第1章-1 誕生
とある村の水車がゆっくりと回る素朴な家の中でそこに住む素朴な夫婦に一大事が起きていた。その家では家主である夫のアルナスは不安を募らせ自分の妻の傍らで祈り、年配の産婆達がドタバタと奥方が横になっている部屋の中を忙しく立ち回り、苦しそうな息遣いをしながら産気づく妻のミルシアに力強くサポートをしていく。
「ミルシア!頑張るんだぞ!もうすぐ産まれてくる。」
「ヒッヒッフーッ!アルナス、赤ちゃんをお願い・・・。うっ!生まれる~~~!」
ミルシアは出産の苦しみの中、ひたすら生まれてくる赤子の無事を願う。そして、・・・。
オギャアッ!オギャア!オギャアーッ!
牧歌的な夫婦の下に元気な産声があがった。アルナスは母子ともに無事を確認すると安堵で涙ぐみながら、呼吸を整えているミルシアにへその緒を切ったばかりの赤ん坊を見せてあげる。
「でかしたぞ!ミルシア!元気な男の子だ!」
「ええ、私たちの赤ちゃん・・・。アルナス、名前を付けてあげて。」
「ああ!オレたちからの祝福だ。名はそうだな。・・・シングーなんてどうだ?」
「シングー!素敵な名前ね。どうか、これからもこの子に祝福あれ。」
後に勇者として名が知られるようになる赤子に両親はシングーと名付け、我が子に優しく微笑んだ。人間が住む国の一つに大陸の東に位置する地帯にはグリフォンプライド国があり、城を中心にした都市では武器に魔法を付与して戦う軍隊で魔物に対抗してきた国家で森に囲まれた地域が多い。グリフォンプライド国の首都スパービアから端の方にとある辺境の地にはプファフィーデン村がある。そこはシングーが生まれた地であり魔物がいる暗い森に囲まれているが、長閑な田園風景が広がり人々は逞しく陽気に生活をしている。豊かではなかったが何の変哲もなく幸せな日々を過ごすアルナスとミルシアの家族にシングーは大事に育てられ、シングーが物心つくようになると湯沸かしや粉挽き、牧畜の世話や狩りの準備などを手伝いながら彼は村の友人達と共に日々を過ごしていった。やがて、シングーは村の子供たちの中でも体力と知略に優れてメキメキと頭角を現していき、いつの間にかシングーの両の掌に丸と十字の聖痕がそれぞれ浮かび上がるとシングーの身体能力が一気に跳ね上がり洞察力に優れ自然に愛される才能を見出していった。
そんなある日のこと、アルナスがシングーに声をかける。
「シングー!魔物が村を襲ってきた!外に出るんじゃないぞ!」
「分かったよ!父さん!」
シングーが暮らす場所は辺境であるため、村の周りに広がる森には魔物が住みついて度々人里を襲っては食糧を奪ったり、人を攫ったり、あるいは食い物にしたりと事件が多い。さらに魔物は他の一般的な生物よりも魔素というエネルギーをその身に多く宿している魔法生物で多くの人間には害となるものだ。シングーはそんな魔物の恐ろしさを理解しているが、それと同時に少年らしく年相応に魔物に興味も持っている。
「まだ日が高いのに人間の領域に踏み入るなんて妙な魔物だな?どんな奴か見てやろう!」
シングーは自前のナイフとスリングショットを手にし、こっそりと襲撃されている場所へと向かう。そうして着いた場所では既にギルドから来た〈冒険者〉や村人達が武器を手にして魔物に応戦をしている。ギルドの冒険者とは、ダンジョンの探索や魔物退治などの様々な依頼を受けて報酬を得ているスペシャリストで、魔物討伐には退魔レベルに見合った冒険者を募らせる。その職種は様々で習得したスキルのランクによってレベルが更新され、大抵は退魔レベルが10以上になれば駆け出し冒険者を卒業してジョブを認定され、多くの称号を獲得していけば国王から名誉ある称号を授けられるようになっている。今この場では大きな魔物が茂みから辺りを伺いながら、冒険者達や数人の村人と対峙している。緊迫した空気が張り詰め、冒険者達は魔物への注意を怠らないように身構えている。
