1章:19話「“頼む“という事」


「はいっ! とーちゃく!!」


 ノエルにお姫様抱っこをされた状態で、彼女はやっと飛ぶのを止めた。僕が息を整えていると、そこには三人の少女達が待っていた。


「お待ちしておりました、レオン様♡ 脱出は、“うまくいった"でしょう?」


 ⋯⋯悪戯っぽく、彼女は続ける。


「⋯⋯今度はちゃんと“付いていきますからね“?」


 シルフは微笑みながら話す。⋯⋯やっぱり、騎士達に何か盛ってたのか。


「⋯⋯待ちくたびれたわ。さっさと済ませて、⋯⋯楽しみましょう?」

 ヒルダは、指で自分の身体のラインをなぞりながら、相変わらず妖艶に話す。


「⋯⋯スケベ」

 ルナは、眉一つ動かさずに、僕の状態とヒルダの姿を交互に見て、そう話した。


 思い思いに口を開く彼女達。⋯⋯スケベって。不可抗力だって。

 そうしていると、今度は森からクロラが現れた。


「レオンさまぁ〜♡ お待ちしてましたぁ〜♡」

「クロラ! ありがとう。ここを教えてくれて」

「そんなぁ〜♡ 謙遜しないでください〜、レオン様も、ここだってわかってたんでしょ〜?」


 そんな調子で話すクロラは、さらに続ける。


「敵は軍団規模だよぉ〜? 多分、数は大体一千人規模で〜。歩兵が八百人くらいと、重装兵が百人から百五十人くらいかなぁ〜。後、多分だけどぉ〜、魔獣も五十匹くらい、連れてるみたいだねぇ〜?」


 敵の状況を、緩い雰囲気で的確に伝えてくるクロラ。


「⋯⋯嘘でしょ⋯⋯? 斥候までしてきたの⋯⋯?」

「もちろぉ〜ん♡ レオン様に何かあってからじゃ〜、遅いからねぇ〜♡」


 ⋯⋯敵の軍団より、彼女の有能さの方が怖い。「⋯⋯やっぱり、ただの変態じゃなかったんだね⋯⋯」


「いやぁ〜ん♡ レオンさまぁ〜♡ もっと罵ってぇ〜♡」


 テンションが上がるクロラ。やばい、口に出てた⋯⋯。

 ⋯⋯それにしても、一千人規模⋯⋯と僕が眉を顰めていると、


「⋯⋯たった一千人かしら。随分、少ないのね」

「⋯⋯少ないですね」

「よゆーだね!! よゆー!!」

「あらあら、その程度とは⋯⋯、見くびられましたね♡」


 と、余裕の表情。⋯⋯一体、何と戦ってたら、こんな思考になるの⋯⋯?


