第1章ー2 出会い
シングーはあっという間にレベルを上げ〈剣士〉として駆け出しを卒業する目前となっていた。
「いよいよレベルが10になる目前だ。ここらで難関クエストでも踏破してみようかな~。」
冒険者としては驚異の成長速度でレベルを上げて調子に乗ったシングーは、推奨レベルが表記されていない難関クエストである『濃霧の森にいる守り人から魔法薬の入手』という依頼書の貼り紙に目を止める。
「一旗揚げるには丁度いい!これを受注しよう。」
意気揚々と息巻いたシングーだが、着いた濃霧の森の中は迷いやすく霧が深い探索クエストでも高いランクを推奨された場所で必要なスキルや道具の準備を十分にしてこなかったシングーは森の中ですっかり道に迷ってしまっている。
「まいったな~。これは霧の結界ってやつか?迷い狼が集まってこなければいいが・・・。」
「この森に狼はいないわよ。おマヌケさん。」
シングーは上から声がする方に目を向けると、そこには箒に跨って白いキャミソールに黒い円錐型の帽子を被った赤く長い髪の〈魔法使い〉の少女が浮いており、魔法杖を弄びながら訊ねてくる。魔法使いとは文字通り魔法を操る者のことで精霊と契約して魔法を役立てたり、或いは魔に落ちて魔者となって魔法の力を悪用したりする者もいる。
「アンタ、ひょっとして迷子かにゃ?暗くなる前におうちに帰りなさい。」
不気味な森であどけない少女に出会うという怪しさ満点の状況にシングーはおずおずと尋ねる。
「・・・まさかとは思うけど、君は森の守り人なのか?」
「んー?ワンダはワンダだよ。もしかしてお師匠さんに用があるのかにゃ?アンタみたいなお子ちゃまなんか相手しないわよ。シッシッ!」
シングーをおちょくっているのか甘ったるい声で森から追い出そうとする年端もいかない小柄な魔法使いにシングーはむっとして言い返す。
「君と大して年は変わらない気がするけど?」
「生意気を言うヤツはこうよ!火よ!火よ!ポポンポンッ!『ファイヤーボール』!」
ワンダと名乗った少女は杖の先を向けて火の玉を続けざまに飛ばしていく。魔法使いとして若干の齢であろうワンダが扱う魔法は修得の難易度は低いがその練度は卓越して優れていた。だが、シングーは火の弾の攻撃を避けて木の幹を蹴って跳び上がる。
「剣よ!風の刃を飛ばせ!『ウィンドカッター』!」
シングーが魔法を付与した剣を閃かせて風の刃をワンダに向かって切りつける。
「うひゃっ!」
と、ワンダはウィンドカッターを避けようとして慌ててしまい箒から滑り落ちてしまう。
「イヤー!お師匠様~‼」
箒を掴み損ねたワンダは絶叫して地面に向かって落ちていく。すると、
「受け止めよ!木々の掌よ。『ウッドハンモック』!」
ワンダはどこからともなく聞こえてきた呪文によって枝葉のベッドの上に落ちて事なきを得る。その呪文を唱えたであろう者は魔導書らしき物を持つ長身に白色と緑色の法衣を身に着け、長い薄緑の髪を結わえた特徴的な長い耳をしたイケメンの〈エルフ〉が現れる。
「森が騒がしいので来てみれば・・・ワンダ、まだあなたに浮遊魔法は早いですよ!」
無事を確認するためにワンダに近付くエルフに向かってシングーは声を掛ける。
「あなたがこの森の守り人か?」
エルフはワンダを立たせながら徐にシングーへ向き直る。
「如何にも。わたくしはエルフのサンジュと申します。それで、あなたは何用でこの森に入られたのですか?」
「僕はシングー。あなたの持っている魔法薬を頂戴しに来た!渡してもらおう!」
「魔法薬?」
サンジュは訝しげにシングーを見やると、顎に手を当てて少し思案した後に、
「もしかして改良中の成長薬ですか?あれはわたくしが開発したばかりの未完成品で、調整が難しく素人の手に余るものです。一体どこから聞きつけたのやら?」
