1章:25話「"さいきょー"」


 ⋯⋯もうすぐだ。もうすぐ、着くから。

 待っててくれ! エリザ!!


「⋯⋯⋯⋯っ」


 僕は歩き続けて、エリザのいる櫓の元へ向かっている。

 限界はとうに超えている。⋯⋯魔獣討伐の時には、一発で限界だったんだ。

 ⋯⋯それを、何回、放った⋯⋯?


 (⋯⋯考えても、仕方がない⋯⋯!!)


 体が悲鳴を上げている。骨が軋んで、肉が剥がれる音。他の事を考えたら、そのまま気を失ってしまいそうだ。

 ⋯⋯でも、本当に辛いのは、エリザ達だ!

 それに比べれば、こんなの全然平気だ!!


 ⋯⋯だが、


 ――目の前には、フェンリル。

 それも、一匹じゃない。


 (⋯⋯くそ、邪魔だな⋯⋯!)


 その数は、十や二十ではない。恐らくクロラの言うとおり、五十匹はいるだろう。

 ⋯⋯あの巨大なフェンリルが、五十匹。


 (⋯⋯くそ! やぐらまで、あと少しなのに⋯⋯!!)


 やぐらまで、あと五十メルも無い。

 今までの道のりに比べれば短い筈なのに、今では随分遠くへ感じる。

 どうしたら⋯⋯。⋯⋯そう思った瞬間、閃いた。


 ――飛べばいいじゃないか⋯⋯!


「シルフと⋯⋯、ヒルダ、いる!?」


 僕は、シルフと、先ほどから姿を消したヒルダを呼んだ。


「⋯⋯お呼びかしら、レオン?」


 そう言って背後から僕の両肩に手を置く。ヒルダだ。

 ⋯⋯いつの間に背後に!? と、思うのは今は後だ。


「二人とも、頼みがあるんだ!!」



 僕はヒルダの糸でぐるぐる巻きにされている。禍々しく脈動する糸が、今はやけに優しく見える。

 この間から、僕はこの糸にされるがままだ。⋯⋯捕まったり、宙に浮いたり。

 ⋯⋯でも、だからこそ、この作戦は成功する!!


