1章:エピローグ「エレオス神話」


 太古の昔、天地あめつちの間に、ひとつの楽園ありき。


 その名を“アエテルナ“


 万物が調和し、種族の垣根かきねなき黄金の時代なり。


 エルフは森の叡智えいちを歌い、ドワーフは岩の鼓動を打ち、セリアンは大地の力を誇り、フェアリーは風の如く舞う。


 そして“竜“は、天を覆う翼にて万物を庇護ひごし、絶対なる安寧をもたらしたり。


 人の子は、小さきかいなにて土を耕し、いしずえを築き、繁栄の“和“を繋ぐ者なり。


 彼らは、この光あふれる調和が永久とわに続かんことを願い、その地を永遠の意味を持つ“アエテルナ“と呼称せり。



 されど、光あるところに影あり。



 深き闇の底より、混沌を統べる“魔竜“と、その眷属たる“夜に棲まう者ノクス“現る。


 彼らは光をみ、混沌を愛し、人の子らを凌駕する力を持つ者なり。


 その数、星の如く。その魔力、深淵の如く。

 その牙、鋼を砕き、その悪意、毒の如く心を蝕む。


 彼らは、人の子の心に“疑念“と“憎悪“の種を蒔きたり。


 友は友を討ち、兄弟は血を流し、世界は混沌の坩堝るつぼと化す。


 これこそが、魔竜と夜の眷属が望みし地獄なりき。



 世界が絶望のとばりに包まれし時、天より“原初の光“降り立つ。



 竜は嘆き、そして決意せり。


 巨大すぎる混沌を封じるため、竜は自らの御身おんみを五つに分かち、世界の柱とならん。


 天を導く“聖竜エレオス“。

 地を浄化する“火竜ヴルカーノス“。

 悪を凍てつかせる“氷竜ゲルニクス“。

 正義を断つ“剣竜ヴィルディウス“。

 海を抱く“海竜オケアラーサ“。


 ――五つは一つ、一つは五つなり。


 五柱の竜は、未だ善き心を失わぬ人の子らを選び、告げたり。



『我が血肉、我が力、汝らに分け与えん。光を手に、夜を払え』



 竜の契約により、勇気ある者たちは剣を取り、魔法を放ち、五竜と共に闇を裂けり。


 火は穢れを焼き、氷は暴虐を封じ、剣は悪を断ち、海は傷を癒やし、光は道を示した。


 長き戦いの果て、夜は明け、魔竜とその眷属は彼方へと去りぬ。



 勝利の暁、光は戻りたれど、代償はあまりに大きかりき。



 竜たちは、その力のすべてを子らに与え、長き眠り、あるいは果てなき封印の戦いへと身を投じたり。


 民は涙し、五竜の盟主たる聖竜の御身おんみいだきて、大地の中央に白亜はくあの塔を築けり。


 これ即ち、聖都のいしずえなり。


 人々は塔につどい、眠れる竜へ“力“を返さんがため、祈りをささげん。


 その祈りは、いつしか“感謝“へ変わり、やがて“永遠の平和“を願う誓いへと昇華せり。


 故に、人はこの大地を、竜との誓いを込めて再びこう呼ぶなり。



 ――“アエテルナ大陸“、と。





 +



 このアエテルナ大陸に伝わる、聖竜エレオス神話の一節。


 エレオス教の教えは、全てこの神話をもとに定められたものであると同時に、この地に広く伝わる最も古い歴史書のひとつでもある。


 闇の眷属との戦いを終え、聖竜エレオスが眠りについてから、一二七五年の月日が流れた現在。

 "五竜は一つ"という教えのもと、本来ならば手を取り合うべき人類が、いまや信仰の解釈の違いや、大国同士の戦力の拮抗による“永遠の平和“を意味するようになったのは、歴史の皮肉であろう。



 ――その愛すべき"永遠"に、致命的な綻びが生じている事に、


 気付いている者は、まだ、多くはなかった。




 〜第1章・完〜


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落ちこぼれ騎士の「花嫁騎士団《ブライド・ナイツ》」 茶毛 @chage355

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