1章:13話「初陣」


「もう聞いているとは思うが、改めてもう一度伝える。今回の主な任務は大量発生している魔獣の討伐だ」


 地図に目を落としながら、エリザは続ける。


「グレーネラントとブリガンティアを繋ぐ、交易の要の道路。その一本の道中に魔獣が群れを作っているらしい」


 地図を指差して、僕の目を誘導しながら、なおもエリザは続ける。


「主な出現地帯は二箇所。グレーネラントの、東側と西の⋯⋯ここだ。距離が少し離れている為、二手に分かれて掃討する。魔獣の規模が大きい西側は私達が、東はレオン達に任せるぞ」


 僕は相槌を打つ。


「わかった、任せてくれ」

「⋯⋯頼んだぞ。他の道路もあるが、そこまで魔獣が来ない保証はない。早急に対応するぞ。何か質問はあるか?」


 彼女がそう話すと、僕は気になっていた二点を彼女に伝えた。


「⋯⋯関係無いかもしれないけど、今日はエリザが団長代行なんだね」

「そうだな。団長は別の部隊を引き連れて、他の任務に当たっている。⋯⋯私では、不安か?」


 自嘲するように話すエリザ。


「そんな事はないよ。僕にとっては心強い」


 そうか、と、少し嬉しそうな反応を見せるエリザ。

 僕と同じ学年で、もう小騎士団の副団長、今回の任務で団長代理を務めているのだから。⋯⋯本当にすごい人だ。


「⋯⋯妙な集団が、変な動きをしているみたいだけど、聞いてる?」


 僕はもう一つの質問を投げかけた。ベルケ校長に伝えられた、やけに引っ掛かる話だ。


「⋯⋯ああ、所属の記載されない、統一された装備の賊の話か。⋯⋯状況から見て、砂漠の民のひとつである可能性は高いが、まさかこの同盟領にまでは攻めて来ないだろう。恐らくは、な」


 やはりエリザも聞いていたようであった。確かに、同盟領にまで入ってくれば、すぐさま戦争に突入しかねない話だ。


 数年前に統一されたという砂漠の国、ソルン連合。

 グレーネラントの南、ブリガンティアの南東方向に存在する砂漠。そこにある一つの広大なオアシスを巡って、多くの民族同士で長い間紛争を行なっていた国だ。

 統一されたと言っても、まだ内情不安定なあの国で、他国に侵攻するなんて暴挙は流石に行わないだろう。


「⋯⋯団員を何人か調査に回してある。何か変な動きがあれば、すぐに伝えるさ。⋯⋯生き残れよ、レオン」


 エリザはそう言って、団員を引き連れて西方面へと向かった。僕達も、東へ向かうことにしよう。



 +



 僕たちは、いつ襲ってくるかもわからない魔獣を警戒しながら、道路を東方面へ進んでいた。魔獣の縄張りとされる周辺には、すでに踏み入っている。いつ遭遇しても、おかしくはない。

 僕は、背負った魔剣にいつでも手を掛けられるように、右手で柄を触れながら周囲を特に警戒していた。


 道路の脇にある森の方向。そこから、多数の影、そして“魔力の塊達“が動くのをこの“眼“は捉えた。僕は魔剣を引き抜くと、森から多数の魔獣が出現した。

 “ガルム“と呼ばれる、犬や狼に近い中型の魔獣。群れで行動し、狩りをする彼らは十匹程度の群れを三つ形成しており、それぞれが間合いを測るようにこちらを包囲している。その集団の一つ一つに“グリズリー“と称される熊型の大型魔獣が、一匹ずつ後ろに控えていた。

 まるで、グリズリーが、ガルムを従えているかの様相である。


 ⋯⋯数が多い。大きい群れだ。これでは、確かに行商はできないな


 僕たちは僅か六人。その少数が、三十を越える魔獣の群れに包囲されてしまった。状況は、最悪。

 僕は鞘を作る時間が無かったため、布でぐるぐる巻きにしていた魔剣を取り、その刀身を晒す。


 ――無駄な装飾の無い、無骨なロングソード。唯一の特徴といえば、剣のにルーン文字がびっしりと彫り込まれているのみ。それでも、皆が想像するような煌びやかな“魔剣“とは、到底思えないような、古い剣。

 魔獣討伐の時に、ついでに魔剣の能力を確かめようと思っていたが、どうやらそんな余裕は無いようだ。


 (⋯⋯皆を、守らなきゃ⋯⋯!)


 僕は、剣を構えて、魔獣に相対しようとした。

 その、瞬間


 むにゅ、と。背中に柔らかな感触。同時に、僕は後ろから桃色の彼女に抱きすくめられた。


「⋯⋯っ! シルフ! 今は――」

「私とレオン様は、ここでお留守番です♡」


 ⋯⋯は? と唖然とする中、三つの影が飛び出していくのを、僕の瞳が捉えた。

 黒い疾風、黄金の風、真紅の影。その三つが、それぞれ群れへ駆けていく。


 黒い疾風――ルナは、その身の丈ほどもある刀を抜きながら、その一つの動作で魔獣を一閃する。驚くほど静かで、優雅で、無駄のない、対象を“斬る“ことだけを極めた残酷な一太刀。しかし、一振りのみの動作にも関わらず、その刀が届かないであろう間合いの魔獣まで、一瞬にして細切れになった。


 黄金の風――ノエルはその白金プラチナブロンドの髪を靡かせ、丸腰で群れに向かっていく。かと思えば、彼女の身体が急に輝く。直視出来ない程の魔力が、暴風の様に奔流し彼女の両手に収束すると、髪と同じ色の輝く双剣を握っていた。


「いっくよー!!!」


 元気よく言い放つノエルは、その剣を持った腕をまるで鞭のようにしならせて、その細く美しい腕で魔獣を両断していく。


 真紅の影――ヒルダは、しなやかな指先から魔力の“糸“を何十本と出現させる。血管の様に脈動する真紅の糸が、自ら意思を持つように魔獣に向かっていき、糸がその身体を通り抜けた瞬間、魔獣は自らの形を忘れたかのように肉塊へと姿を変えていく。


「⋯⋯随分と脆いのね」


 ヒルダは、相変わらず優雅に、しかし妖艶に指を動かしていた。全ての魔獣を肉塊に変えると、その糸は自らの役目を終えるように、空気に溶けていく。


 ⋯⋯凄い、なんてもんじゃない⋯⋯


 僕は、彼女達の異常なまでの戦闘力に畏怖した。只者ではないとは思っていたが、まさかこれ程とは。少なくとも、出来たばかりの小騎士団では、全滅してもおかしく無い規模の魔獣だったのだ。

 僕が彼女達の強さに呆気に取られていると、森から黒い人影が出現し、こちらへ向かってくる。


「⋯⋯レオンさまぁ〜♡ 多分、この群れのボス、やっつけましたよぉ〜♡」


 森から出て来たのはクロラだった。⋯⋯一際大きい、魔熊グリズリーの首を引き摺りながら。


「⋯⋯な、何が、どう、なって⋯⋯」


 僕はもうわからなくなってしまった。この短い時間の中に、恐怖、安心、呆然、畏怖、困惑と感情の乱高下が起きている。⋯⋯混乱していると、シルフは僕を抱きながら耳元で囁いた。


「⋯⋯ね? 私達⋯⋯とっても強いでしょう?♡」


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