1章:20話「"女"騎士の"扱い"」


 森を抜けた先に広がる平野。普段なら、夜風が草木の匂いを運んでくるはずの美しいその場所は、今は鉄と油の不快な臭いに支配されていた。


 ――光の平原。そう表現すれば、美しい景色。


 ⋯⋯しかし、その中身はというと、地平を埋め尽くす無数の篝火かがりび、草原を踏み荒らして設営された、数え切れないほどの天幕。

 まるで、一つの街がそこに現れたかのような、圧倒的な物量。

 風に乗るのは、粗野な笑い声と、下品な言葉。鉄の擦れる音、そして、獣の唸り声だった。


 その都市の中心。一際明るく照らし出された広場に、その草原には似つかわしくない、異物が鎮座していた。


 ――巨大な、やぐら


 森から伐採した太い丸太を組み上げて作られた、高さ十メル(約10m)ほどの巨大な木製の台座。

 その頂上には、豪華な椅子に座り、酒を飲みながら下を見下ろす指揮官らしい男達の姿。


 ――そして、鎧を脱がされ、肌着となったエリザ達が、男達に縛られて囲まれていた。



 +



「⋯⋯しかし、これで手を出しちゃいけねぇとは。生殺しもいいところだぜ」


 士官らしき格好をした男は、酒を呑みながら周りの男達と話している。


「仕方ねぇだろ。あの“魔女“とやらが、『私のペットにするから、触れたら殺す』とか言うもんだから、俺たちゃ観て楽しむくらいしかできねぇだろ」

「しっかしよぉ、こいつらは相当な上玉だぜ? 手ェださねぇ方が失礼だろ? こいつらも、きっと期待してるぜェ〜!」


 ヒャハハハ、という下品な笑い声が響く。


 (⋯⋯どうして、こんなことになってしまったのだろう)


 エリザは、手を後ろに縛られた状態で、この状況を打開する方法を探っていた。

 ⋯⋯しかし、何度考えても、どうしようもない。こんな場所に、こんな数の軍隊がいるのだから。

 

 これは、明らかに戦争の準備だ。この周りを見渡しても、人影は五百は超えている。⋯⋯もしかしたら、一千人に届いているのかもしれない。

 それに、こいつらは粗野で下品だが、統一された装備、訓練された動き。ただの賊じゃない。明らかに正規兵のそれだ。


 (⋯⋯こんな奴らに、不意を突かれて⋯⋯。部下達を巻き込んで、団長に合わせる顔が無い⋯⋯!)



 あれは、魔獣討伐を終えた頃だった。

 任務が完了し、一通り魔獣の群れを掃討し、レオン達との集合場所に移動しようとした瞬間だった。

 現れたのは、一人の女性。元は上等だったであろう、所々切り裂き、引き裂かれた赤いドレスを身に纏った女。側頭部で二つ結びにした、金が混じった黒髪と、瞳の色が左右で違う女。明らかに異様で、明らかに危険な女だった。


 『⋯⋯ご機嫌よう、皆様。⋯⋯ちょっと、わたくしに付いて来て下さる?』


 そう言って、いつの間にか私たちの中心にいた。臨戦態勢にあった部下が一撃を放つが、そこにはもう誰にもいなかった。

 かと思えば、全く別の場所で部下の大楯が切断される。並の剣なら、剣が折れるほどの盾なのに、まるで果物を切るかのように、呆気なく盾は二つになったのだ。

 一人、また一人と気を失っていく部下。簡単に殺せるはずなのに、明らかに殺す気のない一撃。


 ――私たちを、生け取りにする意図は明白だった。


 あまりの状況の異様さに、パニックに陥った部下達も、一人、また一人と減っていき、最後はエリザ一人になってしまったのだ。


 それでも、戦おうとするエリザに、その女は言った。


「⋯⋯なつかしい、いいにおい。⋯⋯やっぱり、あなたの近くにおりますのね⋯⋯!」


 それが、エリザが聞いた最後の言葉だった。



 ――そして、気付けばこの有様だ。後ろ手に縛られ、足には枷。鎧は脱がされ、肌着のみ。恥辱に塗れたこの姿を、隠す事さえできない。ただ、この下品な男達の見せ物にされるだけの、私たち。


