1章:17話「未来の記憶」


 夢を見ていた。


 夢であるべきなのだ。こんなのは。


 あたり一面は燃えている。肉の焼ける匂いが鼻を突く。今更、この力を振るっても、もう遅過ぎたというのに。


 腕の中には、確かに暖かい、温もりのある彼女。

 ⋯⋯燻んだ金髪を、後頭部で纏めた、翡翠色の瞳を持つ、少女⋯⋯。


 虚な表情。焦点の合わない目。傷だらけの身体。足には血がこびりついている。

 身体はこんなにも痣だらけなのに、顔のあたりだけは不自然に綺麗だ。商品価値を下げないためか。慰み者にした挙句、売り飛ばそうとしていたのか。


 彼女だけでなく、倒れている他の少女達も同じだった。皆一様に身体中痣だらけなのに、顔だけは傷物にするのを避けられている。同じように血のついたものもいる。


 これが、本当に人のやる事か。いや、人だからこそ、できるのか。


 "俺"は、昨日の事を反芻する。あの時、動いていれば。夜の段階なら、間に合ったはずなのだ。行くべきだった。命令違反を犯してでも。

 大切な彼女を壊してしまうくらいなら、それで処罰される方が 何億倍もマシだった。


 時は戻らない。彼女もまた、戻ることはないだろう。

 俺の知る、元気で、真っ直ぐで、誇り高い彼女には、もう会う事はできないのだ。

 それが確信出来るほど、彼女の状況は悲惨だった。


 俺が、俺だけがあの時、彼女を、彼女達を助ける事が出来たのに。それをしなかった。

 向かわない事を、選んでしまった。


 夢であるべきだったんだ。でも、現実にしてしまったのは自分自身だ。俺の選んだ結果なんだ。


 俺のせいだ。すべて、俺の、俺の、俺の。

 全部、俺のせいなんだ。

 ごめん、みんな。

 ごめん、エリザ⋯⋯。


 彼女達には、もう言葉は届かないというのに、

 この感情を吐き出しながら、謝る事しか出来なかった。



 +



 目を覚ますと、鼻をつく、包帯と薬草の匂い。

 目の横が濡れている。何かが、流れていたのだろうか。

 夢を見ていた。僕が知らない、“誰か“が泣いている夢。


 腕の中にいた少女の暖かさと、虚な表情が、今でも体に残っている。


「⋯⋯っ!!」


 僕は飛び起きた。頭痛はもう治まっている。


「ここは⋯⋯」


 恐らく、先程の騎士団グレーネ・リッターが設営した、仮設テントの一つだろう。

 ここの仮設ベッドに、僕は眠らされていたようだ。


「⋯⋯レオン⋯⋯!!」


 声の方を見ると、そこにはノエルが、椅子にちょこんと座っていた。

 不安そうな顔をしていたが、多少、元気になったようだ。だが、全盛期の彼女の輝きは、少し陰ってしまっている。


 僕が眠っている間の話を、ノエルから聞いた。


 僕が騎士達に羽交い締めにされた時、ルナ、ノエル、ヒルダ、クロラが止めに入った事。

 その後、レオンが倒れて、騎士達と彼女達で先にこのテントを設営して、僕を寝かせた事。

 騎士達に、こっぴどく怒られて、シルフが謝り倒してくれたこと。

 今では、シルフが騎士達の食事を作って、振る舞っていた事。そして、とても美味しいと泣いて喜ぶ騎士もいたという事。

 クロラ達はテントの設営を手伝って、いつもの何倍も早く終わって、騎士達に感謝されていた事。


 ⋯⋯グレーネラント、騎士学校からの援軍は明日の朝、到着するという事⋯⋯。


「⋯⋯ありがとう、ノエル。心配、かけたね⋯⋯」

「⋯⋯ううん、大丈夫⋯⋯」


 僕はノエルの頭を撫でながら、そう伝える。だが、ノエルは、僕にまだ何か言いたい言葉があるようだ。


 急かすことはせず、ノエルが口を開くのを待っていると、


「⋯⋯ねえ、⋯⋯レオン⋯⋯?」

「⋯⋯どうしたの?」


 僕がそう答えると、ノエルは続けた。


「⋯⋯私、やっぱり、エリザは、助けに行かなくちゃだと、思う⋯⋯!」


 ノエルは、少し不安そうに、しかし確かな意思を込めて、僕に伝える。


「私、エリザ、大好きだし⋯⋯! レオンも、きっとそうだよね!」


 ⋯⋯ノエルは、いきなり、とんでもない事を言うな⋯⋯。

 僕はそんな彼女に少し微笑んで、その言葉に返答する。


「⋯⋯腐れ縁、ってやつだね。⋯⋯ノエル。⋯⋯僕も、そう思うよ」

「⋯⋯レオン⋯⋯!!」


 ノエルの表情に、輝きが戻ってくる。


「⋯⋯夜が更けたら、出発しよう。⋯⋯手伝ってくれるかい?」

「⋯⋯うん!!」


 僕は、明るく返事をする彼女の頭を撫でて、感謝を伝えるのだった。


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