ズドンッ‼
刹那に大きな地響きがしたと同時に禍々しい紋様が体中に広がっている黒い巨大な猪の魔物が人だかりに向かって猛烈に飛び出してくる。
「来るぞ!衝撃に備えろ!」
「ミサイルボアが網にかかったら一気に仕留める!」
ミサイルボア〈鎧猪〉は体高3mを超える魔猪であり、人里では大量の農作物を食い荒らす上にミサイルボアが通った所はその魔素により土地を蝕んで植物に悪影響を及ぼす厄介な魔物だ。外皮が非常に硬く反り返った長い牙と猛烈な突進により城壁をも粉砕してしまう威力を発する。推奨退魔レベルは30以上が必要で場合によっては軍隊を投入するクラスの魔物である。対抗策として沼地に誘ったり、網などで足を絡めたりして身動きをとれなくしたところを大勢で叩くことだ。
「ミサイルボアか!バリケードの設置してあるところに網を張り巡らせて周りから大人達が覆い被さる作戦かな?大捕り物が見られそうだ!」
戦闘の様子を観察しているシングーはその巨大な魔物を見つけて興奮するが、木の陰から静かに魔物討伐の様子を窺う。狩場では大人達が一斉にミサイルボアに矢を放つもそのほとんどが弾かれるが、それは魔物をトラップに誘い込むように仕掛けているようだった。
「大人達の弓矢が通らない分厚い皮膚じゃ僕のナイフも役に立たないな。・・・動いた!」
ミサイルボアの突進によりバリケードが突破されると同時に、周りにいる大人達が網でミサイルボアを絡めとり、すかさず冒険者や村人達が攻撃する。ギルドの冒険者であろう〈剣士〉の男が剣に魔法を付与してミサイルボアに剣を振り下ろす。
「剣よ!岩を断て!『ロックスラッシュ』!」
剣士の剣に魔法が付与されて剣撃の威力が上がるとそれをミサイルボアにお見舞いする。ミサイルボアがロックスラッシュによろめくと、すかさず〈魔術師〉の女がミサイルボアに氷魔法でできた矢を放つ。
「氷の矢よ、敵を貫け!『アイシクルショット』!」
無数の氷の矢がミサイルボアに降り注ぐ。地面に刺さった氷の矢が凍結していき足場が凍り付いたミサイルボアの動きが鈍くなったところへ〈武闘家〉の男が肉体強化の魔法を伴って畳み掛けていく。
「強化!『アップテンポ』!オラアアアア!」
ギルドのパーティー達が剣技や武術、魔術などを使ってミサイルボアを攻撃するが、退魔レベル中級ランク程の技でも、硬い皮膚のせいで中々ダメージが通らない。シングーはそれを見ると、むつかしそうな顔をする。
「冒険者が7人くらい来ているのかな?でも時間がかかりそうだなあ・・・うわっ!何人か吹っ飛ばされた!」
暴れるミサイルボアの強襲にやられた人々にシスターの姿をした女が近づく。
「怪我人は私の所へ来てちょうだい!神よ、この者をお救いください。『ヒール』!」
怪我人達は癒し手の〈ヒーラー〉による回復魔法で傷を癒し、軽症の者はすぐに魔物との戦闘に加わる。ヒーラーとは、冒険者のパーティーメンバーの中でケガなどを回復する役割を持ち光属性の治癒魔法を主に扱うジョブである。
「おいおい!網が引き摺られているぞ。もう限界だ!」
「一旦引き上げだ!村の人達は下がってください!我々が化け物を追い出します!」
冒険者達が村人を引き上げさせてミサイルボアを村から離れるように誘導する。
「あ~あ、ミサイルボアが逃げ出しちゃったか?冒険者達は引き付ける役割もするのか。」
だが、ミサイルボアの引率先は木に登って身を潜めていたシングーのいる方角だ。
「・・・あれ?冒険者達、こっちに来てない?ひょっとして、ここヤバいのか?」
その通り。冒険者達に向かって凄まじい突進をするミサイルボアは木々を薙ぎ倒しながら走っていき、シングーの登っていた木も圧し折ってしまう。
バキバキッ!ベキベキッボッキン!
