1章:24話「ある兵士の追憶」


 ――聞いてない、聞いてない、聞いてない!!

 こんなのは、全然聞いていない!!


 ⋯⋯なんで、こんな事になったんだ! 簡単な仕事だったはずだ!!

 ブリガンティアに向かって、待機するだけだった。それで終わりの筈だった!

 ブリガンティアの離反者と協力して、あの忌々しい“聖都“を攻め込む準備をするだけの筈だったんだ!


 ⋯⋯それが、なんでこんな事になったんだ。


 隣の奴は死んだ。敵に突っ込んでいった友達も細切れになった!

 こっちは矢を何本放っても、一本も当たりはしない!

 前線で剣を振っている奴にも、剣を合わせるどころか、髪の毛一本触れることさえできずに、皆細かくなって肉片に変わる!!

 こちらの指揮を取る隊長格は、引き継いだ瞬間、“矢“に貫かれて、死ぬ。今は誰もやろうとしない!!


 ⋯⋯簡単な、任務の⋯⋯。⋯⋯筈だったんだ。


 少なくとも、“人間“が相手だと聞いていた! 魔獣ですらない、“人“だと!!

 あんな化け物が⋯⋯。“魔神“が出てくるなんて、聞いていない!


 あの炎の魔神が、一歩動くたび、地面を焦がしていく。あの大剣を、振り下ろす度に地形が変わって行く!!

 人が死ぬ、とか、人が燃える、とか、そういうレベルの話じゃない!!

 人が“消えて“行くんだ!! なんの、痕跡もなく!!

 ⋯⋯後に、残るのは、⋯⋯消えない、炎のみ⋯⋯。


 ⋯⋯もう、だめだ。⋯⋯もう、だめだ!!


 ⋯⋯⋯⋯逃げよう。⋯⋯こんな地獄、もうこりごりだ!!


 そう決意すると、炎の近くにいた奴が悲鳴をあげ、しかし、その悲鳴はすぐに収まった。

 ⋯⋯炎の中から現れたのは、汗一つかいてない、涼しげな顔の真紅の髪と目をした、色っぽい女だった。


「⋯⋯随分、命が軽いようね。⋯⋯それなら、私が、もらってあげるわ」


 女はそう話すと、指先から赤い糸みたいなものを出して、周りにいた奴らに攻撃を加える。

 その糸が通り抜けた奴らは、一瞬の間の後、血の塊になって、地に落ちた。


 ――地獄。⋯⋯それは、ここだったのか。


「うわああぁぁぁぁっっ!!!!!!」


 もう、いやだ! 死にたくない!! 死にたくない!! 死にたくない!!!!


 俺は駆け出した。他の奴らも、同じようだ。

 俺は、走り続ける。⋯⋯後ろから、女の声。それと、悲鳴。

 俺は目の前にいる奴を押し退け、押し倒し、走り続けた!

 俺の身代わりになれ!! そう、思いながら。

 砂漠まで戻れば、なんとかなる。生き残れる。帰れるんだ!

 かあさんのところへ、帰るんだ!!!!



「⋯⋯あらあら、約束を、破ってしまいましたのね?」



 走り続けていると、俺たちの目の前に、“魔女“が立っていた。


 ⋯⋯ボロボロの、赤いドレス。左右で違う色の目。黒髪に金メッシュの色した、ツインテールの女。


 ――そうだ、この女が悪い。


 こいつから、始まったんだ。

 小騎士団スモール・オーダーを攫って、金を得ようと。

 そこの団長は、金持ちの令嬢だから、ふんだくれるだろうと。

 きっと、団員を大切にしているから、身代金はすぐに出るだろうと!!!!


「⋯⋯お、お前の、せいだ⋯⋯」

「⋯⋯あら、どうしてですか」

「⋯⋯お、お前が⋯⋯!あいつらを、攫えって⋯⋯!」

「⋯⋯あら、確かに。確かに、そう言いましたわ?」

「そうだろ⋯⋯。それで、こんな事になったんだ! あんな化け物が来ると知ってれば、こんな事はしなかった!!」

「⋯⋯あら、面白いことを、おっしゃりますのね?」

「⋯⋯っ!」

「⋯⋯あなた方も、随分と、楽しもうとしていたでは、ありませんか」


 男は、何も言えなくなった。周りに集まる、あそこから逃げ出してきたやつらも、状況が掴めてない。



「⋯⋯わたくし、お伝えしましたよねぇ。⋯⋯彼女達に、手を出してはいけない、と」



 ⋯⋯うるせえ!! と、なぜか言うことはできなかった。


 口は動くのに、空気が回ってこない。


 視界が上下に回る。


 ふと見れば、“魔女“の手には、いつの間にか二本の剣が握られていた。

 滴る血を、払いもせずに。



「⋯⋯だめ、ですわよ。⋯⋯“魔女“との約束を、破っては」



 ――その男は、回る景色の中で、


 自分が着ていた筈の鎧の“後ろ姿“を、


 ⋯⋯はっきりと、見た。



 (⋯⋯あれ、なんで、俺の、せなか⋯⋯)



 男は、首が斬られていた。

 周りにいた脱走兵達も、皆、首が無くなっていた。

 男達は、その断面から大量に血を吹き出し、



 そこには、大量の赤い噴水ができたのだ。


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