エルフのサンジュが腕を組んでぼやくと、ワンダがはっとして声を上げる。
「あっ!そういえば、作ってあった薬をワンダがこっそり町に売り込もうとしたら、怪しい連中にぼったくられそうになって売らずに帰ったことがあったような?・・・」
ワンダがそう言ってバツが悪そうにサンジュに顔を向けると、サンジュはニコニコとしながらワンダを見下ろしていた。
「なるほど?それであの薬のことが知られたのですね・・・。ワンダ!あなたには後でキツいお仕置きですよ!」
「そんにゃ~~~!」
サンジュに大目玉を食らい泣きわめくワンダの様子をしばらく呆気に取られて見ていたシングーは任務のことを思い出すと、我に返って剣を持ち直す。
「とにかく!僕の依頼は魔法薬の入手だ!森の守り人サンジュ、覚悟!」
シングーが剣を振りかざすと、サンジュは魔導書を自身の目の前に翳す。
「剣よ!風の刃を飛ばせ!『ウィンドカッター』!」
「持ち上げよ!枝は階となれ。『スティックステップ』!」
手に持っている魔導書をサンジュは即座に広げると魔導書は光り輝きワンダとともに枝葉が寄り集まってできた階段の一段目に乗ると、まるでエスカレーターのように木の天辺まで上昇していってシングーの放った風の斬撃を回避する。
「その齢で相当の実力がおありのようです。が、任務とはいえど悪い大人にいいようにされては形無しですね。茸の精よ!毒霧で侵せ。『トキシックスポア』!」
エルフは人間よりも長命で優れた魔法を扱う種族であり、その知識の豊かさで自然とともにある希少な存在だ。シングーの周囲の霧が紫に変色すると、悪臭を伴った毒の胞子がシングーを包み込む。
「ゲッホ!ヴォエ!なにこれ臭え~!喉が焼かれる!」
強烈な匂いと息をするたびに強い拒絶反応と幻覚を引き起こす毒霧にシングーは堪らずえずいてのたうち回ってしまう。
「ニャハハッ!さっきのお返しよ!火よ!射貫け!『ファイヤーボール』!」
ワンダはシングーに追い打ちをかけるように火の玉を数発放っていく。シングーは毒霧による眩暈と吐気に襲われながらもワンダの炎魔法の攻撃を円融道のスキルによって火の玉の軌道を紙一重で躱していき剣を構える。
「炎よ!敵を薙ぎ払え!『フレイムチョップ』!」
シングーは炎を纏った剣で枝の階段を猛烈な勢いで切り崩し、サンジュとワンダのいる木が倒れていく。
「はわわわ!」
「ふむ・・・。浮遊せよ。『エアフロート』!」
そこでサンジュはワンダを抱えて浮遊魔法で空中に留まりシングーに向けて忠告する。
「あなたは才能もあり多くの精霊による加護に愛されているようです。が、その素養ではまだまだ真の実力を発揮できません。悪いことは言いませんので出直してきなさい。」
小さな子供を宥めるように言葉を発するサンジュにシングーはムキになって怒号を飛ばす。
「こんな体たらくでギルドに戻れるわけがないだろう!せめて守り人に一太刀でも浴びせられないと僕の面目が立たない!」
「そうですか?残念です。少しお灸を据えてあげましょう。森の精よ。あの者に呪いあれ!『フォレストミアズマ』!」
サンジュは険しい顔で魔導書のページを捲って悍ましさが滲む呪文を唱える。すると、森が騒めき一陣の風がシングーを取り囲み段々とシングーの体から植物の芽が生えていく。
「ウゲェ!なんだよこれ⁉」
植物の芽を払いながら眉を八の字にするシングーにサンジュはゆっくりと助言をする。
「そのままでは森の呪いがあなたの生命力を吸い続けて、やがてあなたは正気を失って森をさまよい惑う妖怪になってしまいますよ。」
「んなっ!なんだって~~~⁉チクショー!覚えていろよ!」
「勿論です。あなたが無事に生きていれば、わたくしはあなたを歓迎しましょう。」