「⋯⋯本当に、やるのですか⋯⋯?」


 シルフは困惑と⋯⋯、どちらかというと、心配している面持ちだ。


「⋯⋯大丈夫。僕には、みんながついてるでしょ?」


 そう言ってシルフに笑いかけると、彼女も笑みを溢した。


「⋯⋯はい、そうですね♡ ⋯⋯しっかり、送り届けますね!」

「頼んだよ、シルフ!」


 僕はそう言って、今度はヒルダに指示を出す。


「⋯⋯さあ、やってくれ、ヒルダ!」

「⋯⋯仰せのままに、我が主マスター


 ヒルダは妖艶に笑みを溢すと、思い切り僕を空へ投げた。



 ――僕は、空を飛んでいる。

 およそ、人ではあり得ないほどの高さを、飛んでいる。

 風を感じる。僕の周りには、シルフが呼んだ妖精が何人も踊っている。

 彼らは、僕の手を引くように、エリザのいるやぐらまで運んでくれている。


 ⋯⋯魔神は、炎の塊になって、僕の後ろをついてくる。

 下から見たら、僕はきっと太陽のように見えるのだろうな、と、こんな状況に似つかわしく無いことを考えた。

 下を見ると、さまざまな光。

 戦いの光じゃない。生きているものが発する命の輝きだ。

 ⋯⋯つまり、魔力。

 下だけじゃない。この空にも、空気にも、森も、山も、全てに魔力の光を感じる。

 ――綺麗だ。とても。⋯⋯とても、綺麗だ。

 戦場の火花ですら、僕の“眼“には美しい魔力の光の粒に見える。

 まるで、この世界の全てを理解したような気分になる。

 感じたことのない全能感に、思わず笑みが溢れていると、


 下で戦う、ルナとノエルを見た。


「⋯⋯ルナ!! ノエル!!」


 空からそう呼びかけると、ルナは少し驚いた雰囲気。ノエルは、楽しそうに笑っている。


「⋯⋯あとで迎えに来てね!!」


 ⋯⋯わかった、任せて! と、聞こえた気がした。


 下にいる、五十のフェンリルの群れと、残された弓兵。

 僕を狙うもの達は、次々と森から放たれた矢によって、一人、また一人と倒れていく。

 ヒルダ達なら、問題ないと思うが、彼女達の手を煩わせることもない。

 僕は、背後に控える火球――魔神に、次なる指示を出す。

 ――この魔法を放ったら、僕はもう立てないかもしれない。⋯⋯だが。

 ⋯⋯たとえ、立てなかったとしても。倒れてしまったとしても、きっと大丈夫だ。



「⋯⋯僕たちは、“さいきょー“、だからね!!」



 やぐらや、シルフ達に被害が及ばないよう、最小限で、最大の威力を。

 魔神よ、また僕に応えてくれ!!


 ――背中に控える火球が、魔神に姿を変えていく。

 まるで、空から世界を終わらせる魔神が君臨したかのように。


 ⋯⋯かつて、魔神の杖から放たれたその魔法は、

 ⋯⋯大地に深穴をあけ、そこは湖になったという!!  



 ――『魔神ヴェルテン王笏ツェプター』!!!!



 魔神の持った杖から、放たれた火球。

 その凝縮され尽くした炎は、炎とは呼べぬほど白く輝いていき、

 雷霆らいていを伴って、フェンリルの元に辿り着く。


 ――瞬間、まるで地上から噴火したかのように、

 白い炎と雷轟が、その地を岩盤から消し飛ばした。



 +



 ⋯⋯櫓へ、着地、する。

 シルフの妖精達のおかげで、全く衝撃もなく、やぐらへ舞い降りることができた。

 ⋯⋯しかし。


 (体が⋯⋯。いや、まだだ⋯⋯!)


 膝をついたまま、僕は立ち上がれずにいる。

 目の前には、倒れている、燻んだ金髪の、少女。

 ⋯⋯あと、もう少し。


 ――足がいう事を、きかない。


 ⋯⋯あと、もう少しなんだ!


 ――魔神の指から、“炎の糸“が伸び、

 僕の身体に、巻きついていく。


 ――『魔神の人形ヘルシャフト


 燃える糸は、僕の身体を、動かしていく。

 まるで、僕が魔神の“操り人形“に、なったかのように。


 ――僕が倒れる事は、僕が許さない。


 僕の身体は、勝手に足を進めていく。

 糸に引かれる手足は、僕の意思より早く、正確に動く。

 軋む骨の音すら無視して、魔神は僕をエリザの元へ運んでいく。


 彼女の⋯⋯。エリザの、元へ。


「⋯⋯エリザ。⋯⋯エリザ!」


 僕は、彼女を呼ぶ。

 ――わずかに、反応する少女。


「エリザ!!! 頼むから、起きてくれ! エリザ!!!」


 ――彼女は、ゆっくりと起き上がり、こちらを見た。


「⋯⋯レオン⋯⋯?」

「エリザ⋯⋯! 良かった⋯⋯目が覚めて⋯⋯!」


 ――彼女は、信じられないものを見るように、僕の方をじっと見つめている。

 僕はそんな彼女に、手を差し伸べた。


「⋯⋯遅れて、ごめん。迎えにきたよ、エリザ」


 ――彼女は、震えた手で、僕の手に触れる。

 彼女の翡翠色の瞳は、虚だったが。

 やがて、光が戻り、大粒の涙が溢れてくる。

 そして、彼女は、

 僕にしがみつき、

 ⋯⋯声を上げて、子供のように泣きじゃくった。


「⋯⋯ごめん⋯⋯なさい⋯⋯。⋯⋯こわかった⋯⋯。⋯⋯レオン⋯⋯!」


 それは、普段の凛々しい騎士ではなく、ただの怯えた少女の言葉だった。


 ⋯⋯そんな彼女を安心させる為に、僕はそっと、彼女を抱きしめた。


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