1章:幕間「魔女」


「⋯⋯⋯⋯ふふふ」


 静まり返った森の開けた場所で、一人の女性が笑っている。

 その左右で色の違う瞳――柘榴石ガーネット黝簾石タンザナイトの瞳は、恍惚に歪んでいた。

 彼女の周りには、蒼い鎧で身を固めた可愛らしい少女達が横たわっている。

 ⋯⋯その中には、燻んだ金髪の少女――エリザも、同様に倒れていた。


「⋯⋯⋯⋯やっと、見つけましたわ。“あの人“の、手がかり⋯⋯!」


 少女は一人溢す。その声は、明らかな狂気を孕んでいた。妖しく、危険な、婉麗な。まるで、この世の全ての淫美を込めたような少女は、誰も聞く人間はいない場所で、大仰な手振りで続ける。


「⋯⋯ああ⋯⋯! やっとですわ。やっと、たどり着きましたわ⋯⋯!」

「何度も、何度も、試した。⋯⋯そして、失敗した⋯⋯!」

「何度も、何度も、何度も。⋯⋯何度も、何度も」


 彼女は、まるで壊れてしまったかのように続ける。



「何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も」



「何度でも。でも、苦ではありませんでしたわ」

「愛する“あの人“の為なら、わたくしは何度でも、この地獄を続けてやりますわ」

「たとえ何度生まれ変わろうと。たとえ何に生まれ変われようと」

わたくしは、必ずや“あなた“の元へ馳せ参じますわ」 


 彼女は、頬に触れながら、なおも続ける。


「⋯⋯だから、待っていてください。わたくしの愛しい、愛しい、“だんなさま“」



 +



 彼女が、ひとしきり言い終えた後、森の中から粗野な男達が出てくる。男達は、その雰囲気に似合っていない程上等な鎧を着込んでいた。


「⋯⋯ははは、こりゃいい。全員上玉じゃねえか」

「たまんねぇな、これは、しばらく飽きずに済むぜ!」

「日替わりで楽しめるとは、最高だな」


 ヒャハハ、と下品な笑い声が森に響き渡る。一瞬、眉を顰めた彼女だったが、声をかけられて普段の様子に戻る。


「手だれだと聞いていたが、この数を一人で仕留めるとは、さすがは“魔女“ってとこか?」

「⋯⋯お褒めに預かり、光栄ですわ」


 男達は、感嘆し、あるいは畏怖した。魔女と呼ばれた少女の周りに横たわる女達は、あの忌まわしい騎士学校でも特に優秀だったのだろう。


 統一された装備、それも高級であろう鎧。彼女達の蒼い武具、全てが業物といっても過言ではなかった。

 彼女達の装備であろう大楯や大槌、巨大なハンマーなどは果物のように両断され、あるいはひしゃげて折り曲がっていた。


 ――それは、明らかに人のものではない。強力な魔獣に遭遇し、なす術もなくやられたと言われた方が、よっぽど信じられるような状態であった。


「これじゃ、野獣に襲われた方がマシだったかもな」


 ヒャハハ、という笑い声。その中に、とある声が聞こえた。


「⋯⋯じゃあ、俺はこいつで楽しませてもらうとするか」


 そう言って、倒れた少女の一人に手を伸ばす男。しかし、彼が少女に触れることは生涯無くなった。


 ――いつの間にか、その男の腕が、無くなっていたのだ。

 その断面が見えたのも束の間、遅れて鮮血が吹き上がる。


「⋯⋯っ!! ぎゃあああああ!!!!」


 笑い声の次は、悲鳴。その音で、男達は静まり返る。


「⋯⋯彼女達は、わたくしのペットにしますわ。⋯⋯勝手に触れたら、殺しますわよ?」


 酷く冷たい声音で話す少女。先ほどの呟きが嘘のように、酷く冷淡だった。その淫靡な手には、男の腕が掴まれており、その断面からは血が滴っていた。


 明らかな脅し。逆らった者はこうなる。あるいは、もっと酷いことに⋯⋯。そう思わせるに十分たる光景が、男達の眼前で繰り広げられ、静かに首を縦に振るしかなかった。


「⋯⋯よろしいですわ。くれぐれも“魔女“との約束は、破らないように」


 わかったよ、と吐き捨てる男達は、慣れないような丁寧な手つきで少女達を馬車に乗せ、運び始めていく。


 男達が去っていく頃、魔女と呼ばれた少女は、この騎士達が使用していたと思われる馬車を見つめる。


 ――瞬間、馬車が燃え始め、黒煙を上げていく。


「⋯⋯ご安心ください。“あなた“の大切な人は、わたくしがしっかりとお守りしますから」

「⋯⋯“あなた“に、嫌われたくありませんもの⋯⋯」


 魔女は、誰もいない場所に向かって、笑いながら一人呟いていた。


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