サンジュとワンダはシングーが森から逃げるように去っていくのを見届けると、ワンダはシングーを心配してサンジュに質問する。
「お師匠様、あの子死んじゃわない?」
「あの子の加護には元々呪法に対して耐性があるようですので運が良ければ正気を保っていられるでしょう。運が良ければですが。」
サンジュはそう言って若い剣士の再会を期待するように森の出口まで発光するキノコで照らしていく。
その数時間後、辺りはすっかり暗くなるもどうにか濃霧の森からシングーは脱出してホコリ町に戻ることができた。守り人であるエルフのサンジュとその弟子の魔法使いであるワンダにコテンパンにやられて、毒や呪いに侵され血相を変えてこの町にある教会へと駆け込んだ。
「た、助けてください!このままだと魔物になってしまう!」
シングーが命辛々助けを求めるが、教会の扉から寝ぼけまなこのシスターが出てくる。
「今を何時だと思っているの?明日来な!」
そう言われてシングーは無愛想なシスターに門前払いをされてしまう。
「毒と呪いでおかしくなりそうだ!お願いだから助けてくれよ!」
教会は神の加護をもって聖を司るヒーラーを輩出する場所である。大聖堂においては時間内までに肉体があれば死者を蘇らせる蘇生魔法も行うことができるが、この町の教会にはそれが出来る者などいない。すっかり暗くなった夜の中、シングーは体中を物言わぬ小さな魔物に這いずり回られるような痛みと不快感に纏わりつかれていく。
「誰か・・・助けてくれ!」
サンジュから受けた魔法により意識が朦朧とするシングーは次第に疲労と体調不良で体が言うことをきかなくなり底知れない不安と孤独にかられていった。
「・・・どうかされましたか?」
そんな時、修道服を羽織った青い髪と目をしている少女がシングーに声を掛けてきた。
「君は?」
「ヒーラー見習いのステラよ。あの、大丈夫ですか?」
年端の行かぬ少女にシングーは藁にも縋る思いで助けを求める。
「僕、このままじゃ妖怪になってしまい・・・アレ?・・・イシキガリョ~クニャリュ~。」
「まあ大変!すぐに私の寝所で休んで!」
それからシングーは意識が渾沌としながらその少女に三日三晩看病をしてもらうことになる。ステラの懸命な看病によりシングーの意識が戻って回復すると、少女はシングーと共に喜んだ。
「よかった~!教会の前で倒れ込んできた時にはすごく心配したけど解毒や解呪が成功して本当によかった!」
「ありがとう!君には感謝してもしきれない恩がある。改めて僕はシングーだ。ステラ、いつか僕が本当に強くなったらもっと世の中が良くなるように頑張るよ。そうなった時には必ず君を迎えにいくよ!」
「?・・・冒険者のパーティーにでも入れてくれるの?嬉しい!待っているわ!」
シングーの意図するところを理解できなかったステラは解釈違いの返答をする。
「・・・まあ、そういうことにしといてくれ。」
シングーは顔を赤らめてそっぽを向く。若く世間知らずなシングーは聖職者とは結婚が厳しいことをまだ知らない。ステラにいつか強くなって迎えに来ると伝えた後シングーが向かった場所はとある険しい山の道場だ。武闘家として上位ランクの〈達人〉、その指導者たるムラクモがいる羅手良流道場の武術を習いに訪れたのだ。
「頼もう!道場主のムラクモ様はいらっしゃいますか?」
シングーが門を潜ると、そこには屈強な武闘家達として人間も含めて獣人や鳥人など様々な種族が犇めいている。
「オイオイ!ここは子供の遊び場じゃねぇぞ!とっとと帰りな!」
突然の訪問者に図体のでかい猩々の獣人が追い返そうと手を伸ばすが、シングーはその手を引き込んで肘を組みながら足を払って相手を釣り落とす。
「うぐっ!」
「遊びじゃない!僕はどうしても強くなりたいからここに来た!」