「⋯⋯甘く見ない方がいいよ。何が起きるか、わからないからね」


 僕は彼女達にそう言った。


 ⋯⋯だが、そんな事じゃ無い。そんなことより、もっと大切な事を彼女達に言わなければならない。



「⋯⋯みんな。⋯⋯僕は⋯⋯」


 言葉が詰まる。


 これからの事を、考えるのが、怖い。

 ⋯⋯でも、言わなきゃ。


 彼女達は、僕の事を見ている。僕が何を話すのかを、落ち着いて待っている。


 ⋯⋯まるで、“ゆっくり、話して?“とでも、言わんばかりに⋯⋯



「⋯⋯僕は⋯⋯。僕たちは、これから、たった六人で、一千人の敵と戦うことになる」


 ――僕は、この小騎士団スモール・オーダーの団長として、団長らしからぬ辿々たどたどしさで、彼女達に話していく。


「死ぬかもしれない。捕まるかもしれない。本当だったら、僕一人で行きたいくらいだ」


 ――彼女達が僕の目の前からいなくなるのは、耐えられない。


「⋯⋯君たちを失うのは⋯⋯怖い。⋯⋯とても怖くて、耐えられそうにないんだ」


 ――だったら、一人で。そうも思った。


「⋯⋯でも、僕は⋯⋯」


 ――でも、僕にはそんな力は無い。魔剣を一回使っただけで、倒れてしまうような、貧弱な体では。


「⋯⋯エリザを、助けたいんだ⋯⋯。だから⋯⋯」


 ――僕一人では、彼女を助けられない。


「⋯⋯僕に、みんなの力を貸してほしい⋯⋯!」



 僕は、そう言って、みんなに深々と頭を下げた。

 僕は、人に頼むということを、あんまりした事がない。

 頼めるような人がいなかったというのは、もちろんあるが、本当の理由は。


 ――それを受けてくれた人に、僕は何も返すことができないからだ。


 僕の境遇は、余りにも酷い。

 だが、それを理由に誰かに助けてもらおうとすれば、

 僕は助けて貰ってばかりになってしまう。

 だから、僕は、一人でなんでもやろうとした。

 座学も、

 武芸も、

 魔法も、

 騎士学校の生活も、

 お金を貯めるということも、

 一人でなんとかしようとした。

 味覚の事だって、

 記憶の事だって、

 寿命の事だって、

 誰にも言わなかった。

 一人で頑張る為に。

 誰にも心配かけないように。

 誰にも心配されないように。


 返せるものを何も持ち合わせない僕は、


 ⋯⋯一人で、これからも頑張っていこうと思っていたんだ。


 でも⋯⋯。

 今回ばかりは、僕一人では、本当にどうしようもない。

 こんなに弱くて、情けない僕で、本当にごめんなさい。

 助けてもらってばかりで、何も返せない惨めな僕を⋯⋯!


 ⋯⋯どうか⋯⋯。


「⋯⋯どうか、僕の事を⋯⋯」


 ⋯⋯みんなの好意に、甘えるだけの僕を⋯⋯。


「⋯⋯助けて、ください」


 ――精一杯、僕は頭を下げていた。



 若干の静寂。一番最初に口を開いたのは、ヒルダだった。


「⋯⋯失望したわ、レオン」


 ヒルダの、呆れた、声。

 彼女は、僕の前に立ち、その指で僕の顎をくい、と持ち上げ、僕の目を真っ直ぐに見据えた。

 

「⋯⋯不愉快だわ。レオン。⋯⋯そんなに頭を下げないと、私たちがあなたの頼みを、聞かないとでも思ったのかしら?」


 心底、呆れた声でヒルダは僕に告げた。


「レオンさまぁ〜、流石にクロラも反省しますけどぉ〜、それはちょっと薄情ですよぉ〜?」


 クロラも少しショックを受けたような様子で話す。


「レオン様⋯⋯。私たちには、なんでも言ってくれて、いいんですよ?」


 シルフは、優しく続ける。


「⋯⋯もっと、頼ってください。もっと、甘えてください。私たちは、そのためにいるのですから♡」


 慈愛に満ち溢れた表情で、シルフは、優しく、伝えてくれた。


「⋯⋯ルナは、レオンの剣です。⋯⋯レオンの為だけの剣です。なんでも⋯⋯どんな事でも、お命じください」

「あら、ルナさんったら♡ “なんでも“とは⋯⋯大胆ですね♡」

「⋯⋯スケベ」


 そう言って、ルナは僕を見た。眉一つ動かさないが、その表情は優しげだ。


「大丈夫だよ!! レオン!!」


「私たち、さいきょー!! だからね!!」


 輝くような笑顔で、ノエルは続ける。


「だから、なんでも任せて!!」


「私たちならきっと、なんでも乗り越えられるよ!!」



 ⋯⋯視界が、熱いもので、滲む。


 そうだ。一人じゃない。

 僕は、一人じゃ、なくなったんだ。

 彼女達は、出会ってから、ずっと、僕のことを助けてくれた。救ってくれた。

 ⋯⋯きっと、これからも、ずっと⋯⋯。


 ⋯⋯溢れる想いを口に出したら、涙で前が見えなくなる⋯⋯。

 ⋯⋯⋯⋯だから、簡潔に。



「⋯⋯ありがとう。みんな。⋯⋯それじゃ、いこうか! エリザを、助けに!!」



 彼女達に、心からの感謝を。震えた声で、僕は伝えた。


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