 ⋯⋯部下は恐怖で怯えている。泣いている子もいる。⋯⋯あまりの悍ましさに、床が濡れた場所もある。

 そんなエリザ達を眺めて、酒を呑んで笑っている下品な男達。


 ――あの女のお陰で、まだ無事、というだけ⋯⋯。


 エリザは、部下達を懸命に励ましている。大丈夫、きっと大丈夫だ。と。

 エリザだって、本当は信じていない。こんな状況で、助けが来るなんて。

 だが、それを認めてしまえば、たちまちエリザも崩れてしまう。畏れてしまう。もしかしたら、泣いてしまうかもしれない。

 だから、エリザは気丈に振る舞った。奴らの、思い通りに、ならないように。


 ⋯⋯そんなエリザの様子を見ていた男の一人が、悪魔のように囁いた。


「⋯⋯なあ⋯⋯。一人、反抗してきて、殺した、ってことにするのは、どうだ?」


 男が、呟く。


 意図を察知した男達は、何が言いたいか分かったようだ。


「⋯⋯いいねぇ⋯⋯! それはいいじゃねぇか! 反抗、してきたなら、しょうがねぇよな!」

「お前、バカの癖に賢いじゃねえか!」

「⋯⋯そうだよなぁ、我慢なんて、できねえよな!」


 口々に笑う男達。その下品極まりない言動に、エリザは顔を顰めた。

 ⋯⋯すると、男の一人と、エリザの目が合った。


「⋯⋯こんな状況で、部下を慰めて。泣けるねぇ。⋯⋯今度は俺たちが“慰めて“やるよ」


 心臓が跳ねる、エリザ。足は、震えている。


「⋯⋯こういう、気丈な女が、いいよなぁ。身体はちと、貧相だが」


 ⋯⋯やめろ⋯⋯。⋯⋯くるな⋯⋯。


 全く、声が出ない。エリザの願い虚しく、男達はエリザとの距離を詰める。


 ⋯⋯やめろ⋯⋯。⋯⋯やめてくれ⋯⋯!


 男の一人が、エリザの髪を掴んで、引き上げる。


「⋯⋯がぁっ!⋯⋯やめろ、離せ!!」

「強がンなよ、足が震えてるぜ?」


 ヒャハハ、と下品な笑い声。


 ⋯⋯やめろ⋯⋯。⋯⋯離してくれ⋯⋯。⋯⋯はな⋯⋯して⋯⋯。


 男は、エリザの肌着を破る。


「⋯⋯っ! ⋯⋯⋯⋯いやぁ! 離して!」


 露わになる、エリザの長い四肢。

 身体を隠すようにもがいても、男達を喜ばせるだけだった。


「へぇ⋯⋯? いい足してんじゃねぇか!」

「こんなの隠してんのはもったいねえよな!! ヒャハハ!!」


「⋯⋯やだ⋯⋯。⋯⋯やめて⋯⋯」


 力なく呟く、エリザ。


 ⋯⋯やだ⋯⋯。やめて⋯⋯。助けて⋯⋯。誰か⋯⋯。


 ――頭に浮かぶ、金髪の少年。


 ⋯⋯やだ⋯⋯。いやだ⋯⋯。離して⋯⋯。助けて⋯⋯。


 ――真面目で、努力家で、優しく、ちょっと生意気。


 男の顔が、近づいてくる。

 

 ⋯⋯こわい⋯⋯。やめてよ⋯⋯。⋯⋯やだよ⋯⋯。こないで⋯⋯。


 ――放って置けない。目を離したら、どこかへ、消えてしまいそうな。


 ⋯⋯おねがい。⋯⋯だれか⋯⋯。⋯⋯だれか、たすけて⋯⋯。


 ――⋯⋯大切な⋯⋯。⋯⋯彼⋯⋯。


 ⋯⋯レオン⋯⋯。⋯⋯たすけて⋯⋯!



 ――瞬間。


 ――エリザの、後ろで。


 ――轟音が、鳴り響く。



 +



「っ!! なにごとだぁっ!!」

「⋯⋯っ! 隊長!! 襲撃です!!」


 ――襲撃を知らせる鐘が鳴り響く。


「⋯⋯敵の数!! それが⋯⋯」


「なんだよ!! 早く言わんか!!」


「⋯⋯敵の数⋯⋯!! “女が五人“との事です!!」


 ――男達の、一瞬の、静寂。


「⋯⋯⋯⋯ハァ!? 女だけだと!?」

「ヒャハハハ!! 勇ましい事じゃねえか!! 追加の上玉が自分から飛び込んで来たってか!?」


 そう言って、男達は笑いながらエリザを投げ捨てる。


「⋯⋯良かったじゃねえか、嬢ちゃん達、助かるかも、しれねーぞ?」


 下品な笑い声が遠ざかっていく。


 床に倒れ込むエリザ。その床は、みるみると濡れていく。


 自分の醜態に気付く間も無く、エリザはうずくまり、啜り泣く事しか出来なかった。


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