1章:閑話2「夜の影」


 ――ノエルがレオンを連れてきている頃。


 ルナ、シルフ、ヒルダの三人は森の手前で彼らを待っていた。クロラがいないのは「ちょっと様子を見てくるねぇ〜」と言って先に森の中へ入っていったのだ。⋯⋯まるで、我が物のように木々の枝と枝を飛び回りながら。


「⋯⋯レオン、大丈夫でしょうか」


 ルナは切り出す。いつもは冷静で落ち着いているレオンが、あれ程までに取り乱し、そのまま気絶してしまったのだ。レオンを乱暴に捕まえていた相手を斬って捨てようとした彼女達だったが、彼が倒れてしまってからはそんな事は忘れて騎士達と共にレオンを介抱していた。


 騎士達に「なんで急に襲いかかったんだ!」と詰め寄られる中、ルナとヒルダは憮然とした様子で聞いていたが、シルフがあまりにも一生懸命に謝っていたので、二人もおずおずと謝ったのだ。

 ⋯⋯その後、クロラが指揮する中、騎士達とルナ達は野営の準備をしていた。そのあまりの手際の良さから、クロラは騎士団にスカウトされかけていた。


 シルフはというと、騎士達が持参した食材を使い、料理をしていた。『せめてものお詫びに、私が皆様へ食事を作らせていただきます』と言って、時折何かを混ぜながら料理を作っていたのだ。

 そんなシルフが作った料理を、騎士達はとても美味しそうに食べていた。中には、『こんなに美味い料理を食べたのは初めてだ!』と感涙する者、『お袋の味だ!』と言い号泣しながらかっこんでいた者もいた。


 ずるい、とルナは思ったが、シルフが『あれは食べちゃダメです。こちらを、お食べくださいね?』と言って、残った食材で作ったサンドウィッチをみんなで食べた。シルフ曰く、『アレは私の“特別“なものを入れているので、食べたら安心して眠くなっちゃうんですよ♡』と言っていた。


 その間、ノエルはずっとレオンの側にいた。これも『ずるい、私も一緒にいたい』とルナは思ったのだが、それは言わなかった。言えなかったのだ。


 レオンが倒れた瞬間のノエルの取り乱し方は尋常ではなかった。あの元気が服を着て歩いているような彼女が、『レオン、嫌だ、起きてよ⋯⋯!』と叫びながら号泣していたのだ。

 騎士達が、『大丈夫、気絶しただけだ』とノエルを宥めても聞く耳を持たずに、何かに取り憑かれたかのように彼の名前を叫び続けていた彼女は、レオンが気を失ってから片時も離れることはなかった。目を赤く腫らしたまま。


 そんなノエルの様子を見ていた残りの彼女達は、逆に冷静になってしまったのだ。大丈夫、気を失っただけ、と。


「⋯⋯きっと、大丈夫ですよ。ノエルさんもついていますからね」

「⋯⋯もし病気なら、ベッドに縛り付けてでも寝かすわ。敵が来ても、私一人で対処する」


 シルフとヒルダはそう口にする。ルナも大きな、大勢の気配を感じていた。⋯⋯恐らく、この森の向こうに一千人分はあるであろう悪意を。


「⋯⋯そうですね。ルナも手伝います。⋯⋯レオンの敵は、斬り捨てるのみ、です」


 ルナは、自らの決意を言葉にして吐き出す。彼女の世界には、彼一人で十分。彼の邪魔をするものは皆平等に価値がない。あの屋敷の雑草のように、刈り払い摘むだけだという、恐ろしく冷たい信念を。


「⋯⋯それにしても、レオンはあの女騎士に随分と入れ込んでいるようね⋯⋯。なぜかしら?」

「確かに、そうですよね⋯⋯。⋯⋯少し、妬ける程に」


 ヒルダとシルフは、ルナも疑問に思っていた事を切り出した。ルナも同じように考えたのだ。あの場所では不謹慎かもしれなかったが、心からずるい、と思っていた。


「⋯⋯なんとな〜く、レオンにとって大切な人だったんじゃない〜?」


 森の中から声。同時に、森からクロラが出てきた。声は明るいが、その灰色の瞳には強い殺意が宿っている。


「⋯⋯ずるい、ですね。⋯⋯ルナの方が、胸は大きいのですが」

「⋯⋯それをいうなら、私も負けてませんよ♡」

「⋯⋯私も、貴女よりはあるわ」

「⋯⋯ルナはサラシで締めてるだけです。ほんとはもっとあります」

「クロラも、も〜っとあるけどネ♡」


 口々にレオンがこの場にいたら困りそうなことを話す。微笑ましいような会話かも知れないが、森の向こう側にはそれなりの“大軍“がいるというのを全く感じさせない。


「⋯⋯とりあえず、その話は後でするとしてぇ〜、敵の数は全部で大体一千人。魔獣がいるかも知れないからまた見に行くけどぉ〜。⋯⋯烏合の衆だね。問題ない」


 クロラは、淡々とした口調で続けていく。


「⋯⋯でも、急いだ方がいい。彼女⋯⋯エリザちゃんに何かあったら、レオンが壊れる」


 クロラは言い切った。彼女の灰色の瞳に、これ以上ない程殺意を込めながら。

 その言葉を聞いた彼女達も、皆一様にして瞳に殺意を宿らせる。


「だから、皆も手伝ってほしい。レオンの願いを、叶えてほしい」


 クロラは、普段の様子からは想像がつかない程誠実に、あるいは切羽詰まった様相で彼女達に頭を下げた。


「⋯⋯頭を上げなさい。貴女に言われるまでもないわ。⋯⋯どの道、レオンなら、一人でも行くでしょうし」

「それなら、“必ず“私たちがついていきますからね♡」

「⋯⋯安心してください、クロラ。クロラの願いは、ルナ達の願いでもあります」

「⋯⋯ありがとう。⋯⋯敵の、様子を、見てくるね」


 三人からの言葉を受け取ると、クロラは震えた声で返し、森の中へ消えて行った。



 +



 ――夜の森を駆ける、黒い影は溢す。


 (⋯⋯ありがとう、皆。)


 その瞳は、感謝を滲ませていた。⋯⋯が、すぐにそれは消え、灰色の瞳は恐ろしいほど冷たくなっていく。


 (⋯⋯敵は、殺す。⋯⋯全員、殺す。⋯⋯例外なく、無情に、殺す。⋯⋯私が、彼の全ての業を背負う。)



 ――もう“二度“と、レオンを壊さない⋯⋯!

 レオンの心は、私たちが守り抜く⋯⋯!


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