1章:14話「魔剣の力」
魔獣の群れをあらかた討伐した僕達は、森の木陰で休んでいた。
あの後も、同じぐらいの規模の群れが僕らに襲い掛かり、その度に僕はシルフに保護され、ルナ、ノエル、ヒルダが群れを殲滅し、群れの主をクロラが討伐していった。
⋯⋯改めて思う。やはり、彼女達の戦闘能力は異常だ。それに、全員が見たことの無い魔法や戦闘を行う。
ノエルやヒルダは、恐らく自分の魔力を剣や糸に変えているのだろうか。⋯⋯そんな事が出来るのかはわからないが。僕の“眼“ですら、あれが魔力で出来ているという事しかわからなかったのだ。正直、こんなことは初めてだった。
ルナが一番よくわからない。そもそも戦闘を見ていないクロラ以外では、本当に意味がわからないのだ。
彼女の身体には、魔力の揺らぎが全く“無い“。
例えるなら、まるで“魔力の無い人間“の様に、一切の魔力が体外には見られず、感じることすらできない。だが、魔力を持たない人間なんて、そもそもそんな生物はこの世には存在しないはずなのだ。
⋯⋯というと、もう一つの結論になる。
彼女は、恐らく、自分の魔力を“完璧“かつ“正確“に操作しているという事だ。
どんなに熟練した魔法使いや、魔力操作に長けた戦士だろうと、魔力操作を行えば体外にはある程度は“揺らぎ“として出てしまう。僕の“眼“は、基本的にこの“揺らぎ“を見て予測したりするものだ。
それが、彼女には、無い。あれだけ端麗で凛々しい彼女が、何故か存在が希薄に感じるのは、その為か。
それに、あの剣技。刀を一回しか振っていないのに、まるで何度も斬撃を加えたように魔獣は細切れになり、尚且つあの刀が本来届いていないような範囲まで攻撃を加えていた。
これが魔法であるなら、まだ一応の説明はつく。しかし、彼女の動きの中に魔力は一切感じなかった。つまり、あれは"魔法"ではなく"剣技"であるという事だ。
⋯⋯まさに“神業“。人の手が届く所業ではなかった。
+
木陰での休憩は続いている。魔獣の気配もなく、もしかしたらあらかた片付いたのかもしれない。
休憩が終わった後、もう少し東に進んで掃討していけば、僕たちの任務は完了しそうであった。
その為、時間の空いた僕はやっと自分の“魔剣“について考えを巡らせていた。
魔剣を持った状態で、僕は基礎魔法『
魔法陣を指先で空に描き、発動する。魔法陣から放たれる一本の光の矢。
それは、とても細く、弱々しい。綺麗なのは矢の軌跡に残る光の筋だけで、威力は大してなさそうな雰囲気だった。
⋯⋯魔剣を手にしたところで、特に変化は無い。
どんな能力があるかは魔剣によって様々なため、この魔剣⋯⋯、“銘無し“の様に自分の意思を持たない魔剣は、色々試していくしか確認する術は無いのだ。
そんな魔剣にも、共通している能力が一つある。それは、持ち主の魔力を上げるというものだ。この魔剣があれば、僕のように魔力が少ない人間でも、人並みに、あるいはそれ以上の魔法が使えるかもしれない。
しかし、今のところそんな様子はなかった。魔法を放っても、威力に変化は無し。身体に流れる魔力も、特に変化はない。
⋯⋯やっぱり、魔剣では無いのかな? と思ったが、まだ一つ試していない事があった。
――騎士、剣士が行う、魔力による“武器の強化“。
自らの魔力を自身の武器に与え、留める事によって、威力や切れ味、自身の属性を付与して武器を強化する、騎士の基本中の基本。
そして、魔力が少ない僕にとっては、最も苦手な技術だ。
できる、できないで言えば、完璧にできる自信がある。僕の師匠に叩き込まれた魔力操作の技術によって、剣に魔力を込めるだけなら、特に意識しなくても全然大丈夫だろう。
問題は、僕自身の魔力だ。魔剣に魔力を込めて、僕が立っていられるか、だ。
⋯⋯最悪、動けなくなったら、皆に助けてもらおう⋯⋯と、僕は少し彼女達に甘えることにして、僕は魔剣に魔力を込めた。その瞬間。
――魔剣の
「⋯⋯!!」
⋯⋯これは、凄い、魔力だ⋯⋯!!
