コウモリ達は軍勢のようにシングーへと襲い掛かっていく。

「殺されそうなのに止まるバカはいないだろう?剣よ!風の刃を飛ばせ!『ウィンドカッター』!」

 シングーが無数の風の刃を飛ばして吊るされている古びたシャンデリアを落としてコウモリを数匹圧死させると、外へと続く階段を駆け上がって城壁の上を駆け抜けていく。そして、ルシブアンが塀の上にまで至るともう陽光は山間に細い線となって段々と宵に呑まれつつあった。ルシブアンはほくそ笑みながら無数の大きな蝙蝠へと分裂していく。

「勇者の血は如何なるものか?舞い狂え!狂騒なる宴『ヴァンパイアフィースト』!」

 分裂したコウモリの顔がルシブアンの顔を形作っていくと、エナジードレインの牙がシングーに襲い掛かっていく。それを見たシングーは剣を閃かせて跳びあがる。

「散れ!『鎌鼬』!」

 空中で舞うように剣筋を閃かしたシングーが放った風の刃が風を切るように走り縦横無尽に広がって迫りくる気持ちの悪いコウモリ達を一掃していく。シングーはそのまま塔の側面を滑るように駆け下りて中庭に立つ。

「目まぐるしく変幻自在の妖術を展開してみせるルシブアンをシングーが自由自在の剣術で攻略していくー!」

 アークにてモーヴィスが興奮気味の実況を進行していた。

「ルシブアンは大量の魔素を長年にわたり蓄え続けたその妖力は物象の具現化に至っています。それに対して、シングーは剣の付与魔法に加えて体得した羅手良流武術を組み合わせた独特な戦法を用いているようです。しかし、フィールドは宵闇に覆われてルシブアンに有利な状況が刻々と迫っていく!急げシングー!間に合わなくなっても知らんぞー!」

 お道化たようなモーヴィスの解説の最中、肉体強化魔法をかけ続けているシングーは息も絶え絶えになっていくが、傷付いたルシブアンは再び蝙蝠たちを集めて肉体を再生していって元の吸血鬼の姿に戻る。

「人の子よ。貴様のような奴が剣術と武術を併せた奇妙な技を扱うとはなかなかやるではないか!しかし、貴様には最早勝ち筋はない!」

 夕日は地平に隠れ、夜の帳が下りてくる様をルシブアンは見やると、シングーとの距離を取って夜空に舞い上がる。

「宴も酣になろうか?勇者よ。吾輩の眷属共に喰われるがよい!闇喰らい『アンダーテイカー』!」

アオオ――――――ンッ!ボコボコボコボコッ!

 ルシブアンが赤い宝石に手を翳して召喚の呪文を発すると宝石が真っ赤に輝き、地面から大勢の黒狼やアンデッドなどのモンスターが這い出てきてシングーへと襲い掛かる。黒狼やアンデッドは死体となったものに不浄の魂を宿すことであてもなく彷徨って生者を喰らうが、術者の簡単な支持があれば従う不死者である。シングーは円融道のスキルによってアンデッドの軍勢の気配を感じ取り、ステラから貰った光属性を付与されているペンダントを握りしめる。

「光の加護よ、道を照らせ!『ホーリー・エンチャント』!」

 その言葉を発したシングーの周りには温かな聖なる光が放たれる。

「裂き狂え!星の光の下に!『スターエクスポージャ』!」

 縁起識のスキルを発動させて百をも越える敵の動向を見抜いたシングーは光魔法を付与した剣を流星の閃きの如く輝かせて振るい、大軍に向かって大立回りをしてみせていく。

「なんということでしょう!シングーが発動した聖なる光魔法がアンデッドたちを切り伏せていく!アンデッドなどの不浄な魂には有効な癒しの力である光魔法によって切り裂かれた闇の住人達は立ちどころに消えてしまいました!」

 アークにいるモーヴィスがシングーの鮮やかな剣撃を目にして目を輝かせている。徐々に数を減らす自身の眷属を見ていたルシブアンはカイゼル髭を撫でて考えを巡らせる。

「この数を剣一つで立ち向かうとはたいしたものよ・・・。勇者よ。その剣は伝説の『永世久遠の剣』であるか?」

「・・・そうだと言ったら?」

 アンデッドをあらかた制圧したシングーはルシブアンの問いに注意深く答える。

「”刃毀れせずにあらゆるものを断ち切る伝説の剣”。・・・まだその真価を発揮できていないようだが、貴様は真の脅威である。早々に果てるがよい!」

 そう言うと、ルシブアンはニヤリと笑って赤い宝石を掲げる。

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