1章:28話「新しい仲間」


 “小騎士団スモール・オーダー誘拐事件“


 小騎士団“蒼穹の盾アズール・シルト“の団員が、何者かによって、誘拐、監禁された事件である。

 結論としては、誘拐された団員全員が、駆けつけた緑の騎士団グレーネ・リッター及び小騎士団によって無事に保護され、騎士学校へ帰還する事になった。

 しかし、誘拐された団員達の精神的ショックは大きく、事件に巻き込まれた団員の何人かは退団し、またさらにその中から、騎士学校を去ったものもいた。

 残った団員達も、今後は丁寧なケアが必要とされる状況にある事を、ここに記す。


 不可解なのは、団員達が“何者“かに誘拐されたと言う事だ。

 

 被害にあった団員達は、その精神状態から答える者は少なく、仮に答えた者でも『詳細には覚えていない』『仲間割れをしていた』『大きな火柱が上がって、色々なところが燃えていた』といった、断片的な状況しかわからない状況となっており、現場の詳細についてはなにもわかっていない。


 ショックを受けていた団員の一人が話した内容は『イースクリフの魔神が現れて、敵を皆殺しにしていった』という報告まで出ている。


 ――恐らく、あまりの出来事に、誘拐犯たちの激しい仲間割れを“魔神の仕業“と錯乱してしまったのだろう。


 確かに、誘拐犯のいたとされる拠点は巨大で、賊と言うには余りにも規模が大きかったと思われる。しかし、そこにあったのは、大量の焦げ跡、破壊され尽くしたやぐらや天幕で、魔獣の残骸も現場には残っていたようだ。このことから、“賊が何らかの原因で大量の魔獣に襲われた“、もしくは、“魔獣を使役していたが、何かの拍子で放たれてしまい、壊滅した“という結論となった。


 不可解な事件ではあるが、学生には精神的な影響以外、身体に対する被害などは確認されていない。


 ――きっと、聖竜エレオスの加護が、あったのであろう。と、この話は結ばれていた――。



 +



「⋯⋯ここか⋯⋯」


 二人の女性は、とある屋敷の前に立っている。

 ある程度、整備された屋敷。だが、敷地を囲む鉄柵は赤錆びて朽ち果てており、屋敷の屋根の先端に座るガーゴイルの石像は、片羽が根元から折れており、苦悶の表情を浮かべている。


「⋯⋯中へ、入ろうか⋯⋯」

「⋯⋯はいっ!」


 燻んだ金髪の少女が、そう声をかけると、もう一人の⋯⋯小柄で、綺麗な金髪の少女は、元気よく返事をした。



 +



「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


 僕は、屋敷の浴室にいた。

 ⋯⋯浴槽に、魔剣を突っ込みながら。


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


 僕は、自分の魔力を制御している。⋯⋯とても、集中、している。

 なぜ、僕がこんな体勢で、魔剣を湯船に突っ込むという奇行を冒しているかというと、

 

 ⋯⋯湯船を、沸かしているのだ⋯⋯。


 先の戦いより数日。⋯⋯あの戦いで、わかった事実。それは、この魔剣の能力だ。

 魔剣の能力は、恐らく二つ。“魔力の増幅“と、放たれた魔法の強制的な“炎属性の付与“だった。

 そこで、僕は閃いた。僕の属性は“風“とされているが、この魔剣を通せば勝手に“炎“に変わるというのなら⋯⋯。


 ――これで、湯を沸かせるのではないか、と。


 ⋯⋯僕は、自分が天才だと思った。これがあれば、かなり月々の生活費を抑えられる。

 女性ばかりのこの環境で、女性をお風呂に入れて上げられないのは申し訳がない。

 しかし、この浴槽は余りにも巨大で、普通に湯を沸かそうとすれば、莫大な費用が掛かってしまう。薪を割るのも楽じゃない。そんな事をすれば、一日はこの湯船に全て持って行かれてしまう。


 そこで、この魔剣の出番だ。外にあった大きめの石を湯船の中に入れ、浴槽が傷まないように木の台座に乗せた。石にはお手製の魔法陣を刻み、そこに魔力を流せば石があったまり、それで湯を沸かそうといった魂胆だった。