僕は、自分の魔力をほんの少し、流しただけだ。それなのに、僕の魔力が入った魔剣は、凄まじい魔力が迸るのを感じる⋯⋯!
⋯⋯これは、もしかして⋯⋯魔力の増幅⋯⋯?
魔剣は、僕の魔力を喰らうかの如く、その力を増幅させている。魔剣の能力の一つ、使用者の“魔力を上げる“とは、この剣で言えば“込められた魔力を増幅“させるのが能力という事か。
そこから、僕は考えをまとめ、一つ、閃いた。
この魔剣から放出される魔力で魔法陣を描けば、恐らくその威力は今までとは比べものにならないだろう。しかし、それはこの魔剣で魔法陣を描くということだ。
この魔剣はロングソードの様だが、全長は大体百三十セン(約130cm)という代物だ。それに、そもそも重い。僕の貧弱な体では、振り回すことはできないだろう。だが、
⋯⋯指で描いた魔法陣に、この魔剣で魔力を込めれば、同じ事じゃないか⋯⋯?
僕は、自分がよく使う魔法陣にちょっと細工をすることにした。通常であれば魔法陣を描けばすぐに発動できる“速射“の文言を、魔力を込めれば発動する“始動“の文言に切り替えることにした。
頭の中で変更した魔法陣をなぞる様に、指で空に描く途中――
「レオン!! 避けて!!!!」
――クロラの、焦った声。
僕は、言葉で反応するより早くそこから前に飛び込んで地に伏せる。
瞬間、僕の後ろから地が抉れるような轟音が響き、地面を揺らす。
伏せたまま、僕は頭だけ振り返ると、そこには、
――大型魔獣“フェンリル“の姿があった。
⋯⋯しまった、魔法に集中しすぎてた⋯⋯!
迂闊だった自分を諌めながら、その灰色の巨躯を見上げる。
“フェンリル“はガルムと同じ、犬や狼に近い魔獣だ。ただ、ガルムと大きく違うのは、その大きさだ。
通常のガルムは体長一〜二メル(1〜2メートル)程だが、フェンリルはその二倍以上、四〜八メル(4〜8メートル)程にもなる大型の魔獣だ。このフェンリルは五メルほどの大きさだった。
フェンリルは、その灰色の毛皮を靡かせながら、黄色い眼光をこちらへ向ける。⋯⋯僕を狙っている!
僕は立ち上がり、構える。後ろからは彼女達の声。フェンリルの方が近い。彼女達は間に合わない。
僕は、先程思いついた方法を試すことにした。魔法陣は完璧だ。あとは魔剣次第。
⋯⋯失敗したら、死ぬな⋯⋯。
そう思いながらも、僕は指先で頭の中の陣をなぞるように空に描く。
――フェンリルが動く。
魔法陣が、完成する。
――奴は、此方へ飛んでくる。
剣を掲げる。
「レオン!!!!」
僕の名を呼ぶ声。
――奴が大口を開け、眼前に迫る。
⋯⋯僕は、
魔力を込め、
剣を、振り下ろし、
魔法陣を、砕いた。
――基礎魔法『
通常であれば、魔法でできた一本の矢が、対象に向かって飛んでいくだけの魔法。
魔法学の基礎中の基礎である、魔力の“収束・圧縮・解放“。その三要素を全て含む、魔法使いなら誰でも一番最初に覚える、なんの変哲もない、ただの基礎魔法だ。
⋯⋯そのつもりだった。
剣で叩き割られた幾何学模様⋯⋯魔法陣が硝子のように悲鳴を上げ、光の破片となって弾け飛ぶ中、その魔法が発動した。
それは、矢というより、巨大な“火柱“――。
僕の身長を余裕で超え、あのフェンリルさえ上回る大きさの炎の柱が、奴を呑み込む“蛇“のように放たれ、彼方へと消えていく。
⋯⋯その軌跡に、炎の筋を残しながら。
炎の蛇が通り過ぎた後には、黒く炭化した地面と、熱気だけが残されている。
フェンリルの巨躯は、肉片どころか灰すら残さずに消滅していた。
まるで、何事も無かったかのように、静かに風が走り去る。
抉られた地面に残された“炎の軌跡“だけが、先程の危機を現実のものにしていた。
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