シングーの様子を見た門弟達は道場破りかとざわつくが、そこに凄まじい突風が吹きわたりよく通る声が道場に響く。
「元気がいいな!少年!」
一瞬でシングーの前に赴いたのは道着を纏ったファルコンズ〈隼の鳥人〉が羽を広げて迎えていた。獣人や鳥人などのデミヒューマンは五体が人間に近いが、動物や魔物の特性を駆使することができる高い身体能力が特徴の種族であり亜人種の多くは縄張りを持つ魔者として生きるが、中には人間の味方をする者もいたりする。
「拙者がこの羅手良流道場の師範であるムラクモだ!お主、名前は?」
鋭い眼光で威圧感を放つムラクモに対してシングーは居住まいを正す。
「僕はシングーです。駆け出しの剣士をしています。」
「ほう?剣士ならば城務めや貴族のおかかえで名を挙げる方が都合はいいと思うが?」
「約束がある!世の中が良くなるように強くなると決めてきた!」
シングーがそう言うと、周りにいる静観していた門弟達がゲラゲラと笑い出す。
「フハハハ!こいつ、イカレてるのか?」
「イヒヒヒ!強くなって世直しだなんて、英雄様にでもなるつもりかよ!」
笑い声が響く中でも、シングーはムラクモに真剣な眼差しを向けて答えを待った。
「・・・嗤うな!」
ムラクモが周りを一喝して黙らせると、改めてシングーに向き合う。
「シングー君、武は己のためにある。世のために本気で強くなりたいならばその道はかなり厳しい苦行になる。たとえ、強くなったとしてもそれが役に立つかは拙者も見当がつかん。それでもよいのだな。」
「はい!よろしくお願いします!」
こうしてムラクモの下で鍛錬を重ねて時が過ぎる内に、シングーは武勇に優れた神懸りの剣士として偉業を打ち立てていくことになる。そんな中でシングーはかつての『濃霧の森にいる守り人から魔法薬の入手』の依頼主が薬物で悪用をしていることをつきとめて成敗した後に守り人のサンジュにいつぞやの非礼を詫びて交友をもったことで魔法への研鑽も高めていった。こうして齢若干にして剣を振るえば魔物を撃退する武功を示してなおも勇猛な活躍をするシングーは聖痕が刻まれた勇者ではないかという噂が、町を超えてグリフォンプライドの首都スパービアにまで聞き及ぶこととなる。
数年後、グリフォンプライドの国王であるゾンネレーベ王は、逞しく成長して精悍な青年になったシングーを城へと招待する。
「よくぞ来た!シングーよ。そなたには勇者として魔王を倒してきてほしい。」
「既に何年も前からお誘いをいただいております。このシングー、遅ればせながら国のために尽くすことを約束いたします。」
シングーはこの招待を受ける際、今までに苦楽を共にしてきた仲間を招集し、同行を願った。それに応えたのは、深い知識とエレメントを自在に操る〈賢者〉となったサンジュ、その弟子で魔術の申し子と評されて〈一級魔術師〉となったワンダ、師でもあるグランドマスターの〈武闘家〉であるムラクモ、最年少でヒーラーとしてはハイクラスのプリーストとなった〈聖女〉のステラ、それぞれ苦難をともに乗り越えてきた信頼できるパーティーメンバーだ。ちなみに、シングーとステラの仲はいい感じだという。
「そなた達の活躍を期待しておるぞ。さあ、ゆくがよい!『勇者』シングーと仲間達よ!」
「はい!必ずや魔王討伐の吉報を持って帰ります。」
こうして勇者一行は王からの命を受けて魔王討伐へと向かうのである。
さて、ここまで読んでくれた方には申し訳ないが、この物語は勇者が数多の冒険の果てに華々しく魔王を倒す冒険譚ではない。
「・・・見つけた・・・。」
もっと抽象的であり、
「決して逃がさぬ。」
もっと作為的であり、
「おまえはわたしのものだ。」
絶望的な物語である。
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