 結果は、成功。思ったより、大分しんどいが。


 なにがしんどいかといえば、この魔剣の特性、“魔力の増幅“にある。

 体感的には、流した魔力が、十倍になるような感覚だ。例えば、一を流せば十に、二を流せば二十になるような感覚。

 これが曲者で、要はピーキーなのだ。魔力を流し過ぎて割った石の数は、もう数えてない。

 ⋯⋯だが、これはいい練習だ。魔剣に流す魔力を、調整する。どんな時でも、自分の意図した魔力を込められるように、毎日できる、いい鍛錬。


 努力は、好きだ。自分が、いい方向へ変わっていくように感じるから。

 そう思うと、浴室に、騒がしい声が入って来た。



「レオンさまぁ〜! 助けてください〜!!」


 声の主はクロラだった。涙目になりながら僕に抱きついてきた。


「⋯⋯クロラ? どうしたの?」


 僕は一旦、魔剣湯沸器の役目を終え、クロラに向き合う。


「レオンさまぁ〜! トンカチで指を叩いちゃいましたぁ〜!!」


 泣きながら指を見せてくるクロラ。その指は真っ赤になっていた。

 大丈夫? と、声をかけながら、クロラをさすってあげる。⋯⋯回復魔法が使えない僕には、正直どうすることもできないが。


「レオンさまぁ、優しくしてぇ〜、服を脱がしてぇ〜」


 涙目が収まってきたクロラは、いきなりとんでもない事を言い出す。


「⋯⋯何を、言っているの?」

「暑いんですぅ〜、汗びっちょりなんでぇ〜、涼しくなりたいんですぅ〜」

「⋯⋯僕がする必要、ある?」

「ひどいですぅ! レオンさまぁ〜! こっちは指が痛いんですよぉ〜!!」

「⋯⋯⋯⋯しょうがない、なあ」


 僕はため息一つ。


「さっすがレオンさま♡ 前のボタン、外してください〜!」


 彼女はそう言うと、僕に胸を突き出す。

 そのとても豊かな双房が強調される形で、黒いポンチョのボタンを見せつけてくるクロラ。


 ⋯⋯本当に、シルフの所為だからな⋯⋯!


 僕は、今はここにいない桃色の少女に恨みを抱きながら、彼女のボタンに手をかけていく。

 ⋯⋯上から、一つ、また一つ。僕がボタンを外していると、クロラから声をかけられた。


「⋯⋯魔法の名前⋯⋯」


 僕はドキッ、とする。


「⋯⋯“グルート・リーゼ“に、“グルート・へーレス“、でしたっけ? しっかり聞こえてましたよぉ〜?」


 僕は冷や汗を流す。


「⋯⋯とっても、カッコいい名前です〜♡ あれって、あの場所で思いついたんですか〜?」

「⋯⋯頭の中に浮かんだんだ。⋯⋯そう呼べと、呼ばれたような、気がして⋯⋯」

「さっすが! レオン様!! かっこ良すぎて、クロラ、濡れちゃいそうです〜♡」


 ⋯⋯何が濡れるんだ。やめてくれ。

 そう思う僕だったが、上手く誤魔化せただろうか。

 本当は違う。あの魔法を、あの場所で作り上げたのは本当だが、名前は、その。⋯⋯昔魔法の研究で勉強していた時に、かっこいいと思った言葉をいくつも覚えていたので、それを繋げて思わず叫んでしまっただけだ。⋯⋯正直、僕は天才だと思った。


 ⋯⋯かっこいい、よね?



 ――レオンは、十五歳。ご満悦な彼は、現在思春期真っ只中であった。



 そう思いながら、ボタンを外していく。彼女の綺麗な肌が、どんどん見えてくる。


 (⋯⋯⋯⋯あれ⋯⋯?)


 すでに上から何個か、ボタンを開けている。なのに、露わになるのは彼女の柔肌だけで、下に着ているようなものが中々出てこない。


 ⋯⋯そんな筈は、ないよな。そう思いながら、僕はクロラにおそるおそる聞いてみた。


「⋯⋯⋯⋯クロラ⋯⋯。⋯⋯ちゃんと、肌着、着てる?」


 そんな僕に、クロラはにちゃ、とした笑みを浮かべながら、返答した。


「⋯⋯もっちろん、着てるよ〜? 靴下とぉ〜、ブーツ♡」


 ⋯⋯⋯⋯おかしいな、他にもっと、着るもの、あるよな⋯⋯?