「ウワアア――――‼」
シングーが木から落ちてしまいそうになるが、他の木の幹にナイフを突き立ててぶら下がり、ゆっくりと地上に下りていく。
「あっぶねー!ヤバいな。あのマッチョ!」
ミサイルボアに毒づくシングーの存在に気付いた冒険者が声を上げる。
「ちょっと待って!あそこから子供が落ちてきた!」
「なにっ⁉何でこんなところに?マズイ!魔物が子供に向かっているぞ!」
ミサイルボアは標的をシングーに替え、そのまま突進して迫っていく。シングーはナイフを手にしてミサイルボアと向かい合う。
(アレを使うか。)
シングーは瞬時に‟相手の動きや弱点を見抜く„スキルである『縁起識』を発揮させてミサイルボアの攻撃をギリギリのところまで引き付けて全身を翻して躱す。
「まあっ!あの子、すんでのところで突進を避けたわ!」
「ああ!まるでどう動けばいいのかを知っているかのようだ。」
人は魔法などを駆使するためにスキルを学び会得していくが、生まれながらにして授かった天性のスキルは〈ギフト〉と呼ばれ、人によって様々で優れた才能や異能な固有スキルとして稀に発現する。シングーは自身の能力が開花すると、それに見合った鍛錬をしてきたこともありミサイルボアからの攻撃を避け続けることが可能になっていた。そして、その観察眼によりミサイルボアへの対処法を理解する。
(左顎下から心臓へと斜めに突き刺すことで仕留められる。だけど、ナイフでは時間がかかる上に魔物との体力勝負では厳しい・・・。それなら!)
「そこのお兄さん!剣を貸して!」
シングーは冒険者達を背にするようにして近付き、その中にいる剣士に声をかける。
「何を言っている!危ないから下がって!」
「そんなこと言っていられない!もうヤツはこっちに狙いを定めている。」
渋っている剣士にシングーはミサイルボアを指差すと、ミサイルボアの進行方向の直線上にはシングーと冒険者達が並んでいる。
「クソッ!ええい、ままよ!」
剣士の男はやけくそに剣をシングーに投げてよこすと、シングーは剣の軌道を見ずに後ろ手でそれを掴み取る。
「なあ⁉お前、後ろに目でも付いているのか?」
シングーにはもう一つギフトと言えるものがある。それはモノに宿る息遣い、空気の流れ、大地の変動などそれらを‟伝い聞いて呼応することが出来る„『円融道』のギフトだ。シングーは剣をいつでも抜けるようにして構え、ミサイルボアに対して凛として睨みつける。一瞬だけミサイルボアは怯むが、直ぐに突進の態勢に移る。
「イヤアア――――ッ‼」
女性の冒険者が悲鳴を上げた次の瞬間、ミサイルボアが倒れこむ音が響く。それを見た冒険者達は目を丸くして感嘆の声を上げる。
「ウソだろ⁉マジでやりやがった!」
「ああ!というか、いつの間にミサイルボアの間合いをあんなに詰めた⁉」
ミサイルボアが一歩踏み込んだかに見えた時には、シングーは既にミサイルボアの後方で剣を収めていたのだ。所謂、居合というものである。シングーはミサイルボアの亡骸に手を翳して、その思念の残渣を汲み取る。
「・・・そうか。君は仲間外れにされて行き場を無くした可哀想なヤツだったのか。」
シングーはミサイルボアの毛を抜いて地面に突き刺してその魂を慰める。やがて、茫然としていた冒険者達が我に返りシングーへ駆けつけていく。
「スゲェーな!ボウズ!村の子か?」
「私達心配したのよ。怪我はない?」
冒険者達がシングーを心配して次々に声をかけていく。シングーは親の言いつけを破っていることを思い出して内心焦りだしている。
「はい。あのぅこの事は村には内緒に・・・。」
シングーがこの場にいたことを内密にしてくれるように頼もうとするが冒険者達は鼻息を荒くして盛り上がっている。
「ヨッシャー!今から宴だ‼人を集めて英雄様をお迎えするぞ!」
「オオ――――‼」
「いや話を聞いて・・・。」
その晩、村では盛大に宴会が催されシングーは家から抜け出したことを親に怒られることとなった。
それから程なくして、シングーは隣にあるホコリ町のギルドへ迎えられた。彼はギルドの受付嬢から冒険者として認められる登録証明書を受け取っている。
「プファフィーデン村のシングーさんですね。こちらが冒険者の登録証明書です。あなたの適性は力、知、気、技、聖、魔、どれも素晴らしいものですが、ジョブとして最適なのは剣士と判断してこちらに登録しました。また、ジョブの変更は教会にて可能です。これからもより一層のご活躍を期待しております。」
ギルドは全国で職種別組合として冒険者にジョブの適性を図ったり、認定証の発行をしたり、仕事の斡旋をしたりするなど行う役目もある。こうしてシングーは冒険者として日が浅いながら少年とは思えない程の実力を見せつけてホコリ町のギルドでも一際その異彩を放っていく。
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