1章:22話「下衆」


 ――何が起こってやがる!!


 敵は、たった五人だったはずだ!!

 こっちは一千人を超えているんだぞ!!

 なんで、たった五人相手にして、こんなに被害を受けてんだ!!

 そもそも、本当に五人なのかよ!! 報告が間違っているんじゃないのか!!


「⋯⋯ふざけやがって。⋯⋯ふざけやがって!!」

「指揮官! 報告です!!」

「なんだ!! この、クソ忙しい時に!!」

「前線は崩壊!! 敵、なおもこちらに進撃しております!!」

「知ってるよ、そんな事は!!」


 やぐらの主――指揮官は、声を荒げていた。

 敵は、たったの五人。五人の、はずだった。にも関わらず、受けている被害は尋常ではない。


 一千人以上いた軍は、その半数以上は減らされている。歩兵はたった二人になます切りにされ、弓を放っても一本も擦りやしない。

 にも関わらず、今度は相手が矢を放ってきやがった。しかも、急に空に現れた、それこそ一千人以上の鬼火の悪魔達が。


 それによってこちらの弓兵部隊はほぼ全滅。遠距離での攻撃はもうできない。

 それで、なおかつ前線には二人の人間が、未だこちらに向かってきてるときたもんだ。

 指示をしようにも、指示を受ける奴がいない。全員死んだのか?

 

 ⋯⋯こんなのは、戦いじゃない。まるで“災害“じゃねえか!!


「⋯⋯クソっ!!!!」


 指揮官は、うずくまっているエリザの髪を引き上げ、櫓から下に見せつけるように、端に立たせた。


「おい!! 聞こえてんだろう!! 化け物どもが!!」


 力なく項垂れているエリザ。その身体を隠す気もないように。


「おい!! この女が、どうなっても――」


 指揮官が、自分の言葉を言い切る前に、

 ⋯⋯ぷすぷすぷす、と、三回。何かが、刺さる音。


「っ! ⋯⋯なんだ!!」


 顔を顰める指揮官。痛む方向を見ると、エリザの髪を掴んでいた右腕に、


 手首、肘、肩と。三本の矢が刺さっていた。

 エリザと最も近い矢でも、エリザの髪一本にすら触れていない程の、正確な狙撃。


「っ! ぐぉっ!!」


 指揮官は右手を緩め、エリザは膝から崩れ落ちる。

 右によろける指揮官。だが、その先でも空から降ってきた矢が、左足の太ももに刺さる。

 その後も、指揮官がよろける先で、彼の体に矢が刺さっていく。まるで、自ら、矢の落下地点へと行くように。

 右によろければ、今度は右足の爪先。激痛にもがいていると、今度は左足。


「⋯⋯っ!! チクショウ!! 誰だ――」


 そう指揮官が叫ぶと、彼の眉間に矢が刺さっていた。

 その反動で、彼は空を見上げた。そこにあったのは、

 空から降ってくる、四本の矢だった。


 空を見上げた指揮官の顔、その両目、鼻、口に、同時に矢が刺さる。

 それが止めになったようだが、彼の足には矢が刺さっており、後ろへ倒れることすら許さない。

 彼は、まるで、膝をつき、頭を地面に擦り付け、頭を下げるように倒れ、死んだのだ。


 明らかに、狙われた、弓による狙撃。

 それを見ていた、やぐらにいた男達は、皆一斉にやぐらから降りようと走る。

 ⋯⋯しかし、それは許されなかった。彼らもまた、自ら矢の落下地点に飛び込んでいくように、夜空から降ってきた矢が脳天を貫き、死んでいった。



 +



 森にある木々。そこにある一本の木の上に、弓を構えた一つの黒い影があった。


 通常の弓とは違う、別々の素材を組み合わせ、組み上げた“複合弓“。

 滑車や歯車が組み込まれた、異様な形状の弓。弦を引き絞るたびに、ギギギ、と異質な音が鳴る。

 通常の弓と違い、威力も射程距離も桁違いなその弓を構えた影は、自身の“風“の魔法で、さらに長く、さらに強く、そしてさらに正確に狙えるようにしていた。


 その影は、指揮官だけではない。戦場で、指揮を取っていると思われる隊長格の人間も、一人、また一人と的確に狙撃していった。

 隊長が死に、それを引き継いだものも狙撃する。さらに引き継いだものも狙撃する。

 それを繰り返して、かの軍の指揮系統は混乱を極めている。


 彼女は、それを目的に、ここからずっと戦場を観察し、敵を殺してきたのだ。


 そんな彼女が、やぐらの上で、殆ど裸の女性を、あろうことか人質にしようとした敵の指揮官を見た。

 ――大切な、彼の。大切な、人。それを、あんな姿で、晒し者にした。


 許せなかった。だが、彼女の瞳は冷え凍えるのみ。

 その男も、的確に狙撃した。相手の動く先を予測して、そこに矢を落とすように。


 その男は、しっかりと彼女エリザに頭を下げた。⋯⋯許してください。命を持って償いましたら、とでも言うように。


 それでも、彼女の瞳は冷たいままだった。


 長い前髪から、たまに覗かせる“灰色の冷たい瞳“⋯⋯。


 「⋯⋯⋯⋯下衆が」


 クロラは、そう吐き捨て、


 闇に、溶けていくのだった。



 +



 ――そして、そのエリザを見ていたものが、もう一人⋯⋯。



 「⋯⋯⋯⋯エリザ⋯⋯?」


 僕は、その姿を、確かに見た。


 服は破かれ、殆ど裸の状態の彼女。

 燻んだ金髪を無理に引かれ、無理やり立たされた女騎士。


 ――瞬間。僕は、頭の中で、何かが切れる音を、確かに聞いた。


 ⋯⋯やってくれたな。


「⋯⋯やってくれたな。お前ら」


 心が燃える。僕の“魔導核コア“が、まるで感情を燃やすかのように、魔力を流しているのがわかる。


「⋯⋯やってくれたな。⋯⋯僕の⋯⋯。⋯⋯“俺“の、大切な人を⋯⋯!!」


 今まで、感じたことのないような、怒り。


 僕は、気付かなかった。



 ――僕の“両眼“が、異常なまでに輝いていたことを。


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