「⋯⋯⋯⋯ねえ、まさかと思うけど⋯⋯」

「どうしたのぉ〜? レオンさまぁ〜?」

「⋯⋯クロラって、もしかして、ずっとこの格好だったの⋯⋯?」


 ⋯⋯格好。⋯⋯格好と、呼べるのか、こんなん⋯⋯。


「もっちろん〜♡ いつでも、レオンさまに〜、見て貰うためにね〜♡」


 ⋯⋯変態!!!!


 僕は走った。彼女から逃げるように。

 後ろから、「あっ、待ちなさ〜い!」と声がするのも関係ない!!

 僕は走った。走った上で、捕まった。

 仰向けになる僕。馬乗りになるクロラ。


「レオンさまぁ〜、みてみてぇ〜♡」


 彼女がポンチョに手を掛ける。馬乗りされてる僕は身動きが取れない!!

 クロラの裸が露わになるその瞬間、僕の頭上から声が響いた。


「⋯⋯レオン様♡ お客様が、いらしてますよ♡」


 甘い声で僕に語りかけてくるのはシルフだった。

 甘い声の筈なのに、その言葉に確かな“圧“を感じた僕は、


「⋯⋯はい」


 と、力無く呟く事しか出来なかった。



 +



 シルフに連れられて、僕は客間へと向かっていた。

 シルフはクロラに『現行犯で逮捕します♡』と言って後でどこかに連れて行くそうだ。

 クロラはクロラで、『お仕置きされちゃう〜♡ お仕置きしてぇ〜♡ レオンさまぁ〜♡』と言っていた。

 ⋯⋯今は考えないようにして、客間へ向かうと、そこには二人の女性がいた。


「⋯⋯エリザ⋯⋯!? それに⋯⋯ミーナ!!」


 客間で座っていたのは、燻んだ金髪に翡翠色の瞳をした少女、エリザと、

 ⋯⋯僕と同じような金髪で、蒼く大きな瞳をした小柄な少女、ミーナだった。


「お久しぶりです! レオン隊長!」


 彼女の名は、ヴィルヘルミナ・メルダース。愛称はミーナ。

 僕がこの魔剣と、恐らくは彼女達と出会った時の任務で、僕の小隊にいた隊員の一人だ。

 年は僕の一つ下の十四歳、学年は二年。制服から垂れる飾緒の色は緑と、白銀の毛皮を模した物の二つ。神聖魔法の適性と通称“風の学年“を表す彼女は、僕の後輩だ。


「ミーナ! 無事で、よかった!」

「隊長こそ、よくぞご無事で!」


 元気よく返すミーナ。彼女の元気さには、よく救われる。⋯⋯もう彼女の隊長ではないのだが。

 ノエルの快活さとは、また違う。彼女が大型犬だとすれば、彼女は兎みたいな雰囲気だ。


「ありがとう。ところで⋯⋯、わざわざ、顔を見せに来てくれたの?」


 僕は彼女達に質問した。もしそうだとしたら申し訳ない。

 ⋯⋯こんな辺境も辺境。歩いてくるのも一苦労なはずなのに。

 僕がそう聞くと、一瞬二人は黙ってしまった。

 少しの静寂。先に口を開いたのは、エリザだった。


「⋯⋯それもある。だが⋯⋯。今日は、レオンに話があって来た」


 ⋯⋯ただならぬ様子。僕は、察してしまったかもしれない。


 ――あの小騎士団誘拐事件の影響は大きく、被害を受けた団員の何人かは、退団したと聞いた。その中に、エリザがいたという事も。

 ⋯⋯その何人かは、騎士学校すら、辞めてしまったという事も。

 無理もない。あんな状況で、あんな悪意に囲まれて、自分がどうにかなるのも秒読みだったのだ。

 その恐怖は、きっと、消えない。⋯⋯僕は、失敗、したのだろうか⋯⋯。

 ⋯⋯いや、いい。助かった。身体に残る傷は受けていなかったはずだ。彼女達の心を癒すのは、僕である必要は無い。


 ――もしかして、エリザも⋯⋯。


 そう思いながら、一抹の寂しさを覚えながら、僕は、エリザの言葉を待った。


「レオン⋯⋯。私は⋯⋯」


 彼女は、たどたどしく続ける。


「⋯⋯レオン。私を」


 ⋯⋯僕は、覚悟した。


「私を⋯⋯。私たちを、お前の騎士団に入れてくれ!!」


 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯は⋯⋯?


