1章:15話「危機」
「⋯⋯もう、大丈夫だから⋯⋯。⋯⋯下ろしてよ、ルナ」
「⋯⋯だめです。絶対に離しません」
僕の願いを拒否したルナ。眉一つ動かさない彼女だが、その身に纏う雰囲気はいつになく不機嫌そうに見える。
フェンリルを無事に倒すことができた。魔剣の力も知ることができた。
とても強大な力。だが、これは気を付けなければならない。
⋯⋯これは、使い方を間違えれば、彼女達も傷つけてしまう。もっと、この魔剣の事を知って、使いこなさなきゃ⋯⋯。
この魔剣を試す際、彼女達を巻き込まないように距離を取った判断自体は、間違いでは無かったはずだ。
まずかったのは、それに集中しすぎて、あの巨大なフェンリルの接近を見抜けなかった事だ。
先の通り、フェンリルは無事に倒すことができた。しかし、問題はその後に起きた。
彼女達はすぐに僕の元に駆けつけてくれたが、彼女達が来る前に、僕は膝から崩れ落ちた。
足に、力が入らない。腰が抜け、膝が笑ってしまっている。⋯⋯魔力も、かなり減ってしまったようで、意識はあるが、全身に強い倦怠感を感じる。とてもじゃないが、歩ける状態にない。
五人は慌てて倒れ込む僕を支えてくれたが、その後、五人からこっぴどく叱られてしまったのだ。
「なんでそんな無茶したんですか!」
シルフは、包帯をしていても、その表情が見える程激怒しており、
「ひどいよ!! お願いだから!! もうやめてよ⋯⋯」
ノエルは泣きじゃくりながら、僕にしがみつき
「レオン様〜!! これは、おふざけじゃ済まされないよ〜」
クロラはふざけているようで、髪の隙間から覗かせる灰色の瞳は全く笑ってない。
「⋯⋯次にやったら、もう本当に屋敷に監禁するわ」
ヒルダはそう言いながらも、僕の手を掴んでいた。その手は、震えていた。
⋯⋯そして、ルナは。
「⋯⋯もう、許しません。もう、離さないですから。離れませんから」
ルナはそう言って、僕をお姫様抱っこするのであった⋯⋯。
「⋯⋯ちょ、ルナ! これは、ちょっと⋯⋯さすがに⋯⋯」
「⋯⋯だめです。⋯⋯やっぱり、もうレオンの言う事を聞くのはやめました。これからは私の思うようにレオンを守ります」
「⋯⋯無茶をしたことは、謝るよ⋯⋯。本当に、ごめん」
これは、僕の本心からの言葉だった。そして、
「「「「「絶対に許しません!!!!!」」」」」
僕の謝罪は、拒否されてしまうのだった。
僕は、ルナの腕の中――お姫様抱っこの状態で運ばれながら、全員で残りの群れがあるであろう場所に進んでいく。
⋯⋯これは皆に心配をかけてしまった僕が完全に悪いのだが、皆の足取りはとても不機嫌そうだ。
道中に魔獣が出てくると、全てヒルダが殲滅してしまった。⋯⋯まるで、八つ当たりをしているかのように、苛烈な攻撃を加えていた。
ノエルとシルフは、両サイドから僕の顔を覗き込んでくる。とても心配そうな表情をしているノエル。⋯⋯とても申し訳ない気分になる。
ルナの後ろにクロラ。いつも明るい彼女ではあるが、今は全く喋らない。冷たい雰囲気を滲ませながら、僕が少し指先を動かすだけで反応する程集中して、僕の事を監視しているようだった。
⋯⋯居心地の悪さを感じながら、どうする事もできない僕は、とりあえず、さっきの魔剣について考えることにした。
――この“銘無し“の魔剣の能力。それは、恐らく込められた“魔力の増幅“と、魔法の⋯⋯強制的な“炎属性への変化“の二点だ。
これは、僕が先程放った魔法は、本当に魔力を単純に収束・圧縮・解放しただけの魔法で、特に属性は付与していない。にも関わらず、この魔法は炎の矢⋯⋯というには巨大すぎる炎の柱となってフェンリルを消し飛ばした。
僕自身の魔力の属性は“風“のはずだ。前に師匠の元で調べた時、調査紙が真っ二つに切れていたからだ。師匠曰く、“とても強い風の属性“とのことだ。⋯⋯もっとも、魔力の低い僕にとっては宝の持ち腐れだが。
もし、あの魔法に属性を付与するとすれば、僕の場合は“風の矢“になるはずだ。にも関わらず、あの魔法は炎を帯びた。
⋯⋯炎魔法について、もっと勉強しなければいけないな⋯⋯。
そう思っていると、いつの間にかクロラが先程と同じように
「任務完了。⋯⋯帰りましょうか〜?」
クロラは、あくまでいつもの調子で話している。だけど、とても冷たいものが含まれているのを感じながら、僕はそうだね、と返すのだった。
+
陽が翳り、空が朱に染まる頃。
僕たちは、東側の魔獣の掃討を終えて、集合場所へ移動している最中だった。
⋯⋯相変わらず、僕はルナにお姫様抱っこされているままだが。
「⋯⋯あの、ルナ、さん? そろそろ、僕も大丈夫だと――」
「だめです」
一言で両断。さすが、天才剣士の一振りだ。
「レオン様、もう諦めてください。今日から、お風呂も、一緒ですからね?」 「そうだよ! もう絶対に離れないんだから!!」 「ぐへへへ⋯⋯。トイレにだって、ついて行っちゃうからねぇ〜?」 「⋯⋯寝る時は、ベッドに縛り付けてやるんだから」
口々に彼女達は言う。⋯⋯僕の罪は深いようだ。
そうこうしている内に、僕たちは集合場所へとたどり着いた。⋯⋯しかし、
⋯⋯手こずっているのだろうか、魔獣達に、あの精鋭達が⋯⋯?
ルナに無理を言って降ろしてもらった。ルナはそれはそれは不機嫌そうだったが。
あたりを見渡すが、こちらに向かっている一団も見えない。
少し待とうか、と、西の空を見上げると、
――一筋の、黒煙が昇っていた。
⋯⋯黒煙?なぜ?
何かが胃から迫り上がってくるような、不快感。
嫌な予感がする。そんな、はずは⋯⋯無いだろう。
そう思った瞬間。
急に、魔剣が脈動した気がした。
そして、頭の中に雷撃が落ちたかのような、激しい頭痛。
倒れ込む僕に、駆け寄る彼女達。
心配そうに、または怒るような仕草だが、僕にそんな余裕は無かった。
頭痛の瞬間、頭の中に、僕の知らない“
――虚な表情。焦点の合わない翡翠色の瞳。燻んだ金髪。傷付いた少女。
「⋯⋯⋯⋯エリザ⋯⋯!?」
僕は、言いようの無い不安を感じながら、黒煙の上がる方向に走り始めた。
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