1章:21話「奇襲」


 ――今日は、月が、綺麗だ。

 あたり一面が、月明かりに、照らされていて⋯⋯。

 夜なのに、草原の草花が揺れる様まで、見えるようだ。


 風に乗って、新しくできた一つの“街“から、聞くに耐えない言葉が流れ聞こえてくる。

 下品で、粗野な、笑い声。鼻をつく、鉄と油と汗の臭い。


 ――こんな夜には、あんな下品な街は。


 ⋯⋯エリザの声が、聞こえた気がした。

 ⋯⋯助けて、という声が。


 「似つかわしく、ないな」


 ――基礎魔法『アロー

 

 ⋯⋯魔法使いなら、誰でも一番最初に習う、魔法学の基礎中の基礎。

 ごく一般的で、なんの変哲もない、ごく普通の基礎魔法。


 その魔法陣を描き、魔剣で叩き割る。


 ――この激情を、全て、込めて⋯⋯!



 +



 僕の放った火柱は、拠点の五分の一ほどを消し炭にした。

 一呼吸の後、鐘が鳴り響く。恐らく、襲撃の知らせだろう。


「ごめん、みんな。派手になっちゃったね」

「大丈夫よ。⋯⋯激しいのは、好きだわ。⋯⋯もっと、激しくてもいいのよ?」


 官能的に答えるヒルダ。⋯⋯攻撃の、事だよな。


「⋯⋯レオン、私たちの仕事を奪わないでください」

「そうだよ!! 私たちだって、早くエリザを助けたいんだから!!」


 不満を言う、ルナとノエル。


「ごめんね、わかったよ。⋯⋯頼んだよ! 二人とも!!」


「うん!!」

「⋯⋯御意!!」


 そう言って、黒の疾風と黄金の風が、僕の元から解き放たれた。

 敵もあの円形陣地から、次々と出てくる。それはまるで土砂のように。

 不安を押し殺し、彼女達を信じる。僕は出来ることをやるだけだ。



 ルナは、敵に突っ込むと、先ほどのように剣を振る。先程までと違うのは、一振りだけではないことだ。

 見惚れるほど流麗な動きで、澱みなく剣撃が続いていく。まるで清流のように。

 繰り出される威力は激流のようだ。入ったものを、理不尽に呑み込んでいく。

 彼女に近づこうとしたものは、皆例外無く細切れになった。彼女から遠ざかろうとしたものもまた、同じように赫へ変わる。

 敵陣を奔る黒い疾風は、通り過ぎた後、見事に赫だけが残った。


 ノエルは爆発的な魔力の奔流を周りに集め、白金の剣を周りに十三本出現させた。

 その内一本を手に取り、まるで指揮棒のように残りの剣を操り出す。

 それはまるでノエルの周りを踊るように、歌うように自在に動き、近づいたものを全て両断していく。

 普段の様子からは想像もつかない程、苛烈なまでの攻撃。まるで、彼女の内なる怒りを見せるかの如く、その剣たちは舞い踊るのだった。


 

「レオン様、敵の中腹に弓兵がいます! お願いできますか?」


 シルフの声。大量の弓を引き絞る音が僕の耳にも届く。


「⋯⋯わかった。矢は任せるよ」

「⋯⋯お任せ下さい♡」



 掃除の時のように妖精を呼び出すシルフ。掃除と違うのは、その数だ。

 夜に明かりが灯るように、その数を増やし、あたりを照らしていく。壮観だ。


 放たれた矢が風を切る轟音。それは、大量の矢の雨が降り注ぐ前触れだった。


 しかし、こちらへ向かっていたはずの矢は、全て僕らの“後ろ側“へ落ちていく。

 シルフの妖精が、風を起こして矢を逸らしたのだ。

 僕らの少し後ろに逸れた矢も、地に落ちるまでに粉々になっていた。

 ヒルダの“糸“。それは、僕らの周りを囲むように円状に広がり、通り抜けるものを全て切り裂いていた。



 (⋯⋯あの弓兵たちを、なんとかしないとな⋯⋯)


 ⋯⋯火柱はダメだ。ルナとノエルに当たる。

 相手と同じような“矢“なら⋯⋯。

 二人を飛び越えて、弓兵だけを、狙える⋯⋯!


 僕は“想像イメージ“する。

 頭の中で描く、発動したい魔法の“想像“

 “沢山の矢“、それを放つ、“沢山の弓兵“。

 ⋯⋯シルフのお陰で、見事な“創造イメージ“が、できた。


 ――それは、沢山の、“妖精の弓兵“。

 

 精霊と意思の疎通を図ることは、僕にはできない。

 ⋯⋯だが、“魔法陣“を通じて、僕の“想い“を伝えることはできるはずだ。

 僕は、精霊たちへと、この想いを紡ぐように魔法陣を描く。

 描いたこともないような、精密な魔法陣。これを本当に自分が作ったのか、と感嘆する程だ。

 

 その芸術のような魔法陣を⋯⋯。


 ――この魔剣で、叩き割る!



 ――大魔法『射手の軍勢グルート・へーレス』!!


 魔法陣が、硝子の様に砕け散ると、僕の後ろから赤い光が一つ、また一つと増えていく。

 指数関数的に増えていく“それ“は、恐らく千を超えるだろう。

 シルフの妖精とは違う。

 それは炎で象られた人型――いや、揺らめく“鬼火”のようだった。


 「⋯⋯構え!!」


 僕の号令で、“炎の妖精の射手“たちは弓を構える。


 「⋯⋯放てぇっ!!!!」


 その瞬間、まるで流星群の様に多数の矢が空に舞う。

 ⋯⋯流れ星と違うのは、それが死を伴って降り注ぐ事だ。


 放たれた死の光は、敵陣の中腹――弓兵部隊の頭上に降り注ぎ、


 その場所を、火の海に変えた。



 ――その場所に、地獄を作ってやったんだ。

 だが、忘れるなよ。その蓋を開けたのはお前達だという事を。


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