「⋯⋯⋯⋯エリザ?」


 何を言って、と、続けようとするもエリザが続けた。


「⋯⋯あんな醜態を晒した後で、頼りにならないかもしれないが⋯⋯。私は、お前の騎士団で働きたいんだ」

「⋯⋯ちょ、ちょっと待って――」

蒼穹の盾アズール・シルトの件なら、気にしないでくれ、もう辞めて来た」

「⋯⋯そ、その話なら――」

「だから、何も憂う事はない。だから、私を雇ってくれ」

「⋯⋯い、いやだから――」

「私を、一生お前のそばに置いてくれ!!」


 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯は⋯⋯?


「⋯⋯エリザ? ⋯⋯いま、なんて⋯⋯?」


 エリザは、興奮した様子で話していた。自分が、何を言ったかも気にしていないように。

 ⋯⋯しかし、彼女は、自分が何を言ったのかを理解すると、顔を真っ赤にして怒鳴ってきた。


「⋯⋯っ!! 違う!! いや、違くはないが⋯⋯。でも違う!!」


 一体どっちなんだ。激昂しながら彼女は続ける。


「私はっ! ⋯⋯お前に、命を救われた!! この恩は、一生かけて返さなければならない!!」


 彼女は、続ける。


「だから、一生! お前の力になりたいんだ!!」


「⋯⋯私も、同じです⋯⋯!」


 エリザが言い終えた後、次に口を開いたのはミーナだった。


「私も、同じです! あの時、レオン隊長が逃してくれなければ、私はきっとここにはいません! だから、貴方に、恩返しがしたいんです!!」


 ⋯⋯エリザも、ミーナも、僕に命を救われた。

 ⋯⋯そんな事、気にしなくていいのに⋯⋯。


 僕はそう思ったが、これを立場を変えて考えた。


 ⋯⋯僕の“彼女達“。あの五人は、僕の恩人だ。僕は彼女達に、一生の恩がある。

 命を救われた。悪夢から手を引っ張ってくれた。この感謝は、一生、彼女達に返さなければならない。

 ――きっと、彼女達も、僕と同じ気持ちなのだろうか?


 ――だけど⋯⋯。


「⋯⋯⋯⋯悪いけど」

「お前がどう言うかは関係ない。顧問であるベルケ校長からは許可を貰ってきた」

「⋯⋯は?」

「ミーナもだ。実質的には、もうお前の小騎士団スモール・オーダーに入団している」

「⋯⋯え?」

「私は、いや。⋯⋯私たちは、もうお前に恩を返すと決めたんだ。だから、これから、よろしく頼むぞ!」

「⋯⋯いや、ちょ――」

「よろしくお願いします! レオン“団長“!!」

「⋯⋯待っ――」


 眩い笑顔を浮かべる二人に。押し通られてしまう、僕。


 ――僕は、気付いていた。“彼女達“の、視線に。

 僕の背中に、刺さるような、五人の目線。

 まるで、五本の矢が、背中に刺さっているような感覚。

 僕は耐えきれず、客間の窓から、飛び出した――。



「「「「「待てーーーーー!!!!!」」」」」


「うわぁぁぁっっーーーーー!!!!!」


 僕の背後から、五つの殺気。

 口々に「浮気は駄目ですよ♡」 「⋯⋯待ちなさい」 「⋯⋯スケベ」 「レオンさまぁ〜、お仕置きしてぇ〜♡」 「あはは!! 私も混ぜて!!」といった声が聞こえる。


 捕まれば、僕はただじゃ済まないだろう⋯⋯!!

 あの“軍団“以上の脅威を感じながら、僕は走り続ける⋯⋯!!



 +



 ――五人の美少女から追いかけられる深窓の令嬢(男)、レオハルト・フォン・リヒトホーフェン。

 彼は、自分の命の危機を感じて、屋敷の周りを走っている。

 だが⋯⋯。その表情は、とても明るい。

 まるで、この騒がしいが、穏やかな生活を楽しんでいるかのように。

 彼は、ついに五人の美少女に捕まり、もみくちゃにされている。そんな最中。

 彼は皆とずっと一緒にいられるように。


 ――静かに、祈るのであった。


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