1章:18話「潜出」


 夜が更けてくる頃、僕はいつも通り、長い髪を三つ編みにして、騎士鎧を着て、外套を羽織り、兜を被る。

 最後に、魔剣を背中に下げる。⋯⋯鞘はないので、布でぐるぐる巻きにしたものを。


 今夜。僕はこれから、重大な規則違反をする。

 “正規騎士による命令“を“破る“のだ。


 ⋯⋯今回は、退寮処分じゃ、済まないだろうな⋯⋯。


 下手したら、騎士学校を退学になるかもしれない。

 見方を変えるまでもなく、僕は脱走兵だ。お尋ね者になる可能性すらある。

 それほど重大な、軍規違反だ。これが戦時中なら、処刑されてもおかしく無い。


 ⋯⋯それでも、多分、大丈夫。

 ⋯⋯エリザ達が救えれば、後は彼女達を幸せに出来ればそれでいい。


 きっと、この魔剣が教えてくれたのだろう。

 今、ここで覚悟を決めなければ、今後一生後悔することを。


 僕は仮設テントを出て、人目に付かないようなルートで外を目指す。

 ⋯⋯なに、手慣れたものだ。騎士学校では、毎日やっていたのだから。


 ⋯⋯だが、何かがおかしい。静かすぎる。

 この時間なら、まだ起きている人間はいるはずだ。なのに、話し声どころか、虫の音さえ聞こえない。


 ⋯⋯まあ、いいか。僕にとっては、その方が都合が良い。


 僕は、移動している途中に見つけた、仕切りの僅かな隙間を見つけて、そこから外に出る。

 そこからさらに少し移動すると、そこにはノエルが立っていた。


「あ、レオン!! 待ってたよ!!」


 ノエルは輝くような笑顔を見せて、僕に抱きついてくる。


「⋯⋯ちょ、ノエル。危ないよ⋯⋯」

「いいの!! 大丈夫!! 私がついてるんだから!!」


 そう言って、彼女は鎧姿の僕を抱きしめ続けた。



 +



「クロラが言ってたけど、敵がいるとしたら、ここから南側の森を抜けた先だって!」


 ノエルが教えてくれた森の方角に向かって、僕は空を飛んでいた。

 ⋯⋯なぜこんな表現なのかというと、今度はノエルにお姫様抱っこをされて進んでいるからだ。


「レオン、疲れちゃうから、私が抱っこしてあげるね!!」


 そう言って、彼女は僕を乗せて、風のように走り始めたのだ。

 もちろん、拒否の言葉は伝えた。伝えた上で、この状況なのだ。


「あははは!! レオン、かるーい!!」

「⋯⋯う、うわあぁぁぁ!!!!」


 ノエルは、僕を抱っこしているにも関わらず、とんでもないジャンプをしながら、凄まじい速度で進んでいく。

 さながら、僕も風になったようだ。⋯⋯落ちる時の浮遊感が、本当に怖い。


「クロラ達は先に行ってるって!! クロラが道案内してくれてるんだよ!!」


 そう言って、ほら、とノエルが地面を指差す。⋯⋯僕をお姫様抱っこしながら。

 ノエルの腕の支えを失ってしまったので、僕はノエルに抱きつく形になる。そんなの悪いが見てる余裕ない!!


「わああぁぁぁ!! ノエル!! 危ないよ!!」

「あはははは!! 楽しいね!! レオン!!」


 これだったら、歩いて行ったほうが、安心だった⋯⋯!

 そう思う僕は、なすすべなくノエルにしがみ付いているのだった。



 +



 ⋯⋯とりあえず、この後の事を考えるとしよう⋯⋯。


 クロラの読みは鋭い。僕の予想も同じだ。

 地図を見た時、最も敵が前線基地を作りやすい場所。こちらから森を抜けた先は、平野になっていて、その一帯は地盤が固く、まだ砂漠化していないからだ。


 具体的な国境のない緩衝地帯となる場所。もし、こんな無茶な侵攻をするような馬鹿な奴らなら、その場所に拠点を置くに違いない。


 月明かりのみが照らすこの道路を、僕達は進んでいく。


 ⋯⋯だが、不安は尽きない。


 もし、軍としていたら?

 賊という規模でなく、軍としていたとしたら。僕はなす術なくやられてしまうかもしれない。

 ⋯⋯信じる、べきか。⋯⋯この魔剣の力を。

 この魔剣で、僕はエリザを助ける。だけど⋯⋯。

 

 ⋯⋯いや、信じよう。僕には彼女達もいる。きっと、大丈夫だ。

 もし、彼女達が危ない目に遭いそうになったら、僕は死力を尽くして、最期まで戦おう。


 その時は、悪魔にでも魔神にでもなってやる。


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