1章:27話「騎士"達"の帰還」
――空が紫色に変わり始める。
東の空に、わずかに輝く陽⋯⋯、朝が、来る。
⋯⋯僕は、ノエルにお姫様抱っこで運ばれていた。
全身が動かない。指一本動かせない。身体には強い倦怠感。気を緩めたら、このまま寝てしまいそうだった。
歩けない団員さん達は、クロラが引く台車に乗せられて運ばれている。シルフは、その団員さん達を解放しているようだ。
乗り切れなかった人達は、ヒルダが糸で宙に浮かせて運んでいる。
ルナは、エリザを抱えて運んでいる。
⋯⋯エリザは、僕の外套に身を包んで、泣き疲れた子供のように眠っている。
先ほどの激しい戦いが嘘のように、静かな、穏やかな朝だ。
⋯⋯僕は、動かない体で、これからの事を考えていた。
⋯⋯命令、違反。脱走。
見つかったら、ただじゃ置かない、重大な違反。
⋯⋯最悪、処刑か。流石に、そこまではいかないとは、思うけど。
(退学は、免れないだろうなぁ⋯⋯。)
⋯⋯別に、最悪それはそれでいい。問題は、彼女達とどこで住むかだ。
⋯⋯自由貿易都市にでも移り住んで、そこで仕事をして生活するのもいいかな。いや、五人を養っていく。そんないい仕事が、果たしてあるだろうか?
⋯⋯それとも、傭兵、かな?
そんな風に頭を悩ませていると、元の野営地の近くまで着いたようだ。
⋯⋯野営地の前に、騎士達が集合している。応援に来た騎士、騎士学校の小騎士団もいるみたいだ。
小騎士団の指揮を取っているのは⋯⋯、なんと、ベルケ校長のようだった。
校長は、僕ら一行を見つけたようで、こちらを向いている。
他の騎士達も、それに吊られてこちらを見ているようだ。
(⋯⋯覚悟を、決めないとな⋯⋯。)
そう僕が覚悟を決めると、ベルケ校長がこちらへ歩いてきた。
+
「⋯⋯⋯⋯おはよう、リヒトホーフェン君。⋯⋯朝帰りとは、感心せんな」
校長は、あまりいつもと変わりないように見える。
⋯⋯僕には、それがとても怖く感じた。
怒っているような、呆れているような。⋯⋯これから出す処遇に、覚悟を決めているかのような。
「⋯⋯貴様ほど聡ければ、これから儂が何をいうかは、想像できるな?」
「⋯⋯⋯⋯はい」
「⋯⋯何があった。言ってみろ」
校長は、あくまでいつもと変わらない。荘厳で、威圧感のある風体で、僕にそう問いただす。
僕が、覚悟を決めて口を開こうとすると、先に口を開いたのはノエルだった。
「⋯⋯じゃーん! 見てみてー!! みんな助け――」
「わーっ!! わーっ!!!!」
僕は慌てて、ノエルの口を塞ぐ。⋯⋯正直に話すことがあるかい!!
僕たちがわちゃわちゃしていると、シルフが口を開いた。
「⋯⋯申し訳ございません。私が、レオン様に伝えた集合場所が、間違っていたようでして⋯⋯」
シルフは、本当に申し訳ない、と言った様子でそう伝える。⋯⋯とんでもない演技力だ。
「⋯⋯そしたら、奴らから逃げ出した彼女達がいて、保護したのよ?」
次はヒルダが、口を開く。さも当たり前のことをしたでしょう?とでも言わんばかりに。
「⋯⋯歩けない子達もいたのでぇ〜、急いで台車を作ってぇ〜、でも、遅くなっちゃってぇ〜」
クロラが身振り手振りで、まるで焦っているように話している。⋯⋯これが演技なら、クロラも相当だ。
「⋯⋯敵の中で、仲間割れがあったようです。超強いやつが、いたそうです」
ルナは、眉一つ動かさずにそう告げる。⋯⋯確かに、嘘は、ついてない。
「⋯⋯その隙に、彼女達は逃げてきたようです。⋯⋯ショックを受けている子達もいらっしゃいますので、どうか先に介抱してあげてはくれませんか?」
シルフはそう告げた。彼女は本心でそう言ったのだろう。これはもちろん嘘じゃない。
シルフの話を聞いていた騎士団達は、急いで
「⋯⋯
その様子を見ていた校長は、彼が連れてきた小騎士団の女性達に指示を出した。
女性騎士達が団員の元に向かうと、混乱しかけた台車の上が、少し落ち着きを取り戻す。⋯⋯泣き声も、多少、聞こえるが。
校長は、顎を撫でながら、さらに続けた。
「⋯⋯フム。なるほど。つまり」
⋯⋯校長は、ニヤニヤしながら、続ける。
「⋯⋯このスットコドッコイ、大間抜けな可愛い団長様が、集合場所を間違えて、その先で逃げてきた
「⋯⋯はい、その通りです。校長。⋯⋯すべては、私の、ミスです」
校長の言葉に、僕は返す。
「⋯⋯まったく。できたばかりではしゃぎすぎだ。お前達が面倒を起こすと、儂が面倒になる。⋯⋯次からは、気をつけろよ?」
校長は、少し微笑みながら、僕にそう言った。
「⋯⋯何にせよ、無事でよかった。お手柄じゃないか、リヒトホーフェン」
校長は、さらに続ける。
「
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯はい。⋯⋯⋯⋯申し訳、ありませんでした⋯⋯」
僕は、何故か零れそうになる涙を堪えながら、そう、呟いた。
+
「⋯⋯と、いうことだ。隊長殿、迷惑をかけたな」
「いえ、それは良いのですが。⋯⋯集合場所なんて、教えた記憶が⋯⋯」
「⋯⋯まあ、良いじゃないか。彼らも、無事だったのだし」
「⋯⋯そういう問題では、ありません。いくらあなたの教え子とはいえ、規則違反は規則違反。厳しい処分を与えなければ、騎士の士気に関わります」
毅然とした様子で、ベルケ校長と話す騎士隊長。そんな隊長に、ベルケは続ける。
「⋯⋯そうか、そうか。⋯⋯確かに、報告はせねば、なるまいな」
「⋯⋯そうです。可哀想では、ありますが⋯⋯」
「⋯⋯確かに、報告、せねばなるまい。事は“詳細“にな?」
「⋯⋯?」
隊長は、首を傾げた。この人は、何を言いたいのかとでも言うように。
「事の始まりは⋯⋯、確か⋯⋯。
「⋯⋯!!!!」
「目覚めたのは、陽が差した後。儂らがついた時にも、気持ちよーく、寝ておったな?」
「いやー、ご無事でよかった、よかった! そういうことにしましょう! 校長!!」
「いや、なに。話が早くて助かるよ、隊長殿」
ベルケは、悪戯をかました後の子供のように、笑みを浮かべてそう言った。
そんな隊長も、誤魔化すような笑みを浮かべながら、校長に話す。
「⋯⋯でも、本当に、ご無事でよかった。リヒトホーフェン様も、その仲間達も」
「⋯⋯本当にな。後の調査は任せるぞ。すまなかったな、心配をかけて」
いえ、と返す隊長。二人は、大人の顔に戻っていた。
「⋯⋯それでは、小騎士団全団、彼らを率いて、我らが騎士学校へ戻るぞ!」
ベルケ校長の号令で、皆は騎士学校へと帰還するのであった。
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