第2章ー1 酒乱
エレメントとはこの世を形成する元素である。魔物が持つ魔素もその一つで、人間は魔法を扱う際に空気中に存在するエレメントのマナを使い、それらを司る精霊や悪魔の加護を受けて魔法を発動する。その性質は様々であるが凡そ魔法として基本となるものは火、水、風、土、そして光と闇という特異相関の属性に分けられる。魔術師はもちろん、他のジョブでも付与魔法によってエレメントの力を引き出すことで攻撃や防御に、光魔法などはヒーラーなどの癒しの力に使用されるが、闇魔法は魔物が使用することが多く悪魔召喚やアンデッドの発現などにも使われる。さて、勇者シングーが魔王の討伐に向かってしばらくの頃に魔の者によって支配された人間と妖魔が混在するラストサキュバス国で、港が近い都市にある場末の酒場にてブロンドで赤い鎧を着た〈女騎士〉が酔い潰れていた。
「ベルさん、飲みすぎだよ。」
「うっさいわね~!アタシの勝手でしょ~、マスタ~。」
へべれけの女騎士に酒場のマスターは肩をすくめる。
「やれやれ、またか・・・。メロリスさん、今日もお願いできるかい?」
「はいは~い!ほらベル。帰るよ~。」
「アタシまだいけるって~!」
この飲んだくれの女騎士の本名はベルベット・ラブキッス。この間まで人間が統治していたスコーピオーネ国の王族に値する家柄の出であったが、他の王国との争いの最中に魔の者による国のラストサキュバス国からの侵略にあい、遠い赴任先にいた彼女が駆けつけた頃には都市は陥落して家は没落してしまっていた。今や敵国の支配下になった領内の都市のラグジュリアでベルベトラと名を変え身分を隠して過ごすことになっている。そんなベルベトラはジョブとしてはタンク役だが色物扱いの女騎士として冒険者ギルドに所属し、旧知の親友であるメロリスと細々と生活している。ベルベットの親友であるメロリスはリンクス〈山猫の獣人〉であり、かつてベルベットの従者で共に戦場を駆け抜けた戦友でもあったが、ラブキッス家の没落後は〈シーフ〉としてベルベトラとパーティーを組んで慎ましく暮らしている。シーフは主に隠密行動を生業として情報収集やトレジャーハンターで活躍するが、その性質から泥棒や賊に適応してしまいしばしば見下されがちなジョブである。
「大体さ~、今日のクエストは数十人くらいで編成してやるものでしょう!こっちはたったの6人よ!6人!」
「クエストの難度の割に報酬がしょっぱくて誰も手を付けてないのはそれだけだったしさ。仕方ないよ。でも、ベルの活躍でミッション達成できたじゃない!」
今回ベルベトラが請け負った依頼はプルソンのプー〈獅頭熊〉という推奨退魔レベル50以上の人喰い熊の悪魔退治であり、冒険者ギルドに長年放置された高難度のクエストだったが、ベルベトラはメロリスと、ギルドにて暇をしていた手練れの冒険者4人を引き連れて討伐完了を果たしたのだ。
「アタシを誰だと思っているのよ~!『神器使い』の勲等を授かった武人なのよ!」
エレメントの力が極限まで込められて神話にも伝えられる名のある武具や防具は〈神器〉と呼ばれ、それらを扱う者は並大抵ではないランクの冒険者として認められている。そもそもベルベトラは幼い頃から太守であった父から騎士として育て上げられて成人すると、若くして様々な苦難を乗り越えて手に入れた3つの神器、邪悪を祓う鎧の『アイギス』、竜殺しの剣の『バルムンク』、そして代々ラブキッス家の家宝として重宝されてきた丸盾の『極明境の盾』を所持している現在最高ランクの退魔レベル99の凄腕の騎士であり〈ドラゴンスレイヤー〉である。ドラゴンスレイヤーは魔物の中でも上位種であるドラゴンを討ち果たした者に与えられる称号で、冒険者のジョブによっては獲得した武器でレベルアップの対象になり神器を扱えれば破格のランクアップにもなりうるのだ。
「ハイハイ、ベルは凄く強い騎士様ですね~。・・・そういえば最近、遠い国から勇者一行が魔王討伐に向かって各地で活躍しているという話を聞くようになったわよね。」
メロリスは手慣れた様子でベルベトラを宥めすかして巷での噂を持ち出すと、ベルベトラは胡乱じみた目を向けて言い放つ。
「アアン?勇者ですって~?出てくるのが遅すぎるっつーの!」
「まあまあ。勇者たちが名のある魔物の大将を攻略していっているみたいだし、これで魔王の脅威にあるこの国にも希望が見えてきたじゃない?」
「世間は勇者様様ってことかしらね~。それなのに・・・。」
言葉を詰まらせたベルベトラはカウンターに突っ伏して泣き出す。
「こんなにキツいことやっても、アタシはあんたと身を寄せ合ってやっていくしかないなんて・・・惨めよ~。」
そんなベルベトラの泣き言を聞きながらメロリスは彼女の右腕を肩に回して立ち上がる。
「飲みすぎなのよ。ほら、肩を貸すから。マスター!お代置いとくね。」
「はいよ。また御贔屓に!」
カウンターにお金を置いて酒場を出たベルベトラとメロリスはヨロヨロとふらつきながら共同のアジトに帰り、彼女達はソファーに身を預け、メロリスは寝てしまっているベルベトラを起こさないように鎧を外してきれいに並べてベルベトラをソファーにそっと寝かせる。
「ベル様、私は貴方との暮らしを惨めに思ったことはありません。これからもお側にいさせてください。」
そう言って、メロリスはベルベトラの頭をフワフワの毛に包まれた肉球で優しく撫でた。
その翌日、二日酔いになったベルベトラはぐったりとしてぼやいている。
「あ~んもう。頭痛い・・・。酔い止めあったかしら?」
「切らしていますね。」
メロリスは薬箱に酔い止めが無いことを確認すると、肉球が見える手を振って見せた。
「最悪だわ・・・。」
ベルベットであった頃はかつて太守の父と共に戦場で活躍し、『当代一の戦姫』と謳われていたが、今やその気高い姿は欠片も無いベルベトラは漫然とソファーに横たわっている。
「何だかこのまま消えてしまいたいわ。」
「そんな悲しいことを言わないでください。今日も頑張っていきましょう!」
両腕を胸の横で曲げて可愛く握り拳を作るメロリスがベルベトラに励ましの言葉を贈る。
「何よ?それ、・・・仕方ないわね。」
ベルベトラは不満を垂れながらも鎧の手入れをして着込み武器の剣と盾を取った。だがその瞬間、彼女を転移魔法による光が包み込んだ。
「えっ!なにこれ⁉」
「ベル様!」
メロリスを置き去りにしてベルベトラは転移していく。そして、・・・
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