1章:16話「壊滅」


 集合場所から、約半刻ほどは走った。陽は殆ど陰っている。

 空の色が朱から紫に変化し始める頃、僕たちは黒煙の上がっていた場所に到着した。


「⋯⋯これは⋯⋯」


 その状況に、僕は絶句していた。

 破壊された馬車、切り倒された森の木々、わずかに燃え、抉られている大地、灰色の土。

 彼女達が持っていた、あの大槌や大楯も、いまは残骸となって地に横たわっている。

 大槌やハンマーは柄の部分から無惨な程ひしゃげており、大楯に至っては紙のように切断されて、その分厚い断面を覗かせている。

 そして⋯⋯恐らくは“血“であろう、所々に落ちている赫。


 ⋯⋯ここで激しい戦闘があったのは、間違いない。


 ⋯⋯嫌な予感は、なおも続き、下がる兆候を見せない。


 これだけ激しい戦闘の後なのに、人⋯⋯いわば、“遺体“の姿が無いのだ。これだけ凄惨な状態なら、恐らくは切り落とされた肉片くらいはあるだろうに、それも見当たらない。

 ――蒼穹の盾アズール・シルトの団員の姿を想像すれば、あまり考えたくないが⋯⋯。


 その瞬間、僕は、一番悍ましい事に気付いてしまった。


 ――彼女達の姿。外見。正体不明の賊。所属不明の装備。

 もし、人間同士の戦い、それもこの辺りに“いた“とされる賊との戦いで、"彼女達の姿が無い"とすれば⋯⋯。


 ⋯⋯まずい⋯⋯!


 そう思う僕だったが、周辺の異常を察知し、僕を含め彼女達全員が臨戦態勢に入る。


 ⋯⋯囲まれている⋯⋯!


 僕は剣を抜き、この状況に備えた。

 だが、待っていたのは、予想外の一言だった。


「⋯⋯おい、大丈夫か! 君たち!」


 穏やかながらも覇気のある声が、この場所に響いた。

 声の主は森から出てきた。それに続くように、沢山の“騎士“達が現れた。


 ――緑色の騎士鎧。“グレーネラントの騎士団グレーネ・リッター“だ!


「大丈夫か!? 黒煙が上がっていたから、救援に来てみたが⋯⋯何があったんだ?」

「⋯⋯グレーネラントの騎士様、ですね。私は、レオハルト・フォン・リヒトホーフェンと申します。⋯⋯エレオス騎士学校の任務で、ここに」

「⋯⋯! 君が⋯⋯あの⋯⋯! とにかく無事で、よかった!!」

「おい! 全員無事だったぞ! とにかく学生達を保護しろ!」

「怪我人はいるか!? すぐに連れてこい!!」


 口々に話す騎士団グレーネ・リッター達は、僕たちを保護してくれようとしていた。

 ⋯⋯だが、嫌な予感は消えない。


「⋯⋯リヒトホーフェン君。辛いかもしれないが⋯⋯。ここで何があった?」

「⋯⋯わかりません。我々も、つい先程ここに着いたばかりなのです」

「何? ⋯⋯それでは、どうしてここへ?」

「仲間が、いたはずなんです。魔獣討伐をしていた、小騎士団スモール・オーダーが」

「っ!! それは、本当か!? だが、この状況は⋯⋯」

「そうなんです! これは魔獣ではないと思われます! ⋯⋯恐らく、人によるものだと」


 隊長は、顎を撫でながら、続ける。


「⋯⋯そうとも、限らん。あの武具の残骸を見ただろう。大型魔獣の仕業の方が、まだ納得できる。⋯⋯仮に、賊の仕業だったとして、ここはどちらかというとブリガンティアに近い場所だ。賊の侵入を許すとは、到底思えん」


 すぐに援軍要請だ! と話す、隊長と思わしき騎士殿。


「⋯⋯今すぐ、助けに行きます!!」

「駄目に決まっているだろう! 夜になれば、騎士団は動けない! 夜の森の怖さを知っているだろう!!」

「⋯⋯!」

「それに状況がわからないし、こちらの数も少ない。第一真偽が不明だ。夜の間に調査を行う。明日の朝には援軍が到着するはずだから、それまで待機だ!!」

「⋯⋯っ!! それじゃ、遅いんです!!」


 僕は食い下がる。このまま、彼女達を放っておくわけにはいかない!!


「⋯⋯だめだ。これは、騎士隊長としての命令だ。“君たちは我々が保護する。明日の朝まで待機"だ!!」

「⋯⋯っ!」


 有事の際に行われる、“正規騎士“からの、正式な命令。これに背くことは、エレオス騎士学校の学生として、断ることは出来ない。


「⋯⋯っ!! でもっ⋯⋯!!」


 それでも、まだ食い下がろうとした瞬間。

 またも、頭の中に雷撃が落ちる。

 ⋯⋯しかも、今度のは、さっきよりも重い⋯⋯!


「⋯⋯っ!!」


 僕はまた膝から崩れ落ちる。頭の中には“記憶イメージ“が流れる。


 ――虚な表情。焦点の合わない目。傷だらけの身体。

 腕の中には、確かに暖かい、温もりのある彼女。


 ――⋯⋯燻んだ金髪を、後頭部で纏めた、翡翠色の瞳を持つ、少女⋯⋯。


 あまりにも鮮明な“記憶イメージ“。


「⋯⋯っ!!! エリザ、いかなきゃ!! エリザ!! エリザ!!!!」

「⋯⋯!! 誰か、この子を止めろ! パニックを起こしている!!」


 僕は、周りにいた騎士達に羽交い締めにされる。


 その瞬間、その場の気温が下がった気がした。彼女達が騎士達に殺意を向けたのだ。


「君! 君!! 大丈夫だ!!」

「ここは安全だ!! 私たちが守るから!!」

「誰か!! この子を落ち着かせろ!! 錯乱している!!」


 口々に騎士達は僕に心配と安心させるための言葉を投げかけてくる。


「違う! 僕じゃない!! 危ないのはエリザなんだ!!!!」


 ――頭痛が、酷い。


「「「レオンを、離して!!!」」」


 ――“記憶イメージ“が、止まらない。


「エリザ! エリザァァッ!!!!」


 ――あたまが、いたい⋯⋯。


「おい! お前達! やめるんだ!!」


 ――みんなが、きしたちに、むかってる⋯⋯。


「レオン様! レオン様!!」


 ――エリザがあぶない。エリザが⋯⋯、えりざが⋯⋯。


 最後に見たのは、僕に向かってくる、彼女達の心配そうな顔。


 ――みんな⋯⋯。えりざが⋯⋯⋯⋯


 そこで、僕の意識が、途切れた。


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