1章:23話「“イースクリフの魔神“」


 "イースクリフの魔神"


 イースクリフおよびグレーネラント諸侯にて広く伝わる伝説である。

 その昔、彼の者は厄災としてイースクリフに突如現れ、森であったこの地を広く燃え上がらせたという。

 その姿は伝承によって様々だが、広く共通しているのは山のような巨躯、常に燃え盛る髪と肌、そして四本の腕をもち、二本の腕で大剣、一本の腕で剣、そしてもう一本の腕で杖を持つという事だ。

 魔神はその大剣で森を薙ぎ払い、剣で大地を切り裂き、杖の魔法で大地に大穴を空けた。


 これに立ち向かったのが、この地を治めていたイースクリフの名士 "レンドルフ・リヒトホーフェン"率いる"緑の騎士団グレーネ・リッター"であった。


 彼はこの地に住まう多くの民を守る為に、この地を守る騎士達に協力を仰ぎ、団結して、魔神と戦った。その戦いは七日七晩続いたとされ、度重なる死闘の結果、ついにイースクリフの魔神を打ち倒したのだという。


 その戦いでイースクリフには森が無くなり、広大な草原が出来上がった。魔神が切り裂いた大地には大河が流れ、魔神が空けた深穴には湖が出来たとされる。


 グレーネラント諸侯のある、"輝く草原フィルティリス"と称されるこの雄大な大地は、魔神と騎士の戦いによる結果なのだ。


 "希望の丘"という意味を持つリヒトホーフェンはこの地で英雄とされ、多くの名士達が彼について行こうとした。しかし、彼はこれを拒み、次の言葉を残した。


『この地を救ったのは私だけでは無い。私"達"なのだ。これからも、この地に住まう誰かが困った時、我々は団結して、その困難を振り払おう』と。


 彼は自身の地、イースクリフへと戻り、その結果、この国は1人の主権国家としてでは無く、"緑の騎士団グレーネ・リッター"の各々が各自の領地を治める"諸侯"となり、その全体を緑の騎士達の国"グレーネラント諸侯"と名付けたのだ。


 戦いの結果、聖都からも讃えられ、貴族の称号である一節をたまわられたかつての英雄、"レンドルフ・フォン・リヒトホーフェン"の名の下に、誰かが困難に陥った時、諸侯全員で団結して立ち向かうという"盟約"を是として。


 そして、この"魔神"は、英雄によって打ち倒された後、様々な形でこの地に復活する事になる。



 "夜遅くまで起きていると、イースクリフの魔神に襲われちゃうよ"、"いい子にしてないと、魔神のところに連れていっちゃうからね"。

 "悪い子は、イースクリフの魔神にさらわれちゃうからね"と。


 かつて人々をおびやかした"イースクリフの魔神"は、今はこの地に住まう子ども達の一番の脅威であり、今でも子ども達に言う事を聞かせる為、人知れず戦っているのだ。



 +



 "悪い子は、イースクリフの魔神にさらわれちゃうからね"


 僕も小さい頃、よく言われていた気がする。

 絵本に書いてあった、四本の腕を持つ炎の魔神。これが怖くて、夜、眠れなかった。


 その絵本を読んでくれた人の顔は、今では思い出せない。

 その記憶が正しいものなのかも、僕にはわからない。


 でも、いい。今はそれは重要じゃ無い。

 これは、圧倒的な"想像イメージ"だ。

 山のような巨躯で、燃え盛る髪と肌を持ち、四本の腕で、大剣と剣と杖を持つ。凶暴で、威圧的で、絶対的な絶望を与える、炎の魔神。


 僕は、この"眼"の僅かな動きだけで、指でも描いたことが無いような精密で緻密で複雑な魔法陣を、目の前に描き出していく。



 +



 ――見る人が見れば芸術、いや、それどころか神の御業とも思える精緻な幾何学模様。

 指という筆すら使わずに、ただ目を僅かに動かすだけで、人の手では到底描けぬ程の芸術が、高速で描き出され、世界に刻まれていく。


 彼の"眼"は、冷たく深い紫色に激しく輝く。妖しく、その激情を燃やすように。


 神業によって描き出された、神をかたどる為の魔法陣。


 彼は手に持った魔剣を両手で高々と掲げ上げ、その芸術作品を魔剣で壊そうとしていた。



「⋯⋯悪い子は、連れて行かなきゃね」



 穏やかさと、明らかな狂気を含んだ呟きの後。



 ――彼は力一杯、魔剣を振り下ろした。



 +



 ――魔法陣が破壊され、飛び散った魔法が空に溶けていく。

 僕の後ろに、明らかに異常な熱気があるのを感じた。

 それはどんどんと大きくなり、その全長は恐らく二十メルにも届くだろう。

 あの目障りな“やぐら“よりも、遥かに高い。


 四本の腕を持ち、髪と肌を燃え上がらせ、大剣と剣と杖を持つ。

 伝説と、伝承の中にしか存在しない筈の、その魔神は、

 この地に、再び舞い戻った。

 

 ――大魔法『イースクリフの魔神グルート・リーゼ』!!!!


 燃える魔人は、まるで怒りの咆哮を上げるかのように、

 その力を、存分に振るう。


 僕は二本の腕で持った、この重い魔剣を上段に掲げる。

 僕の後ろに控えた魔神も、その身の丈程ある大剣を同じく天へ掲げ、

 敵集団に目掛け、無慈悲に叩きつける!


 ――『魔神の大剣ギガント・クリンゲ』!!!!


 轟音と共に放たれた一撃は、その一帯を焦土にし、そこにあった“もの“が音もなく消滅していた。

 

 ――その地に残るものは、熾火おきびとして残る炎だけ。


 ⋯⋯凄い、僕の動きに、付いてくる⋯⋯!


 魔神は、まるで僕の“操り人形“のように、一瞬も遅れずにその動きを同じとする。

 僕はルナとノエルの場所を確認し、彼女達を避けるように、また敵が最も多いであろう場所に、再度大剣を振り下ろす。


 ――多くの命。たくさんの命が、断末魔さえあげずに、虚無へ消えていく。


 ⋯⋯いや、“人でなし“。⋯⋯ここにある“もの“は、その罪をその身を持って償わせてやる。


 そう、僕は決意すると、敵陣地へ向かい、歩み始めた。


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